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<title>Falluja, April 2004 - the book</title>
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<description>----英語を通して日本から「イラク」を見る。</description>
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<title>英軍、さらに２０件のイラク人民間人に対する虐待ケース</title>
<description>英軍によるイラク人民間人の殺害と拷問がさらに明らかになってきており、それらが体系的だったことがますます否定しがたくなってきました。根本的な問題は不法な侵略と占領にあります。トニー・ブレアは盟友ジョージ・ブッシュとともにＩＣＣの被告席で裁判を受けているべきでしょう。小泉純一郎というそのお仲間も、侵略戦争に加担した罪を問われなくてはならないでしょう。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-07-01T22:06:20+09:00</dc:date>
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英軍によるイラク人民間人の殺害と拷問がさらに明らかになってきており、それらが体系的だったことがますます否定しがたくなってきました。根本的な問題は不法な侵略と占領にあります。トニー・ブレアは盟友ジョージ・ブッシュとともにＩＣＣの被告席で裁判を受けているべきでしょう。小泉純一郎というそのお仲間も、侵略戦争に加担した罪を問われなくてはならないでしょう。<a name="more"></a><blockquote><b>英軍、さらに２０件のイラク人民間人に対する虐待ケース</b><br />ロバート・ヴァーカイク<br />２００９年７月１日<br /><a href="http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/army-faces-20-more-abuse-claims-from-iraqi-civilians-1726191.html">インディペンデント紙原文</a><br /><br />人権派弁護団が高等法院に提出した一連のケースにより、英軍はイラク人民間人に対して拷問と虐待を加えたという新たな訴え２０件に直面することになる。<br /><br />これらの新たな訴えから、侵略後の最初の４年間にイラクで捕虜に対して加えられた虐待は少数の「腐った林檎」的兵士によるものではなく体系的に行われたものだったという批判にさらに根拠が与えられたことになる。<br /><br />来月、公式調査が始まり、バスラのホテルで働いていた２６歳のバハ・ムーサ殺害の証拠をめぐる聴問会が行われる。ムーサは２００３年、英軍兵士により蹴飛ばされ、殴り殺された。英国国防省はすでにムーサ氏の家族および同時期に拘留されていた虐待の犠牲者９人に対して３００万ポンドを支払っている。<br /><br />今回の新たなケースにより、英国政府は、人命の損失、人的侵害、虐待に対してそれと同じ規模の支払いを行うことになる可能性がある。訴えの一つは、２００３年８月、英軍兵士達がある住宅を訪れ、８人のイラク人男性たちを「乱暴に殴りつけた」というものである。<br /><br />その翌年、少年一人と父親が、英軍兵士の侵入捜査の際に兵士たちに撃たれて負傷たという。その後、息子は怪我がもとで死亡し、父親は片腕を失った。他の８人の息子達も「兵士達にあまりにひどく殴られたため、兄弟の少なくとも一人が意識を失った」と、彼らから証言を取った弁護団は言う。<br /><br />２００６年には、さらに３人のイラク人文民が、別々の出来事で拘留され激しく殴られたという。<br /><br />２００８年３月、元国防相デス・ブラウンは、バハ・ムーサ殺害においてヨーロッパ人権条約に対する「重大な違反」があったことを認めた。同年７月、国防省 はムーサの家族および他の９人に２８３億ポンドの賠償金支払いに合意した。<br /><br />新たなケースはすべて人権派法律事務所「公益弁護団（ＰＩＬ）」が提出したもので、同弁護団は審理においてバハ・ムーサの家族の代理を務めるほか、虐待を受けたとして英軍を訴える多くのイラク人の代理を務めている。<br /><br />「公益弁護団」の声明によれば、「今年５月、ＰＩＬの弁護団はベイルートを訪問し、虐待や恣意的拘留、さらに宗教的侮辱や静的虐待を英軍から受けたと主張する複数のイラク人から証言を収集した。記録されたケースは、２００３年３月の戦闘開始時点から２００７年にわたり、まだ記録されていないケースはさらに多くあるものと思われる」。<br /><br />ＰＩＬのフィル・シャイナーは次のように話す。「虐待や威圧的尋問技術（フードを被せる、ストレスを与える、食事や水を剥奪するなど）の詳しい記述はいずれもお馴染みのものです。繰り返し体系的に虐待が行われていたことを示す証拠がどんどん増えるにつれ、そうした残虐行為は少数の「腐った林檎」が引き起こしたものだという抗議の声はますます空疎に響きます」。<br /><br />現在、シャイナー氏は広範な司法審理を行い、イラクとアフガニスタン侵略以降、イラクの人々を拉致し拘留するために用いた軍の行動と虐待を受けたという主張すべてに対する調査を求めたいと言う。<br /><br />「２００９年６月１５日、首相はイラクにおける英国の関与について、待ち望まれていた調査を開始すると発表しました。それ以来、捕虜に対して公式に容認されたかたちで加えられた虐待と拷問を追求する必要があることについてはほとんど意見がありませんでした。けれども、この問題をうやむやにすることはできません。イラクをはじめとする各地で英軍と英国諜報部がやってきたことについて評価し、行動を改めさせ今後の侵害を阻止することが絶対に必要です」。<br /><br />シャイナー氏は、バハ・ムーサのケースから、「軍の捜査機構と司法制度の欠陥」が明かになったと述べる。「兵士達の犯罪を別の兵士達が調査し、さらに別の兵士達の陪審の前で兵士達が検察として起訴するというやりかたは、責任を追求するための現代的基準を満たすには不十分です」と彼は言う。<br /><br />バハ・ムーサが英軍の収容所で死亡したのは２００３年９月のことで、死亡時、肋骨や鼻の骨折など、９３箇所に怪我をしていた。<br /><br />ムーサ氏の子供たちはムーサ氏死亡時に５歳と６歳だったが、母がムーサ氏が拘束される少し前に癌で死亡していたため、孤児となって残されることになった。英国国防省によると、責任を認め、また被害者とその家族に謝罪することで、この件は円満解決に至ったという。<br /><br />協議の際、高級副官フレディ・ヴィガース准将は犠牲者の家族に対し、「英軍は皆さんが英軍の手により被った恐ろしい扱いについて謝罪する。英軍兵士のおぞましい行為には我々も嫌悪感を抱いている」と述べた。<br /><br />国防省の報道官は昨夜次のように述べた。「１２万人以上の英軍兵士がイラクで兵務に就いてきたがその大多数は最も厳格な基準に従って正しく振舞ってきた。虐待があったという訴えについてはすべて徹底的に調査し、証明された場合には責任者を処罰し告訴人に補償を行う。虐待を受けたという主張はそのまま事実であるわけではなく、先走った判断をせずに公式調査を行わせてほしい」。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>ムジャヒディーンに聞く （２００４年４月２７日）</title>
<description>２００４年、米国の独立ジャーナリスト、ダール・ジャマイルがファルージャのムジャヒディーンに行ったインタビューを再掲します。</description>
<dc:subject>ファルージャの状況</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-06-26T18:05:47+09:00</dc:date>
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２００４年、米国の独立ジャーナリスト、ダール・ジャマイルがファルージャのムジャヒディーンに行ったインタビューを再掲します。<a name="more"></a><blockquote><b>ムジャヒディーンに聞く</b><br />２００４年４月２７日<br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://www.informationclearinghouse.info/article6094.htm">InformationClearingHose原文</a><br /><br /><blockquote>「侵略前、テロなどありませんでした。ファルージャで人々が行なっているのは、テロリズムではなく、レジスタンスなのです」。<br /></blockquote><br /><br />２００４年４月２７日　「ニュースタンダード」紙。バグダード発。　ウォミデ・ニダル博士はバグダッド大学の政治学教授である。昨夜、彼の家で行なったインタビューで、彼は次のように述べた。「米国の政策に従いさえすれば、テロリストではなくなります。１９９１年、シリアはテロリストではありませんでした。当時の対イラク戦争を支持したからです。シリアは今回の侵略に反対しました。ですから今、シリアはテロリストと呼ばれています」。<br /><br />ブッシュ政権がイラクの現況を「対テロ戦争」の最前線と呼ぶことについて訊ねたところ、彼は次のように答えた。「ここでは、テロリズムとレジスタンスとを区別しなくてはなりません。侵略前、テロなどありませんでした。ファルージャで人々が行なっているのは、テロリズムではなくレジスタンスなのです」。<br /><br />別途レジスタンスのメンバーと行なう今夜の会談を予言するかのように、ニダル博士は言った。「アメリカがイラクに戦争を仕掛ける段階は終わりました。今や、イラクがアメリカに戦争をしているのです。イラクの人々が、自国のため、自分の家のため、自分の金のため、自分の命のために闘っているのです」。<br /><br />今夜、私は一人のムジャヒディーン戦士を待っていた。約束した場所で、お茶をちびちびと飲みながら。<br /><br />ドアが開いて、彼が入ってきた。背が高く大きな体だったが、それ以上に彼の存在感は大きかった。<br /><br />青い目出し帽で顔を隠していた彼は、身元を隠すために「アフマド」と呼ぶよう求めた。彼は、深い声で、「サラーム・アレイクム」（あなたに平和が訪れますように）と挨拶をして自己紹介し、私の通訳と私に、一緒に座るよう求めた。<br /><br />この人物とインタビューできるのは幸運だった。匿名で事前に調整して、ようやく実現したインタビューだった。<br /><br />「私は真実を述べたいと思っています。けれども、メディアはレジスタンスに協力しません。メディアはアメリカ人のことにばかり注意を払い、イラク人については気にかけないのです」と彼は言った。「これは反乱ではありません。占領に対するレジスタンスなのです」。<br /><br /><blockquote><i>ブッシュ政権がイラクの現況を「対テロ戦争」の最前線と呼ぶことについて訊ねたところ、ニダル博士は次のように答えた。「ここでは、テロリズムとレジスタンスとを区別しなくてはいけません。侵略前、テロなどありませんでした。ファルージャで人々が行なっているのは、テロリズムではなくレジスタンスなのです」。</i></blockquote><br /><br />今夜、私はますます勢力を伸ばしつつあるレジスタンスのメンバーと話をしている。２６歳になる彼は、肖像写真家で、イラク軍にいて大統領宮の守衛をしていたときもその仕事を続けていた。<br /><br />けれども、彼はサダム・フセインに反対していて、米軍が彼の残酷な政権を転覆したときには喜んだ。実際、彼は、米軍がイラクを侵略したとき、レジスタンスとして米軍と戦いさえしなかったという。けれども、彼は、占領者たちの攻撃により、同胞のイラク人が侮辱され、虐待され、殺されるのに飽き飽きしていた。そして、ほかの多くの人々と同じように、占領者と闘うために武器をとったのである。<br /><br />「サダムの時代、私たちは過酷な抑圧のもとで暮らしていました。私もサダムにより投獄されました。私たちがサダムに忠実だったことはありません。でも、今や、彼は、イラク生まれでムスリムでイラク人だというので、私たちを代表しているのです」。<br /><br />彼は、自分は２０人からなるグループの一人として攻撃を行なっているという。彼のグループは、ほかのレジスタンス・グループと「限られた」関係しか持っていない。「仕事がある日に会って、仕事が終わったあとはお互いがどうしているか知らず、次の仕事でまた会うのです」と彼は説明する。<br /><br />最後に仕事をしたのは昨日だ、と彼は言った。<br /><br />彼のグループはこれまでに２５０回の攻撃を行ない、彼はそのうちの７０回に参加した。<br /><br />グループのメンバーに会う時期についてはどうやって知るのだろうか？　彼は言う。「家や町がアメリカ人の攻撃を受けたとき、会ってどんな仕事をするか決めるのです」。彼のグループは携帯型対戦車ロケット弾（ＲＰＧ）、自家製爆破装置（ＩＥＤ）、爆弾とカラシニコフを使っている。「私たちは多くの武器を持っています」と彼は話す。「仕事を遂行するために必要なすべての武器を」。<br /><br />レジスタンスを構成しているのはどんな人々かと聞くと、彼は両手を脇に広げて、次のように言った。「シーア派、バアス主義者、スーフィー、様々な部族、アラブの戦士達」。さらに強調して、「私は１年にわたり闘ってきていますが、アルカイーダの戦士を見たことは一度もありませんし、レジスタンスでアルカイーダが闘っているという話も聞いたことがありません」。<br /><br />さらに、イラク警察の約半数がレジスタンスのメンバーであるとも付け加えた。<br /><br />また、レジスタンスは勢力を伸ばしている、と----今週だけで、彼のグループに新たに５名の参加者があった、と。彼は体を乗り出して、「ますます多くのイラク人が挑発を受けているので、ますます多くがレジスタンスに参加しているのです。兵士に両親を殺された子どもたちまでもが参加しています」と語った。<br /><br />ある１２歳の少年について、彼は言う。「この少年は、アメリカ兵が母と父を殺したのを目にしたために、レジスタンスに参加しました。彼の父は戦士ではありませんでした。銃を持ってすらいなかったのです。塀から外を見ていたときに、米国人狙撃兵に撃たれたのです。それを助けに外に出た母親もまた、撃たれました。こうして彼は私たちのグループに加わり２２人の兵士を殺したのです。兵士たちは彼のことを恐れています。彼は一人で攻撃を加えるからです」。<br /><br />グループのメンバーは誰一人給与を受け取っておらず、多くが定職を持っている、と彼は言う。<br /><br />あるシャイフのことも語った。このシャイフはレジスタンスに参加していなかったにもかかわらず、米軍兵士は彼の家に侵入し、彼を殴打し、７人の娘の前で彼を拘束した。<br /><br />アフマドは、自分が個人的に知っているだけでも、１２０人の男女が米軍に拘留されたという。<br /><br /><blockquote><i>ニダル博士は次のようにも述べていた：「パレスチナで犯されている人道に対する罪が毎日テレビで報じられています。これは、現在の米国政府が民主主義にも人権にもコミットしていないことを示しています。ですから、パレスチナで戦争犯罪を犯している勢力（米国）が、イラクで国家建設者として受け入れられることなど、どうしてあり得ましょうか？」</i></blockquote><br /><br />アフマドは、また、妹と一緒に拘留されたときのことを激しい口調で語った。アブ＝グレイブ刑務所に入れられたとき、彼は妹が兵士に強姦されるのを見た。そして３カ月後に釈放されたとき、妹は妊娠していた。「どうしてこうした残虐行為について、メディアで耳にすることがないのでしょうか？　メディアは私たちを野蛮人であるかのように描き出そうとしていますが、私たちは米国のテロから家と家族を守ろうとしているだけなのです」。<br /><br />さらに、椅子の端に腰掛け、怒りのこもった断固とした口調で、続けた。「最後の米兵がイラクを立ち去ったときには、私は戦いをやめます」。深く息をつき、さらに続けた。「アメリカ人こそテロリストです。米軍は世界中で何百万人もの人々を殺しています。こんな風に人々を殺すことが許されるのでしょうか？」<br /><br /><blockquote><i>昨夜ニダル博士は次のように言っていた。「ブレマーが、ファルージャとサドル・シティーを同時に攻撃することに決めたために、スンニ派とシーア派はこれまで以上に団結しています。私がこれまで両者を団結させようと試みてきた中では一番です。団結はすばらしい。これでここの状況は良くなっていくと思います。民族の団結が進んでおり、今や人々はファルージャとナジャフの両方について話しています。とはいえ、こんな恐ろしい状況であることには、心が痛みますが」。</i></blockquote><br /><br />アフマドに、ムクタダ・アル＝サドルについてどう思うか訊ねたとき、彼は、「彼らはムスリムで、私たちの預言者ムハンマドに従っています。私たちの血と地は同じです。彼らは兄弟です」と述べた。<br /><br />ファルージャが軍事侵略を受けたらどうするか訊くと、彼は再び両腕を広げて答えた。「集まって、闘います----ナジャフでもケルバラでも同じです。私たちはムスリムです。私はイラクの子どもです。彼らと同じように。今、私たち皆の目標は一つです」。<br /><br />自分が何人の米兵を殺したか覚えてはいないという。「とても沢山です。ある襲撃で、私のグループは３５人の兵士を殺しました。ＩＥＤ、そしてＲＰＧと爆弾で６台のハマー［高機動多目的装輪車両：戦車と装甲車の間のようなジープっぽい戦闘車両］を破壊し、全員を殺しました。襲撃後隊列をチェックしたときには、誰も生きていませんでした。彼らの弾薬を奪いました」。<br /><br /><blockquote><i>この言葉は、昨夜ニダル博士が言った言葉を痛烈に思い起こさせた。「イラクに来るよう命ぜられた兵士には哀れみを感じます。兵士たちはここに来ることを自分で選んだわけではないのです。それから、殺されます。そして、政策の変更がなければ同じことが続きます」。</i></blockquote><br /><br />アフマドに、私は、６月３０日に予定されている「主権委譲」の前後に戦闘が激化するかどうか訊いた。今でも、１日４０件の攻撃が米軍に加えられていることを米軍は認めている。彼はこう答えた。「私たちには６月３０日などというのはありません。レジスタンスはいつも成長しているのです。６月３０日というのに意味はありません。レジスタンスが弱まることもあり、人々はそれで抵抗が終わると考えますが、決して終わりません。レジスタンスの流れが止まることは決してないのです」。<br /><br />私は彼に、時間を割いてくれたことを感謝し、彼はすぐに立ち去った。約束通り、私はその場に座ったままもう１０分待って、それから部屋を出た。深呼吸し、イラクの人々、レジスタンスの戦士たち、イラクにいる米兵の前途に待ちかまえている恐ろしい日々のことを考えないようにした。<br /><br /><blockquote><i>ニダル博士は、昨夜、次のように語っていた。「暴力は対抗暴力を生みます。それは常に、統制不可能なスパイラルを生みだします。今まさに私たちが目にしているように」。</i></blockquote><br /><br />ダール・ジャマイルはニュースタンダード紙のバグダード特派員。アラスカ出身で、占領下イラクから伝えられない出来事を伝えている。ダールの仕事を続けるための支援を求めています。さらなる情報についてはニュースタンダードを参照のこと［訳注：リンク切れ］。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>誰がイラクの石油を支配するのか？</title>
<description>イラク政府が進めている国際石油資本との油田開発契約について、パトリック・コックバーン（コバーン）の記事から。この人の記事はまったく好きでないので、最低限の情報を最初の三段落だけ紹介します。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-06-20T15:15:30+09:00</dc:date>
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イラク政府が進めている国際石油資本との油田開発契約について、パトリック・コックバーン（コバーン）の記事から。この人の記事はまったく好きでないので、最低限の情報を最初の三段落だけ紹介します。<a name="more"></a><blockquote><b>誰がイラクの石油を支配するのか？</b><br />パトリック・コックバーン<br />2009年6月20日<br /><a href="http://www.counterpunch.org/patrick06192009.html">CounterPunch原文</a><br />バグダード発。<br /><br />巨大油田という懸賞金を国際石油企業に与えるイラク政府の計画に対してすさまじい抗議が起きている。イラク政府のこの計画は、石油生産と石油収入の減少に歯止めをかけ、増産と増収をはかるための捨て鉢の試みである。<br /><br />６月２９日と３０日、イラク石油相フセイン・シャフリスタニは世界の巨大石油企業と、イラク最大の六油田を向こう２０年から２５年にわたり開発する契約を結ぶ予定である。<br /><br />イラク石油産業部門の高官たちはこの契約を批判している。石油省のもとにあり、イラク原油のほとんどを生産しているサウス・オイル・カンパニーの理事ファヤド・アル＝ネマは先週末、次のように述べた。「このサービス契約により、イラク経済は手足を縛られることになり、今後２０年にわたり独立が阻まれることになるだろう。この契約でイラクの収入は浪費されることになる」。ネマ氏はその後、契約に反対したことを理由に解雇されたと言われているが、ネマ氏によると、イラク国営石油産業の職員の多くが自分と同じ意見であるという。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>バグダードからの報告 -- 病院の閉鎖と米国の戦争犯罪</title>
<description>今から５年前の２００４年。４月と１１月、米軍はファルージャを包囲攻撃し、数千人の住民を殺害しました。病院を占拠し、救急車に向かって発砲するなど、戦争犯罪を重ねながら。当時の記事を再掲します。</description>
<dc:subject>ファルージャの状況</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-06-16T20:46:07+09:00</dc:date>
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今から５年前の２００４年。４月と１１月、米軍はファルージャを包囲攻撃し、数千人の住民を殺害しました。病院を占拠し、救急車に向かって発砲するなど、戦争犯罪を重ねながら。当時の記事を再掲します。<a name="more"></a><blockquote><b>バグダードからの報告 -- 病院の閉鎖と米国の戦争犯罪<b><br />ラフール・マハジャン<br /><a href="http://www.empirenotes.org/hospitals.html">EmpireNotes原文</a><br />2004年4月19日<br /><br />注：本レポートを作成するために、バグダードにある４つの病院の医師たちにインタビューを行った。医師は全員、匿名を求めた。<br /><br />バグダード、イラク。「どうしてファルージャで病院が封鎖されたことについてばかり聞くのか？」　苛立った私の通訳はこう訊ねてきた。私は答えた。これは大ニュースなのに、英語メディアではほとんど報道されていないのだ、と。信じがたいといった表情で、彼は私を見た。イラク人なら誰もが、病院が封鎖されたことを知っている。<br /><br />米軍がファルージャ包囲を行ったとき、様々な方法で民間人を標的にした。まず、発電所を爆撃した。さらにユーフラテス川の橋を閉鎖したが、これは発電所爆撃よりももっと重大なことかもしれない。ファルージャ最大の病院はユーフラテス川の西岸にある。それに対して、街のほとんどは東岸にある。病院は文字通り閉鎖されたわけではないが、ヒポクラテスの原理を信じる医者なら誰も、川の逆側で人々が続々と死んでいる中え、空っぽの病院に行って座っていようなどとは考えないだろう。そんなわけで、医者は病院を閉鎖し、数少ない医薬品や医療機器を運べるだけ運んで、患者で溢れかえる小さな三部屋からなる診療所で働き始め、床の上で手術している。設備不足で患者が死亡することもある。これらの状況について英語メディアが伝えたのは、１４日、橋が閉鎖を解かれてからである。<br /><br />ナジャフでは、一週間程前に、スペイン語で「プラス・ウルトラ」を意味する駐屯兵が、アルサドル教育病院を閉鎖した（昨日の時点で、この病院は閉じたままである）。２００人の医師が働いていたこの病院（元はサダム・フセイン教育病院という名だった）は、イラクで最も重要な病院の一つである。兵士が病院に侵入し、医者たちに、２時間以内に病院を立ち去るよう命じた。このとき持ち出しを許されたのは身の回りのものだけであり、医療品の持ち出しは禁止された。理由はといえば、この病院が「プラス・ウルトラ」の基地を見下ろす場所にあり、レジスタンスの狙撃兵が屋上を使うかも知れないということだった。アル＝アラビヤ紙は、最近戦闘が勃発したシリア近くの小さな町カイムでも病院が閉鎖され、米軍狙撃兵が周囲の建物の屋上に陣取っていると報じている。<br /><br />米国は、他にも様々な手段で病院の活動を妨げている。最初に米軍狙撃兵が救急車を撃っていることが西側メディアで報じられたとき（<a href="http://www.empirenotes.org/fallujah.html" target="_blank">http://www.empirenotes.org/fallujah.html</a>を参照）、激しい反応を引き起こしたが、二日前の記者会見で、イラク保健相クダイル・アッバスは、米軍はファルージャだけでなく、サドルシティー----バグダッド東部に広がるスラム街----でも救急車を狙撃していると確言した。彼はこれらの行為を非難し、上司である統治評議会とポール・ブレマーに説明を求めたという。<br /><br />さらに、紛争が激化して以来、米軍兵士が病院を訪れて怪我人の情報を求め、レジスタンス兵士の可能性がある人々を病院から連れだして尋問しようとしているという報告が頻繁になされている。アーダミヤーのノマーン病院とヤルムークのヤルムーク病院（ともにバグダッドの地名）にも、ファルージャの戦闘が始まって数日のうちに米軍がやってきたという。ファルージャで負傷し、バグダッドに避難した人々の多くが、これら二つの病院に運び込まれていた。医師たちは、占領の密告者になることに抵抗している。ある医師は、患者を米軍の留置所に入れさせないために、十分回復する時間が取れていないのに、救急病棟から患者を外に逃がしたことが何度もある、と私に語った。「彼らは私の同国人です。病院にとどめておいてアメリカ人に引き渡すなどということができるでしょうか？」<br /><br />米国のメディアは、米軍が強く自制し、米軍の攻撃は「ピンポイントの正確さ」であると報じているが、ファルージャでは７００人以上が殺され、その少なくとも半数は、民間人である。さらに、イラク保健省によれば、この二週間で、他のいくつかの町でも、少なくとも２９０人が殺されたている。そのうち３０人以上は、子供だった。病院が閉鎖されたために死亡したこれらの人々の多くは、「解放」の記録勘定には決して残されないことだろう。<br /><br />どんな基準に照らしても、これらの病院閉鎖は（そしてもちろん救急車への狙撃も）、戦争犯罪以外の何物でもない。「プラス・ウルトラ」の駐屯部隊が屋上からの攻撃をどれだけ恐れていようと、病院を閉鎖する必要はなかった。入り口で検査をすればよいだけである。ファルージャでは、ムジャヒディーンが停戦について交渉したがっている理由の一つは、病院の封鎖を解くことにある。つまり、実質上、米軍は、軍事目的で、民間人の（間接的）捕虜を取っていることになる。<br /><br />米軍が救急車を狙撃しているというニュースを最初に書いたあと、多くの人が、何故米軍はそんなことをするのか、と私に書いてきた---人々が米軍に抱いておきたがるイメージとはまるで逆だから。米軍兵士たちは、ただ民間人を虐殺しようとしているだけなのか？　だとすると、なぜ？<br /><br />実際のところ、理由は至って簡単だ。米軍には軍事目標があり、作戦の軍事的効率を最大化するためなら、どれだけのイラク民間人を殺そうと、ぜんぜんおかまいなしなのである。ブッシュの上級軍司令官は最近、アメリカ人はイラク人をウンターメンヒェン----下等人種----と見なしていると批判した。さらに、平均的な米軍兵士は、全イラク人を敵、潜在的な敵と見なしている、とも。まさにその通りである。私はここで、多くの人から同じことを耳にした：「米兵は、イラク人がどうなるかなんか、気にもしていない」。<br /><br />このいささか無差別な民間人の殺害は米国の軍事目的----米兵一人当たりの死者に対して敵の死者をできるだけ多くすること----にはかなっているかも知れないが、政治的な観点からは破滅的である。自分が生まれた町で、カラシニコフやＰＲＧランチャーを手に戦っている男たちは「臆病者」で「戦争犯罪者」である一方（というのも、どうやら、男なら砂漠に出ていって空襲により全滅させられるべきだというのが米国の主張らしいから）、人々が銃を持っているかもしれないというだけで（多くの場合持っていないのだが）２０００ポンドの爆弾を住宅地に投下したり救急車を狙撃したりしている者たちは英雄であり、戦争の法に則っているという点を、イラクの人々に説明するのは、非常に難しい。<br /><br />１月にイラクに来たとき、イラクでは占領に対する失望と不満、怒りの空気で満ちていた。けれども、ほとんどの人は、それでも、ただそれを忍耐強く乗り切ろうとしており、事態が改善されることを望んでいた。占領軍が残虐行為をやりたい放題にしまくったため、ついに、イラクの人々の忍耐袋の緒が切れたのである。<br /><br />以前は、占領が成功したかも知れなかった。真の民主主義を創生する----そんなことは一度たりとも米国の目標ではなかったのだから----という意味でではなく、米国がイラクの支配を固めるという意味では。今や、それさえも成功する可能性はない。さらに戦争犯罪を重ねれば、米軍はファルージャの抵抗勢力を打倒することができるかもしれない。ナジャフを侵略すれば、米軍はそこでも軍事的には勝てるかもしれない。けれども、今後は、どんなに軍事的勝利を重ねようと、イラクの人々が抵抗をやめることはないだろう。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>レジスタンス、再び</title>
<description>最近のイラクの動向とその背景。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-06-10T18:24:17+09:00</dc:date>
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最近のイラクの動向とその背景。<a name="more"></a><blockquote><b>レジスタンス、再び</b><br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/the-return-of-the-resistance">DahrJamailIraq.com原文</a><br />2009年5月31日<br /><br />５月に イラクで殺された米軍兵士の数は少なくとも２０人、昨年９月以来、もっとも多い死者数となった。負傷者も５０人を越えた。イラク人の犠牲者は、いつもながら、死者数も負傷者数も、少なくともその１０倍におよぶ。<br /><br />バグダードやファルージャなどの地域で、米軍に対する攻撃が再び激化している。これらの地域では、レジスタンス戦士の多くがサフワ（「イラクの息子達」、「覚醒評議会」の名で呼ばれることもある）に参加し、米軍から支払いを受ける代わりに占領者たちへの攻撃を止め、占領者とともにアルカーイダ・イン・イラクと戦うことに合意するまで、レジスタンスが最も激しい地域だった。４月の前半に、私はこのウェブサイトに掲載したコラムで、イラク政府と米軍がサフワに攻撃を加えており、また、サフワを政府の治安舞台に組み込むか文民官僚の仕事を与えるという約束を破ったために、サフワを脱退しレジスタンスに加わる人々が増える可能性があると述べた。<br /><br />ゆっくりと、しかし確実に、事態はそのようになっている。米軍連絡担当ジェフリー・クルメイヤーはこのような見解、そして、米国の手駒であるヌーリ・アル＝マリキ率いるイラク政府が多くのサフワ・メンバーに支払いを怠っていることについての論争を批判し、また、政府が続けるサフワ・メンバーを標的とした逮捕と攻撃が「誇張された」ものだとしても、現実は変わらない。ジャーナリスト、パトリック・コックバーンの父で自身も記者だったコード・コックバーンの重要な言葉をここで思い起こそう。「公式に否定されるまでは、何一つ信じるな」。<br /><br />当然のことながら、クルメイヤーのコメントとはまったく逆に、サフワはイラク政府に対し、サフワの戦士たちに仕事と給与を提供するという約束を軽視しないよう警告した。５月２８日、英国で発行されているサウジ資本の独立系新聞アル＝ハヤットは次のように報じている。<br /><br /><blockquote>「覚醒評議会の少なからぬ指導者たちはイラク政府に対し、覚醒評議会メンバーへの約束を尊重し、３カ月支払いが遅れている給与を支払うよう求めた。彼らは、サフワの兵士たちが求める正当な賃金支払いをイラク政府が無視しつづけるならば、反乱を起こし、治安状況は悪化することになると警告した。バグダードの北、ファラハト・アル＝タジの覚醒委員会指導者の一人、シャイフ・マサリ・アル＝デュライミは、民族和解プロセスを監督している委員会は、バグダードとその周辺の評議会指導者指導者たちに対し、給与は支払われること、また、部族間で、バグダードの治安を維持するためのある種の協力が合意されたことを指摘した」。</blockquote><br /><br />同紙によると、アル＝デュライミ氏はまた、給与受け取りが遅れているために、多くの評議会戦士が地元地域を守るという仕事を放棄したことを指摘し、「評議会のメンバーが政府の約束に猜疑心を持っていることが理由でイラクの都市の状況がこれ以上悪化することは望まない」と語った。アル＝ハヤット紙はさらに、バグダード南部のアル＝ラティフィヤ地区の覚醒評議会指導者シャイフ・カレッド・ヤシン・アル＝ジャナビが、「覚醒評議会の問題と要求を政府が無視しているため、治安状況は悪化する結果となるだろう」と警告したことを報じている。<br /><br />同時に、イラクのレジスタンス運動は権利を剥奪されたサフワ・メンバーの参加に加え、様々なイラク人が加わって勢力を増している。イラク人がレジスタンスに加わるのはこれまでと同様の理由からである。すなわち、占領軍とイラク人協力者たちが同胞男女を拘束し、拷問を加え、強姦し、占領とともにインフラは破壊され苦しみは増す。他にも多くの理由がある（例えば、イラク人の４人に１人が貧困生活を送っているという事実もその一つである）。そしてこのレジスタンスは、少なくとも言葉の上では全面的な活動を再開すると述べている。<br /><br />最近、ロサンゼルス・タイムズ紙は、イラク人レジスタンスの司令官----現在攻撃の対象となっているサフワのメンバーでもある----の次のような言葉を報じた。「アメリカ人が、我々を支援することはできないと言うならば・・・・・・６時間以内に我々はグループを作り腐敗した政府に対する戦いを開始する。バグダードで戦争が起こるだろう」。<br /><br />サフワをイラクの政治体制に組み込む手助けをするという約束を実現すること、そしてマリキ政府の治安組織が加えている攻撃からサフワを保護すること、を米軍に求めてきた覚醒評議会は、次第に忍耐の限界に近づいている。<br /><br />元イラク軍諜報部の将軍で、現在は「イラク解放軍」という名のレジスタンス・グループで司令官を務めサフワのメンバーでもある人物は、ロサンゼルス・タイムズ紙の同じ記事で、「米軍がバグダードから撤退したら、２４時間以内に、街はレジスタンスと人々のものになるだろう。人々は沸騰寸前である」と述べている。<br /><br />暴力は１月以来、激化している。４月はイラクのこの１年で最も死者の多い月となった。私たちは、毎日、サフワのメンバーが治安ポストを立ち去っている状況を目にしている。政府の攻撃と賃金未払いに抗議して、サフワのメンバーは、治安組織の一部として地元の安全を維持することをやめ、再びレジスタンスに参加している。同時に、サフワのメンバーは実質的にアルカーイダのイラクにおける活動を防止することを放棄した----もともと米国がサフワを創設したのはそのためだったのだが。したがって、アル＝ジャナビが「覚醒評議会の問題と要求を政府が無視しているため、治安状況は悪化する結果となるだろう」と警告したとき、「治安状況は」二方面で「悪化する」ことが予測されたわけである。しかもそこには、これまで占領軍と同盟していた１０万人の兵士が再び占領軍と全面対決することがもたらす今後の波及効果は考慮されていない。これまで述べてきたように、今日、私たちはそうした将来がどのようになるのか、ほんのわずかにそれを反映するような状況を理解しつつある。<br /><br />占領下のイラクでは大量の血が流され続けている。５月２５日、モスルで自爆攻撃者が爆発物を満載した車を米軍パトロールに突入させ、８人を殺害し２６人を負傷させた。同じ日、バグダードの南６０マイルに位置するヒラでは、検問所に詰めていたサフワ兵士一人を殺し屋が殺害した。<br /><br />５月２１日、二つの都市で自爆攻撃があり、米軍兵士３名と２ダース近いイラク人が殺された。この日を含む２日間に起きた暴力で、少なくとも６６人の命が奪われた。同じ日、サフワはさらなる攻撃を受けた。イラク政府軍だけでなく、アルカーイダもサフワを攻撃しているのである。５月２１日、キルクークで、給料を受け取るために軍基地で並んでいたサフワ兵士の７人が殺されている。<br /><br />一方、米国とイラクの間の「協定」で米軍兵士は２０１２年までに全面撤退することになっているにもかかわらず、ペンタゴンは少なくとも１０年間はイラクに戦闘部隊を残すつもりでいる。米軍参謀総長ジョージ・ケーシー将軍は最近、イラクでもアフガニスタンでもペンタゴンは米軍の戦闘平定作戦拡大を検討すべきだと発言し、「世界的傾向は間違った方向に向かっている」と述べた。「軍の活動は根本的に変わるだろう」、と。現時点で米国はイラクに１３万９０００人の兵士を維持していることに注意しよう。ジョージ・Ｗ・ブッシュが言うところの「兵士増派（大波）」以前にイラクに駐留していた兵士数よりも依然として多いのである。<br /><br />こうした兵士の多く、そしてイラク占領という犯罪を何も考えずに支持しまた指示しつづける国粋主義的米国市民は、米帝国が採用している「力は正義」という戦略を神の命令だとして正当化している。米国で知名度の高い作家、マーク・トウェインを思い起こそう。トム・ソーヤーやハックルベリー・フィンで知られるトウェインは強い反戦思想の持ち主だった。彼の「戦いの祈り」を読むよう教わったことは一度もないが、その中には次のような皮肉な下りがある：<br /><br /><blockquote>「主よ、我らが父よ、我らが若き愛国者たち、心のアイドルたちが戦争に行く、そのとき彼らの傍らにおらんことを！　彼らとともに、我らが心もまた、甘やかで平和な愛すべき炉辺を離れ、敵を打ちのめす。主よ、我らが父よ、敵の兵士を我らが砲弾で血まみれの肉片にすることを助けたまえ。銃声の轟きをかき消すほど、敵の負傷者たちが苦しみに悶えた叫びをもたらすことを助けたまえ。嵐のような火を持って敵の卑しい家々を荒廃させることを助けたまえ。無益な悲しみをもって無害な敵の寡婦たちのい心臓を絞り出すことを助けたまえ。寡婦たちが幼な子を連れ助けもないままに無人の荒野をぼろを着て彷徨い、飢渇に苦しんで、夏の太陽の炎と冬の凍てつく風に翻弄され、心砕け、苦痛に疲れ果てるようになることを手助けしたまえ。我ら、主を敬うもののために、墓という隠れ家から敵を追い出し、希望を砕き、命を枯らし、苦い人生の航路を長引かせ、足取りを重くさせ、行路を奴らの涙で濡れさせ、純白の雪に奴らの傷ついた足から流れる血の染みをつけさせたまえ！　愛を持って我らは愛の源たる主に、決して裏切らない庇護者たる主に、悩みすべての友たる主にそれを願う。また、謹んで悔いた心をもって主のご加護を願う。アーメン」</blockquote><br /><br />米国のイラク占領が引き起こしている大量殺人と人々の苦しみはまさにこのようなおのである。こうした死と苦しみがゆえに、イラク人レジスタンスが再び結成され、力をつけ、全面的な攻撃を再開する準備を整えつつあるのである。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>6/28イラクSANAフィルムフェスタin京都</title>
<description>■6月28日（日）■時間：１３：３０～■場所：京都アスニー（京都市中京区丸太町通七本松西入ル）ＪＲ二条駅、円町駅から徒歩15分／市バス「丸太町七本松下車」すぐ上映作品『３月８日国際女性デーイラクの女子生徒たち』（制作：イラク・ＳＡＮＡテレビ）『戦争やめて貧者を救え、６年目の反戦行動』（制作：アメリカ・レイバービート）■参加協力費：・前売券：一般  ８００円・当日券：一般 １０００円・学生・障がい者・失業者・６５歳以上（前売り・当日共通）：５００円イラク平和テレビ局inJapa...</description>
<dc:subject>各種イベント・映画など</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
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<title>逆さまのファルージャ（２００４年４月２８日）</title>
<description>５年前の２００４年。４月と１１月、米軍はファルージャを包囲して攻撃し、数千人の人々を殺しました。家から白旗を掲げて出ただけで射殺された老人。妊婦を迎えに行く途中で狙われる救急車。犠牲者のほとんどはファルージャの普通の住民で、女性は子ども、老人も大勢殺されました。当時の報道について。</description>
<dc:subject>ファルージャの状況</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-06-04T12:00:27+09:00</dc:date>
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５年前の２００４年。４月と１１月、米軍はファルージャを包囲して攻撃し、数千人の人々を殺しました。家から白旗を掲げて出ただけで射殺された老人。妊婦を迎えに行く途中で狙われる救急車。犠牲者のほとんどはファルージャの普通の住民で、女性は子ども、老人も大勢殺されました。当時の報道について。<a name="more"></a><blockquote><b>逆さまのファルージャ</b><br />サム・ハモンド<br />２００４年４月２８日<br /><a href="http://www.informationclearinghouse.info/article6098.htm">InformationClearingHouse原文</a><br /><br />米国のメディアも米軍も、ファルージャの事態を逆さまにしている。<br /><br />今日、米軍兵士はファルージャ中心部にある病院と救急車、学校、住居を襲撃した。それを「防衛行為」と称して。この言葉遣いは、攻撃を防衛に見せかけ、侵略と占領を平和と自由に見せかけるために作り出された捻れた表現である。我らが米国のメディアも、疑問を投げかけることなく、従順なオウムのごとく、それに従った。実際のところ、米国がイラクを侵略して以来、ずっと変わらず、こうしたことがまかり通っている。一般意味論を専門とする著名な学者アルフレッド・コルジブスキーが我らが米軍とメディアの言葉を耳にしたならば、墓の中で寝返りを打つことだろう。<br /><br />キミット将軍とダン・シニョールによれば、「反乱軍」や「外国から来た戦士」たちが、ファルージャの人々を脅そうとしているらしい。実際には、まるで逆さまである。ファルージャで、そしてイラクで、招かれもしないのに「外国から来た兵士」なのは我らが米軍であり、ファルージャの町を「占領」し、「戦士」----そのほとんどはファルージャの住人である----を「破壊」しようとしているのも、我らが米軍である。キミット将軍は今日、「我々はパトロールを送り込もうとは考えているが、停戦協定は順守する」と繰り返した。そう言いながら彼はアパッチヘリを投入し、イラクの人々を空から攻撃しているが、これに正当な理由はない。けれども、むろんこれは、停戦を破ったことには相当しない----少なくとも我らがアメリカの特派員たちは、そのようには報道しない。アパッチ・ヘリがファルージャに向けて砲撃を加え、建物が煙に包まれているシーンを自社のカメラマンが写しているにもかかわらず。<br /><br />キミット将軍は、誰を騙そうと考えているのだろうか----多分、我らがアメリカのメディアだろうと思う。というのも、パトロールを送り込むことはファルージャの人々を敵に回すことであり、また、人々を脅す行為でもあることを理解していないのは、世界中で、アメリカのメディアだけだからだ。だから、招待されてもいないのに町を勝手に徘徊する、敵意ある米軍パトロールに、ファルージャの人々は銃を向ける。そうなれば、アメリカのメディアはそれを敵対行為であり、悪いのはファルージャの側だと決め付け、それゆえ「停戦を破っている」のはファルージャの奴等だと、我らがメディアの特派員は叫ぶ。<br /><br />残念ながら、我らがメディアが呈示する戦争の構図は、極めて多くが逆さまであり、そこで用いられる捻れた言葉から成り立っている語彙もまた、逆さまである。<br /><br />たとえば、上で述べた、「外国から来た戦士」という言葉を考えてみよう。まるでイラク人はイラクで外国人であって、アメリカ人こそがイラクの本来の住人であるかのようだ。<br /><br />「反乱軍」という言葉を見てみよう。まるで、イラクの人々には自分の家や町を守る権利がなく、何が基準で何が法であるかを宣言する権利を持っているのはひとえに我々アメリカ人であって、したがってたまたま以前からイラクに住んでいた人々は今や当然「反乱軍」である、とでも言わんばかりである。<br /><br />我々アメリカはアパッチ戦闘ヘリとＦ１６戦闘機、そして様々なミサイルを使って、家々や女性、子ども、学校、病院を破壊している。それにもかかわらず、自分たちの家や家族、文化を破壊から守ろうと我々の蛮行を阻止するために立ち上がる人々のことを「テロリスト」と呼ぶ。ここでもまた、我らが米軍や米国政府の者たちは言葉を逆さまにしている。そして、もちろん、我らがメディアは、このような意味の悪用について疑問を呈することなく、キミットやラムズフェルド、シニョールやブッシュを補佐するのである。<br /><br />当然、昔懐かしいキッシンジャー用語も折に触れ使われる----「我らはこの町を平定する」。この言葉は、我々は反対者を殺し、そして恐らく多少の「付随的被害」も生じるだろうということを意味する（つまり、反対者を殺すときに、ついでに多くの民間人も殺されるだろうということである）。我々の武器は「外科的に精密」で「正確」である----つまり、その多くは、標的から５０から１００ヤード以内のところに着弾するということである。第一次イラク戦争のときにも我々はこのような言葉を耳にしたが、のちに、実際には、６０パーセント以上の我らがミサイルが、標的から数百ヤードあるいは数マイル離れたところに着弾したことが明らかにされている。<br /><br />この戦争が、当時と異なると考える理由はどこにもないし、また、使われている嘘も異なると考える理由はどこにもない。<br /><br />我々に反対する者は誰であれ「急進主義者」であり、取り除かなくてはならない。もし私がイラク人で、誰かが勝手にやってきて国を略奪しようとしたら、私ならば応戦するだろう----皆さんはそうしないのだろうか？<br /><br />むろん、そうするだろう。それなのに、我らがメディアと政治家と軍は、それが理解できないように見える。どうしてだろう？<br /><br />この『不思議の国のアリス』風言語使用には目がくらみそうだ----皆さんも同様だろうと思う。残念なことに、我らがアメリカの指導者と将軍たちが言語を虐待している間に、数千人を超えるイラクの人々が殺され、イラクという国が略奪されている。<br /><br />あるイラク人教授は次のように言っている。「アメリカ人たちは新たなモンゴル人だ---- 世界を征服したがっている。けれども、結局のところ、我々はモンゴル人を追い出した----時間はだいぶかかってしまったが」。我らが指導者とメディアと将軍たちには、この言葉を聞いて欲しい。とはいえ、実際に聞いたとしても、それが意味するところをきちんと理解できるかどうかは疑問である。イラク人は、誰が外国人であるか、そして誰がテロリストであるか知っている----世界のほとんどの人々も、また。アメリカ人の側は、目を覚まして自分たちの世界観がどれだけ転倒しているかを理解するまでに、時間はかかるかも知れないが。<br /><br />サム・ハモッドは米国国務省の元顧問で、サードワールド・ニュースの編集者。ワシントンＤＣにあるイスラム・センターの元所長。shamod atmark cox . netで連絡が取れるかも。<br /></blockqutoe><br />投稿者：益岡

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<item rdf:about="http://teanotwar.seesaa.net/article/120363454.html">
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<title>お決まりの挑発</title>
<description>再び暴力が頻発しているイラクの状況。マリキ政権とサフワの関係と、オバマ政権でもかわらない米国のイラク不法占領。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-05-28T16:07:15+09:00</dc:date>
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再び暴力が頻発しているイラクの状況。マリキ政権とサフワの関係と、オバマ政権でもかわらない米国のイラク不法占領。<a name="more"></a><blockquote><b>お決まりの挑発</b><br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/provoking-the-inevitable">DahrJamailIraq.com原文</a><br />２００９年５月２３日<br /><br />１８日の月曜日、イラク政府治安部隊が、一触即発状態にあるイラクのディヤラ県で著名なスンニ派指導者を二人拘束した。その一人、シャイフ・リヤデ・アル＝ムジャミは地元のサフワ（イラクの息子）----占領軍への攻撃を抑え、アルカーイダ・イン・イラクと戦うために米軍が創設した１０万人規模のスンニ派民兵----の有名な指導者だったが、このことは、偶然ではない。サフワを作った目的は二つとも達成されたが、今やイラク政府治安部隊は、ときに米軍の助けを借りながら、サフワの指導者と戦士たちを殺したり拘束する作戦を展開しており、そのため、占領軍への攻撃とアルカーイダ・イン・イラクを抑える試みは無に帰している。サフワに対する攻撃の結果は、すでに暴力の激化として目に見える二つのかたちで現れている。イラク人市民への大規模な攻撃が劇的に増大したこと、そして占領軍への攻撃が増加したこと、である。<br /><br />サフワは、イラクの暴力を沈静化するために決定的に重要な役割を果たした。２００３年後半から２００６年半ばまで、実質上占領軍をずたずたにしていたレジスタンス運動を米国が買収しようと決めたとき（レジスタンス戦士一人あたり一カ月に３００ドルに及ぶ額を支払うことになった）から、米軍兵士の死者数は減り初め、最近まで減りつづけていた。サフワはまた、アルカーイダ・イン・イラクを探しだし抹殺するにも力を発揮してきた。したがって、サフワのメンバーがイラク全土で治安ポストを放棄している中で、シーア派に対する恐ろしい攻撃が再び起きているのは驚くべきことではない。<br /><br />バグダードのマリキ政府は、サフワが創設されて以来ずっとサフワを脅威とみなしており、その脅威を体系的に取り除こうとしている。マリキは、サフワを政府の治安組織に組み込むという約束を反故にし、同時に、バグダードの多くの治安ポストで働くサフワの兵士たちに給与を支払わないでいる。<br /><br />この数週間、イラク政府は、３万人以上のイラク軍兵士と警察を動員し、ディヤラ県で大規模な軍事作戦を展開した。スンニ派の部族指導者とサフワのメンバー１０００人以上に逮捕状が出され、既に数十人が拘束されている。５月１７日だけで、サフワの戦士１４人が「容疑者」として拘留された。<br /><br />マリキ政府は、サフワに対して続けている攻撃を正当化しようとして、拘束されている男たちは「民間人に対する犯罪を犯している」と述べている。<br /><br />上で述べた逮捕劇の翌日、マリキ政府は補佐の一人ムハンマド・サルマン・アル＝サーディをメディアに登場させ、次のように言ってサフワを「安心させ」ようとした：「政府は、覚醒評議会が治安と安定をもたらしたことに感謝しているが、１０万人のメンバーを統合し給与を支払うのは大規模なプロセスとなる」。<br /><br />このレトリックは、サフワに対する一連の攻撃が続いたあとで発せられたものである。５月８日、サウジ資本の新聞アル＝ハヤト紙は、「イラク：覚醒評議会戦士が何十人とポストを放棄している」と書き、「覚醒評議会［サフワ］の運命は、セクト間の割り当てという論理に基づく計算に依存しており、その計算はスンニ派兵士たちの全体を政治的弾圧の危険に晒している。給与の受け取りが遅れていることに抗議して覚醒委員会の兵卒たちがポストを放棄している一方、イラク副大統領タレク・アル＝ハシェミは『覚醒委員会に属していたものは１００パーセント標的とされる』と断言している。委員会の指導者の中には、メンバーが、給与支払いの遅れに抗議して、数十人規模でポストを葉萎えていることを認めた者たちもいる。政治家やオブザーバたちは、こうした不満から兵士達が数千人規模で、武装グループのもとに戻るのではないかと恐れている」。<br /><br />５月６日、ロイター通信は、現在のところ、サフワのメンバーが大規模に武装レジスタンスに戻っていることはないものの、サフワ指導者の多くが、政府からの攻撃と支払いの遅延によりメンバーの戦士たちは実際にレジスタンスに戻りつつあると心配している。バグダード西部のガザリヤ地区でサフワの部隊を率いるシュジャ・アル＝アダミは、「私のもとには１７０人のサフワ戦士がいるが、そのうち３０人はポストを離れ、タクシー運転手や食べ物売り、建設作業員をやっている。理由？　食わせなくてはならない子供たちがいて、政府の給与支払い遅れに耐えられないからだ」と話す。北部キルクークのサフワ指導者ハッサン・アル＝ジュブーリは、自分の下の兵士５００人のうち、４分の１はすでに脱退したと話す。バグダードのアダミヤ地区で、サフワの指導者で元軍諜報士官でもあったアブ・オマールは「我々がいなければ、事態は２００５年に戻るだろう。覚醒委員会の守衛隊なら２時間でできることを、米軍とイラク軍は４年かけてもできないんだ」と述べている。<br /><br />５月１０日、バグダードの北、タジで即席爆発装置が爆発し、サフワの上級メンバー、アベド・アル＝カイリヤが殺された。５月１４日、殺し屋たちがバクバの家を襲撃し、サフワ戦士２人とその母親を殺した。５月１５日、殺し屋たちがサマラ地区の検問を襲い、警官２人とサフワのメンバー一人が負傷した。尾奈慈悲、スワイラの襲撃の際、警察は「アルカーイダの疑いがある者」１２人とワフワのメンバー二人を逮捕した。５月１９日、ジュルフ・アル＝サカルで路肩爆弾が爆発し、サフワの指導者一人が負傷した。こうした事態が起きている中で、サフワの戦士たちは、政府が給与を支払わないことに抗議し、毎週数十人規模で治安ポストを放棄し続けている。<br /><br />その間、暴力が日々、イラク全土で燃え上がっている。その多くが、イラク政府がサフワを標的とした作戦を続けていることの結果である。<br /><br />地元の警察と病院関係者によると、５月２０日、自動車爆弾がバグダード北東部のシーア派住宅地にある数軒のレストランの近くで爆発し、４１人が殺され７０人以上が負傷した。５月１９日にはイラク人５人が殺され１２人が負傷し、グリーンゾーンにロケットが撃ち込まれ、５月１８日にはイラク人５人が死亡し１４人が負傷した。５月１７日日曜日には、少なくとも２０人のイラク人が殺され、２１人が負傷している。例えば、バグダードのドラ地区にある喫茶店で爆弾が爆発したり、ファルージャ市内と周辺で５５人が拘束されたり、ヒラで自分の車を運転していた教授が米軍兵士の攻撃を受けて負傷したりといった暴力が起きている。５月１６日にはイラク人２２人が殺され、２８人が不肖し、バスラでは米軍兵士一人が殺されている。また、ナジャフ県では集団墓地から数百人の遺体が発見された。同じ日、サドル・シティでは迫撃砲により幼児が一人殺され、その母親と二人の兄弟姉妹も負傷した。その前日、５月１５日には、ヒラでイラク人６人が死亡、９人が負傷し、英国の傭兵一人が殺され、５月１４日にはイラク人８人と米兵１人が殺され、イラク人１４人が負傷している。<br /><br />５月９日には、イラク人３人が殺され１１人が負傷したほか、米軍兵士２人が殺されている。本記事を書いている時点で、今月これまでに米軍兵士１４人が殺されており、死亡した米兵数は４３００人にわずか４人足りないまでになった。<br /><br />本ウェブサイトで私が書いてきたいくつかの記事で示したように、マリキ政府が続けるサフワへの攻撃はイラクの状況を不安定化させる一方であり、週を追うごとに暴力は激化することになる。今やサフワの戦士たちはかつてない規模でポストを放棄しており、米軍は文字通り町町の境界を変更して、街から基地を動かさなくても地位協定を遵守するように企てており、オバマ政権は、イラクから本当に全面撤退する兆候も見せていなければ、イラクの人々に賠償を行う兆しもない。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>戦闘不適</title>
<description>米軍兵士たちが抱える問題。イラク侵略と占領を現場で支え、多くの人々を殺してきた米軍兵士たちについて「彼ら彼女らもまた犠牲者だ」と同列に言えるわけでは決してありませんが、その一方で、米国のような戦争経済と貧困の支え合い構造がどのようなもので、勇ましい掛け声の陰で何をもたらすかについては、きちんと知っておくべきだと考え、訳出しました。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-05-21T10:59:56+09:00</dc:date>
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米軍兵士たちが抱える問題。イラク侵略と占領を現場で支え、多くの人々を殺してきた米軍兵士たちについて「彼ら彼女らもまた犠牲者だ」と同列に言えるわけでは決してありませんが、その一方で、米国のような戦争経済と貧困の支え合い構造がどのようなもので、勇ましい掛け声の陰で何をもたらすかについては、きちんと知っておくべきだと考え、訳出しました。<a name="more"></a><blockquote><b>戦闘不適</b><br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/unfit-for-combat">DahrJamailIraq.com原文</a><br />2009年5月12日<br /><br />この月曜日（５月１１日）バグダード時間の午後２時、バグダードの米軍基地にあるストレス・カウンセリング・センターである米軍兵士が同僚兵士５人を撃ち殺した。ペンタゴンで行われた記者会見の場で、米軍統合参謀本部長マイケル・ミューレン海軍大将は記者団に対し、この射殺事件は「個人が助けを求めている」場所で起きたと述べた。ミューレン大将はさらに、「このことはやはり、我々がストレスへに対処する努力、方策を強化する必要があることを示している・・・・・・。これはまた、繰り返し派兵することの問題を提起している」。<br /><br />それとほとんど同じ言葉で、米国国防長官ロバート・ゲーツは、ペンタゴンは戦地へ繰り返し派遣されることから生ずる兵士のストレスを軽減するための対策を強化しなくてはならないと述べている。ストレスは、派遣の間に取れる帰国期間が限られていることで、さらに悪化している。<br /><br />ミューレンとゲーツが言及している状況について、経験を積んだ保健衛生専門家ならＰＴＳＤ（心的外傷後ストレス障害）と言うだろう。<br /><br />帰国した兵士たちが、イラクでの経験の直接的結果として、発砲事件や自殺をはじめとする事故破壊的な振舞いに至るのはごく普通のことだが、イラクでこの規模の事件が起きたのは初めてである。<br /><br />これに類する事件が最後に起きたのは２００５年のことで、陸軍大尉と中尉がティクリートにある米軍基地の部屋の窓で爆発した対人地雷により殺されたときである。このケースでは、州兵<span class="meaning">の二等軍曹アルベルト・マルチネスは無罪となった。</span><br /><br />米軍が、何年も前から、ＰＴＳＤを抱えた兵士達を治療もせずに米軍によるイラク占領のためにイラクに送り返していることを考えれば、兵士が同僚を５人殺したと聞いても、驚くことではない。<br /><br />昨年の夏、私はイラクとアフガニスタンで兵務に服したことのあるブライアン・カスラーと話をした。カスラーは慢性的なＰＴＳＤに悩まされており、悪夢を見続け、ひどい歯ぎしりのために顎を脱臼したこともある。<br /><br />「いまだに四六時中ぎりぎりだ」とカスラーは言う。「社会環境に出ると問題がある。自分が自滅的だと思ったことはなかったが、この数カ月は、車を運転していて、１５秒だけ目を閉じて車をコンクリート壁に突っ込ませたらどんな気持ちだろうと思うことがある。以前はこんなんではなかった。［軍から］戻ってくるまで、そんな考えを持ったこともない。自分じゃないような感じだ。以前は救いがたいロマンチックだったのに、今では対人関係の問題を抱えている。世界一のガールフレンドだから、彼女の問題ではないことはわかっている。個人的問題を抱えていて何とかしなくてはならない。問題が多すぎる。安らぐことがない。それから後悔。イラク戦争についてあまりに考えすぎている。イラクのことよりも家族のことを考えたいんだが。それで消尽してしまう。授業でも集中できない。仕事にも集中できない。組合で働いていて、組合のためにピケを張るんだけど、考えることはといえば、この戦争をどうやって終わらせることができるかだ。この戦争を終わらせることに関するもの意外に注意を払うことができない」。<br /><br />戦争は残虐行為である。戦争は二方向の精神病である。戦争は関係者すべて----それがイラクの民間人であれイラクを占領している米軍兵士であれ----に破壊と苦しみしかもたらさない。<br /><br />「あまりに多くのことが起きた。間違ったことだというのはわかっていた」とカスラーは続ける。「みんなを代表してというわけにはいかないが、多くの人が後悔からＰＴＳＤを患っている。以前やったことについて、今、問題が出てきているんだ。実際にやったときに正しいと思ってたか間違ってると思ってたかは問題ではない。重要なのは、まさに今、自分の行動について問題を抱えており、心の中で混乱していることだ。毎日、心が混乱している。軍の精神そして嘘の永続化を吹き込まれたんだ」。<br /><br />米軍は、兵士を再派遣する前に薬で治療する。現地の頭数を揃えるためだが、これが問題をさらに複雑なものにしている。２００７年秋に米軍兵士に対して行われた匿名の調査では----そのデータは米軍の精神衛生アドバイザリ・チーム第５報告の一部に使われている----、イラクに駐留する戦闘部隊兵士の１２パーセント、アフガニスタンでは１７パーセントが処方せん医薬品を用いている。ほとんどが抗鬱剤か睡眠薬である。<br /><br />クリストファー・ルジューン曹長はこうした「治療」を直接経験している。彼は鬱と診断されたが、軍医はセルトラリンという抗鬱剤とクロナゼパムという抗不安薬を与えて彼を戦地に送り返した。「様々な理由で、自分が抱えている問題を認めることは兵士達にとって難しいし、仮に問題があると認めて相談しても、解決策として薬を手渡されるだけだ」。<br /><br />イラクとアフガニスタンにいる兵士の中で自殺した５人のうち２人は、抗鬱剤を服用していたことがわかっている。<br /><br />カスラーが経験し、ミューレンとゲーツが述べたように、短い間隔で回復する時間もほとんどなく繰り返し派兵されることにより、退役軍人の精神衛生にも悪影響が生じる。<br /><br />イラクとアフガニスタンに兵士が派遣される際に、わずか２週間しか間隔がないことも、当たり前にある。「ストップロス」政策をでたらめに適用し、派遣をやみくもに延長することで、すでに限界にある状況がいっそう悪化している。<br /><br />２００８年５月９日、ロサンゼルス・タイムズ紙は、２００５年３月の段階で「ストップロス」プログラムの対象となっている兵士たちは１万５７５８人に達していたと報じている。２００８年８月、米国議会予算委員会防衛小委員会は、２００１年１０月以来のストップロス命令によって除隊や退役が送れた兵士達に月々５００ドル支払うことを承認した。この奨励策も、士気を高めることにはならなかった。<br /><br />ペンタゴンの記録から、２００３年以来、軍が採用した錯乱したストップロス政策がもたらした驚くべき結果がわかる。２００８年５月８日、ＵＳＡトゥデー紙でグレッグ・ゾロバが報じているように、イラクかアフガニスタンに派遣される予定の１週間前の時点で、派遣予定の兵士達のうち４万３０００人以上が医学的に派遣不適と判断されていたにもかかわらず、派遣されたというのである。<br /><br />軍精神病医のチャールズ・ホッジ大佐は２００８年３月、米国議会で、三度派遣された兵士のうち３０パーセント近くが精神的に壊れていると述べている。最近の研究では、戦闘任務の間に現在のように１年間の休暇を取るだけでは「時間的に不十分」であり、それでは再び戦争に派遣される前に「心機一転」して回復することはできないことが明らかになっている。<br /><br />イラクへの２度目の派遣から戻ってきたセルジオ・コチャージンは、自分の口に銃を突っ込み、引き金を引く勇気を奮い起こそうとした。ＰＴＳＤの治療もせず、悪夢と不眠に悩まされ、薬物をひどく濫用し、自己治療を何度も試みては失敗してきたために、彼の状況は悪化した。彼はテキサス州テキサルカナで友人とアパートをシェアしていた。それまでの数カ月、彼は両親の家で過ごしたが、そこでは「いつも飲みすぎ、ものを壊し、毎日ブチ切れ、両親に悪態をつくなど多くの問題を引き起こした」。今の状態から逃れ、イラクに再び派遣されることを避けるために自ら命を断とうと思ったのは２００７年初頭のことだった。コチャージンの契約期限は切れていたが、医療面で軍の所属から免除されるまでは６カ月以上残っており、その間、彼は再びイラクに派遣されると思ったのだった。<br /><br />その一年後、コチャージンは自分の自殺について、次の用に語った。「長いこと、４０口径を口に入れたまま、どうすればよいのか迷った。この苦しみに終止符を打つべきか、生きつづけて自分を責めつづけるべきか？　幸い、私はそのまま眠りに落ち、翌朝、目が覚めた。ルームメイトが入ってきてむちゃくちゃブチ切れ、銃を彼の両親の家に持ち去った。私はちょっと外に出て、深呼吸して、さて、「このまま投げ出してしまうのはもったいない」と思ったんだ。それから、何かしようと決めた。逃げているだけでは何も解決しないとようやく理解したんだ。問題に向き合い、何とかしなくてはならない。それで前向きになれた」。<br /><br />けれども、同じ状況に置かれた退役兵士の多くは、別の決断をする。<br /><br />「社会的責任を果たす医師団」の会長エヴァン・カンター博士は精神病医で、ＰＴＳＤを抱える退役軍人の治療を専門としている。２００８年６月、シアトル公会堂で行われた会議で私は彼の講演を聞く機会に恵まれた。<br /><br />「パネリストの皆さんは、もっとも症状の重い退役軍人たちはこのような会合に参加できないと言いました」と博士は言う。「私がここにいる理由の一つは、私が治療している人々に代わって話すことです。彼ら彼女らはここに来て皆の前で話すことができないだけでなく、この規模の人々が集う部屋にいることさえ耐えられません。これらの人々のひどい状況は、占領がもたらす真のコストの一部であり、その大部分は医療の領域で担当することとなります。医者として、私はそうした隠された傷や隠されたコストについて話したいと思います。その多くは意図的に隠されています。というのも、人々がそうしたコストを理解するならば、戦争を起こそうなどど簡単には思えなくなるかもしれないからです」。<br /><br />「私たちは、戦闘における米兵の死者数は４０００人と聞かされています。このホール周囲にある墓石が示す通りです。けれども、その数には自殺者も、戦闘で受けた致命傷により戦場から運び出された後に死んだ者も、私企業の契約要員の１０００人以上の死者も含まれていません。負傷した人や身体を損傷した人、医学的に病気とみなされる人を合わせると７万人を越えますが、軍は意図的に、とても把握しにくい三つに区分することにより、その数を隠蔽し細分化します。イラクにおける負傷者数と死者数の比は、それ以前の紛争と比べてはるかに高くなっています。そしてそれは、戦闘による死者数よりもはるかによくイラクでの暴力規模を表すものなのです。イラクではその比率は８対１ですが、ベトナムでは３対１、第二次世界大戦では２対１でした。この理由は、防護衣と戦地医療の二つが進歩したことにあります。今日、米軍は、負傷者に安定装置を施したうえで２４時間以内にドイツのランドストゥール空軍基地に移送できますが、ベトナム戦争のときには、戦地で治療を受けた兵士に十分な手当てを施すために戦地から連れ出すためには数週間かかることもありました。その結果、現在では、以前の戦争で同様の状態になっていたなら決して生き延びることができなかっただろうひどい負傷を負った兵士達が死なずに存在しているのです。私たちは社会的に、このようにひどい怪我を負った退役軍人の残りの人生をケアする費用を負担することになります」。<br /><br />この問題について、さらに進んで、カンター博士は次のように述べた。「さらに・・・・・・私たちは新たな現象を目にしていますが、どのように対処してよいかわかりません。それは、ＴＢＩすなわち外傷性脳損傷です。この損傷は、強い爆風による気圧が引き起こす損傷です。その病理についても、長期的な影響についてもあまりわかっていません。戦争の隠された傷である心的外傷後ストレス障害とともに、隠された傷ですが、新たなものです。さて、これまでに１６０万人が兵士として派遣されたことを考えると［現在では１８０万人を越えている］、ＰＴＳＤと鬱病だけを見ても、３０万から４０万の精神的負傷が発生していることになります」。<br /><br />帰還兵の中にＰＴＳＤと鬱病を患うものが多く、その数が増加していることは、軍での高い自殺率と直接関連しているとカンターは言う。「榴散弾による負傷と同様、ＰＴＳＤも戦争による負傷です。ひどく人を衰弱させるものです。症状としては、悪夢やフラッシュバック、生理的・心理的ストレスの誘発、引きこもり、孤立、トラウマを思い起こさせるすべてのものからの逃避、感情麻痺、怒りや憤怒の爆発、集中したり注意することへの困難、過剰警戒状態----軍はこれを「戦闘精神」と呼んでいます----などがあります。重いＰＴＳＤを抱える退役軍人が、今日私たちと同じ部屋にいるのが不可能なのは、これらの症状によるものです」。<br /><br />第二次世界大戦以来の研究から、戦闘経験のある退役兵士は一般の人と比べて二倍の確率で自殺しやすいことがわかっている。あまり知られていないいたましい事実としては、そのほかに、米国の全失業者のうち９パーセント、全離婚と別離の８パーセント、そして配偶者やパートナーの虐待の２１パーセントは、戦闘を経験したことによるものである。これらすべての影響は、子供たちの問題行動、児童虐待、麻薬や酒への依存症、投獄、ホームレスなどにつながる。それらはみな、個人の問題を越えて、何世代もの将来にまで社会的に跳ね返ってくる。<br /><br />イラク占領もアフガニスタン占領も無際限に続く中、バグダードで月曜日に起きたような残虐行為をもっとたくさん耳にするようになっても驚くべきではない。それがイラクで起きるのであれ、米国で起きるのであれ。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>【東京】緊急イラク帰国報告会 ～「隠された虐殺」から5年後のファルージャ、「知られざる虐殺」のラマディをたずねて～</title>
<description>2009年5月22日（金）午後6:30-（開場6:00）会場：明治大学リバティタワー 8F 1083教室  （東京都千代田区神田駿河台1-1／御茶ノ水駅5分）報告者：佐藤真紀（JIM-NET事務局長）、森住卓（写真家）、  高遠菜穂子（イラク支援ボランティア）、志葉玲（ジャーナリスト）資料代：500円問い合わせ：Tel：03-6228-0746（JIM-NET事務所）  メール：info08@iraq-hope.net（イラクホープネットワーク）</description>
<dc:subject>各種イベント・映画など</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-05-14T22:20:56+09:00</dc:date>
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2009年5月22日（金）午後6:30-（開場6:00）<br />会場：明治大学リバティタワー 8F 1083教室<br />　　（東京都千代田区神田駿河台1-1／御茶ノ水駅5分）<br />報告者：佐藤真紀（JIM-NET事務局長）、森住卓（写真家）、<br />　　高遠菜穂子（イラク支援ボランティア）、志葉玲（ジャーナリスト）<br />資料代：500円<br />問い合わせ：Tel：03-6228-0746（JIM-NET事務所）<br />　　メール：info08@iraq-hope.net（イラクホープネットワーク）<br /><br /><a name="more"></a>

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<title>暴力の土台を作る</title>
<description>再び悪化するイラクの状況。侵略と占領がそのもとにあるにもかかわらず、米国政府やメディアは「今、撤退するとイラクの平和はどうなるのか」などと言っています。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-05-09T09:35:00+09:00</dc:date>
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再び悪化するイラクの状況。侵略と占領がそのもとにあるにもかかわらず、米国政府やメディアは「今、撤退するとイラクの平和はどうなるのか」などと言っています。<a name="more"></a><blockquote><b>暴力の土台を作る</b><br />ダール・ジャマイル<br />2009年5月7日<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/laying-the-groundwork-for-violence">DahrJamailIraq.com 原文</a><br /><br />歴史が示すところではいつも、自分の国を占領する者たちに協力した人々は、結局、冷や飯を食わされるか、命を失うことになる。イラク占領もその例に漏れない。占領への協力、そして協力が運んできた有害な果実が、再び全面的に姿を現わし、歴史教科書に記載されるのを待っている。違いはと言えば、その速度が驚くほど速いことだけである。<br /><br />５月５日、イラク軍がバシム・モハンマドを殺し、弟を拘留した。モハンマドはサフワのメンバーだった。サフハは主に元レジスタンスの戦士から構成される１０万人規模のスンニ派民兵で、アルカーイダ・イン・イラクと戦わせるために米国が創設したグループだった。米国がこのとき金を支払ったことには、また同時に、占領軍への攻撃を沈静化する狙いもあった。<br /><br />サフワには、治安部門か一般公務員として政府の仕事が提供されるはずだったが、裏切られた。約束通り仕事を提供される代りに、サフワのメンバーは一貫してイラク軍そして時には米軍の標的とされ、それによってサフワはアルカーイダの攻撃にも脆弱な立場に置かれた。その結果、彼らは給与が支払われていない治安関係の仕事を放棄し、アルカーイダに対する軍事作戦もほとんど止めた。予想通り、その結果、この数カ月にわたって私たちは、イラク軍と米軍に対する攻撃のゆっくりとだが着実な増加を目にしており、同時に、シーア派中心地域における大規模な自動車爆弾攻撃－一度に数十人が犠牲になる－の劇的な増加を目にしている。<br /><br />当然ありうる解決策として、オバマ政権がバグダードにある傀儡政府に圧力をかけ、サフワを政府に取り込むという約束を実現させるように仕向けること、また、マリキ首相に圧力をかけてサフワとその指導陣に対する攻撃を止めさせることがある。<br /><br />ところが実際には、モハンマドのようなサフワのメンバーは殺され、家族は拘留され、サフワへの攻撃が続いている。５月３日、イラク軍は、一触即発状態にあるサラハディン県でサフワ指導者の一人、ナディム・アル＝ジュブーリを逮捕した。３月に、イラク軍はバグダード中心のファディル地区でサフワの別の指導者アディル・アル＝マシャダニを拘留したが、それは米軍・イラク軍とサフワ舞台の間に衝突を引き起こし、その結果３人が死亡して、さらなる流血沙汰への舞台が開かれることとなった。<br /><br />はっきりさせておこう。２００６年半ばにサフワが結成されたとき、米軍は、サフワのメンバーのほとんどが元レジスタンスの戦士かアルカーイダのメンバーであることを知っていた。その時、彼らに対し、月３００ドルの支払いを受け取り、占領軍への攻撃を止めると約束したら、イラク政府の報復から恩赦を与えられるとの約束がなされた。マリキ政府はサフワ結成の当初から、サフワに反対しており、元バアス党員だったりレジスタンスの戦士だったサフワのメンバー----メンバーの大部分を占めた----に対して報復手段を取ると好戦的な発言を行っていたため、この最後の点は重要だった。<br /><br />サフワの指導者たちは状況に不満を訴えたが、ほとんど何も変わらなかった。サフワの指導者で元アルカーイダ民兵の指導者でもあったナディム・アル＝ジュブーリは、５月３日に逮捕されたあと、記者団に対し、イラク警察が彼を逮捕したことは、昨年米軍との間に彼自身が署名した恩赦協定に違反すると述べた。自分の国を占領している者たちを少しでも信頼したのはアル＝ジュブーリの不名誉である。ジュブーリはＡＦＰ通信に対し、「我々は米軍と停戦合意に署名した。また、裁判を免除される合意にも。それは、我々が米軍兵士の半分を殺したり、航空機を撃墜したにもかかわらず取り交わされた合意だった」。<br /><br />明らかに、占領軍およびバグダードにある傀儡政権が約束を守ると彼は信じたらしい。ジュブーリがサラ・ペイリンのようにニュースを読んでいれば、実状をもっと知ることができただろう。お決まりの良い警官・悪い警官モデルに従って、米軍が良い警官を演じてサフワに免責と資金を提供する一方、マリキ政府は免責などありえないと誓って攻撃を始めたのである。ジュブーリがイラク政府に逮捕されたのち、米軍は声明を発表し、「逮捕状はイラク政府から出されているため、連合軍はこの件について何ら重要な役割を果たしていない」と語った。誰が約束を守ったのかは明らかである。<br /><br />イラク全土で暴力は衰えることなく続いている。イラク軍がバシム・モハンマドを殺したその日に、４０人近いイラク人が殺された。そのうち３１人は、ディヤラ県でイラク軍に殺された「過激派の疑いのある者たち」（つまりサフワのメンバー）だった。<br /><br />この７２時間で起きた暴力のほとんどは、できるだけ多くのサフワ・メンバーを殺そうと全開状態のイラク政府の作戦によるものである。<br /><br />５月４日、イラク人少なくとも１５人が殺され、２４人が負傷した。死者のうち４人は、バグダードのドーラ地区の警察官（つまりサフワのこと）だった（ドーラ地区の治安はサフワが担当している）。彼らは、検問所に投げ込まれた手榴弾で殺された。<br /><br />その前日、ロンドンのタイムズ紙は、スンニ派の６つの民兵グループを代表する「イラク・レジスタンス政治評議会」の有力メンバーが「レジスタンスは現在、戦地に戻り、敵に対する攻撃を再会した。殺される連合軍兵士の数は増えている」と述べたことを伝えた。<br /><br />このレトリックには自信過剰の要素があるが、イラクで殺される米軍兵士が増える傾向にあるのは確かである。先月、少なくとも１８人の米軍兵士が殺されたが、これは米占領軍にとって昨年９月以来最悪の死者数である。これに加えてイラク人死者数も大きく増えていることから、先週イラク訪問から帰国したばかりの米国外交問題評議会議長リチャード・ハースは、次のように述べた。「依然としてイラク社会に複数の断層が走っているのは明らかである。私見では、イラクと米国は予定を調整し、２０１１年以降も数万人規模の残留兵力を維持する必要があるだろう」。<br /><br />バグダード周辺および各地のサフワは、メンバーの半分が職務を放棄してレジスタンスに再び加わっていると述べている。別の報道では、７５パーセントがすでに職務を放棄したという。<br /><br />バグダードの南方、ヒラでは、５月２日、１２０人以上のサフワ・メンバーが首都の南にある数十の検問所の職務を放棄した。月々の給与を受け取っていないというのが理由だった。「４月分の月給を受け取るまでこのストは続く。サフワの中には３月分の給料も受け取っていない者がいる」。サフワ民兵の一人、ナザル・アル＝ジャナビはＡＦＰ通信にこう語った。こうした状況は当たり前になっている。<br /><br />特権を剥奪されたサフワのメンバーたちから構成される新たなレジスタンス・グループが再び勢力を整えるまでにはしばらく時間がかかるだろう。その間、米軍に対する攻撃は散発的なものにとどまるだろうが、その数は増えるだろう。そして、これまでずっとイラクにおける米国の壊滅的政策の矢面に立たされてきたイラクの人々は、毎週毎週何百人と命を落としつづけるだろう。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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<title>ファルージャの戦闘作戦</title>
<description>急速に悪化するイラクの状況について。</description>
<dc:subject>ファルージャの状況</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-05-07T19:03:44+09:00</dc:date>
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急速に悪化するイラクの状況について。<a name="more"></a><blockquote><b>ファルージャの戦闘作戦</b><br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/combat-operations-in-fallujah">DarhJamailIraq.com原文</a><br />2009年5月4日<br /><br />急速に悪化の一途をたどるイラクの状況を示唆するかのように、５月１日、米軍は、米国海軍下士官の死を報じた。この下士官は、「イラクのファルージャで戦闘作戦を行っていた４月３０日」に殺されたという。米国国防総省の報告は続けて、この水兵は「東海岸に拠点を置く米海軍特殊部隊とともに派遣されていた」と説明している。同じ日、米軍は海兵隊員二人の死を報じた。二人は「４月３０日、ここで敵軍に対する戦闘作戦を行っていた際に殺された」という。この報道発表の日付欄には「イラク、アル＝アンバル県」とあった。どうやら、ファルージャとアル＝アンバル県の状況はすべて良好、というわけではないらしい。米軍は、これまでのイラク占領を通してずっと、これらの地域で最も激しいレジスタンスにあってきた。その地域で再び、戦闘作戦を行っているのである。<br /><br />米軍が基本的にサフワを処罰し、１０万人を要するこのスンニ派民兵にマリキ政権の矛先を向けてサフワのメンバーを暗殺と拘留の標的とさせていたことにより、サフワが爆発を抑えていた火山の抑えがなくなった。アルカーイダ・イン・イラクを阻止していたのは米軍でもイラク軍でもなく、サフワだったことを思い起こしておこう。サフワのメンバーは、給与が支払われず、またマリキ政府の標的となっているために治安ポストを放棄し、サフワに参加する以前の元々の活動場所であったレジスタンス運動に再び戻っている。<br /><br />もう一点、そもそもサフワが米軍と同盟関係に入ったのは、マリキ首相率いるシーア派主導のセクト政府の攻撃から自らの身を守るためだったことを思い出しておこう。<br /><br />数日前、私はバグダードの親友に、バグダードのアダミヤ地区のサフワ指導者にインタビューを依頼した。その指導者は、アブ・アフメドと名乗った。４０歳で結婚しており、４人の子供がいる彼は、次のように語った。「言いたいのですが、イラク政府、とりわけマリキ氏は、依然として私たちを標的としています。当初から彼らは私たちを標的としており、サフワへの攻撃をやめていません。私たちがスンニ派だから、そしてイラク政府がセクト主義政府だからです」。<br /><br />アブ・アフメドは、自分もサフワの同僚たちも、占領軍の即時撤退を支持しており、「そうすれば、私たち自身の手で政府を変え、現在のセクト主義政府ではなく民族主義政府を樹立することができるでしょう」と語る。<br /><br />さらに彼は続けて、簡単に、「私たちの目標は、占領を終結し、アルカーイダをなくし、安全な新しいイラクを作ることにあります」と述べた。<br /><br />彼の主張を裏付けるかのように、まさにその翌日から、運命はバグダードの路上を血の海に変えた。首都バグダードのシーア派居住地区で複数の爆弾が爆発し、５１人以上が殺された。爆発のあと、地域の住民たちは、現場に姿を現わしたイラク軍兵士に靴や石を投げつけ、自分たちを守れなかったと兵士を非難した。爆発のあと、イラク軍兵士が罪のない人々に発砲を続ける中、ある住民は、記者に怒りを表わし、「爆発のさらにその上に、奴らは人々に向けて発砲している。これが私たちにふわさしいことだというのか？　負傷者を運び出す手伝いをするかわりに、兵士たちは私たち住民に向けて発砲している。これがマリキ政府だ。発砲音が聞こえるか？　イラク軍兵士たちは人々に向かって撃っているんだ。人々は車の下に伏せて隠れている」。<br /><br />その日結局、７０人以上のイラク人が死亡し、少なくとも１１６人が負傷した。政府のセクト的正確を浮き彫りにするかのように、バグダードの治安担当報道官カッシム・アッタ少将は、記者団に対し、２００６年１２月に処刑された元独裁者の名をあげて、「この一連の爆弾攻撃は、２８日、サダム・フセインの誕生日に行われるはずのものだったろう」と述べた。<br /><br />一方、その同じ日、バグダードの二つの地区で、米軍のパトロールを狙った路肩爆弾が爆発した。<br /><br />アブ・アフメドにインタビューを行った、バグダードに暮らす友人のイラク人記者は、その日起きた一連の爆弾事件後に次のように言っている。「ダール、イラクの状況はとても悪化している。バグダードではとても多くの自動車爆弾が爆発している。今や毎日だ。今日、道路はすべて封鎖された。警察と軍が車を一台一台捜索し、あらゆるものをチェックするためだ。こんな状況では仕事はまったくできない。それにもかかわらず、爆弾攻撃は止まるところなく続いている」。<br /><br />暦が５月に変わった今、米軍兵士たちにとって４月は昨年９月以来最も死傷者の多い月となった。少なくとも１８人が死亡したが、これは３月比で２倍以上である。４月はまた、今年になって最も多くの兵士が戦闘行為の中で死亡した月にもなった。イラク人にとっても、４月は過去１年で最も多い死者を出した月となった。<br /><br />米国とイラクの関係を強化する一歩として、イラクにおける米軍の日常活動を統括するピーター・バイエル准将は、米軍によるクートでの侵入捜査で男女一人ずつが殺され、イラク全土で人々の怒りを引き起こし、そのためにマリキ首相はそれを行った兵士をイラク当局に引き渡すよう要求することになったと述べ、さらに記者団に、この侵入捜査は「合法的で正当なものだ」と述べ、米軍兵士がイラクの法廷で裁かれる可能性を聞かれたのに対しては「ノー、絶対にそんなことはありえない」と答えた。<br /><br />イラクの主権とは、結局こんなものである。<br /><br />５月２日、さらに二人の米軍兵士がイラク北部の都市モスルで殺された。さらに、バスラとファルージャでも路肩爆弾による攻撃を受けた。占領に対するレジスタンス活動が、イラク最北の諸都市から最南の諸都市まで、再び全国に広がっているのは明らかである。英軍がイラク南部の英軍統治地域から撤退している現在、米軍兵士達がその空白を埋めており、そのためにバスラでの攻撃が起きた。クートの侵入攻撃のような出来事を考えるならば、こうした攻撃は急増することが予想される。<br /><br />一方、イラク政府によるサフワ・メンバーへの攻撃は、収まる兆しもなく、その日、武装集団がユスフィヤでサフワが詰める検問所を攻撃し、サフワの兵士一人を負傷させた。一方、イランはイラク北部を攻撃し、その地域の「クルディスタン自由生活党」（ＰＪＡＫ）の拠点と疑われる場所に砲弾を撃ち込んだ。ＰＪＡＫは米軍の支援を受けて、この数カ月間、イランで秘密裏に不安定化作戦を実行してきた。トルコと国境を接するイラク北西部地域も、平穏ではない。トルコでクルド人ゲリラの攻撃と思われる襲撃によりトルコ軍兵士１０人が殺された数時間後、トルコはイラク北西部に空襲を行った。しかしながら、イラク北部に対するトルコの空爆は今に始まったことではない。この数カ月間、毎週あるいは月に二回といった頻度で、トルコの空爆は続いている。<br /><br />米軍によるイラク占領という肉挽き器は速度を上げ、再び修羅場を作り出している。イラク人市民への攻撃も米軍兵士への攻撃も、劇的に増えている。本記事を書いている時点で、この４日間に５人の米軍兵士が殺され、罪のないイラク人十数人以上が虐殺され、やはり十数人以上が負傷した。イラク政府によるサフワへの攻撃は続き、アルカーイダは今やほとんど好き勝手に活動しており、米軍に対する攻撃は、イラク北部のクルド人支配地域を含むイラク全域で起きている。<br /><br />ファルージャでの戦闘作戦。イラクの米軍勾留施設で米軍が続けているイラク人への拷問について最近発表された国連の報告。イラク全土に広がる、米軍を標的とした路肩爆弾。ジョージ・W・ブッシュが第二期米国大統領の任期を８カ月残していた時点から現在までで最も多い、虐殺されたイラク人の数。<br /></blockquote>

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<title>「・・・おぞましい真実」</title>
<description>イラクの現在、イラク人からみた米欧の「おぞましい真実」を、『ファルージャ２００４年４月』著者の一人ダール・ジャマイルが報ずる。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-05-03T14:14:57+09:00</dc:date>
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イラクの現在、イラク人からみた米欧の「おぞましい真実」を、『ファルージャ２００４年４月』著者の一人ダール・ジャマイルが報ずる。<a name="more"></a><blockquote><b>「・・・おぞましい真実」</b><br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/the-horrible-truth#more-1484">DahrJamailIraq.com</a><br />２００９年４月２４日<br /><br />米国によるイラク占領----今やバラク・オバマ大統領が全面的な責任を負うことになった ----は、ふたたび大量殺人の時期に入った。もちろん、これまで暴力と残忍性、混沌状態がなかったというわけではない。というのも、米国のイラク侵略が始まって以来、イラク人がゆえなく殺されなかった日は一日としてなかったのだから。けれども、今日はイラク人が３人殺されたとか、２ダース殺されたと語る時期は過ぎ、現在、私たちは再び、１００人近い人々が殺されたとか１００人以上が負傷したといった語りかたをしなくてはならない時期に入っていることが、最近の出来事からわかる。殺されたイラク人は一人残らず米国によるイラク占領の直接の結果として命を落としたもので、４月７日にバグダード空港を訪問してイラクで「たぐいまれな偉業を成し遂げた」と米軍を賞賛したオバマ大統領の手はそうした人々の血でまみれている。<br /><br />４月２３日、二件の自爆攻撃で、７３人以上のイラク人が殺された。自爆攻撃者の一人は、バグダード中心で警察官の一群の中で爆弾を爆発させた。そこにいた警官達は、２００６年から２００７年半ば、米国が促したセクト間暴力の時期に、自宅を逃れたイラク人たちに救援物資を配布していたのだった。警察によると、少なくとも５０人が負傷した。死者の中には少なくとも子供５人と女性１人が含まれていた。<br /><br />同じ日、第二の大きな自爆攻撃が、バグダードの北約５０マイルにあるムクダディヤの近くで起きた。自爆攻撃者が標的としたのは、レストランにいたイラン人の巡礼者たちで、少なくとも４５人が殺され、６０人が負傷した。そこにいたシーア派の巡礼者たちは、イラクにあるシーア派の信仰地を訪問していたところだった。<br /><br />これらの爆弾攻撃は、アルカーイダ・イン・イラクの匂いがする。アルカーイダ・イン・イラクの活動は、イラク人レジスタンスおよびアル＝サフワ（元レジスタンスの戦士たちを中心とするシーア派民兵で米軍が創設したものだが、最近は米軍に見捨てられ、イラク政府の攻撃を受けている）のおかげで行き詰まり状態だった。サフワのメンバーは、自分たちの任務に対してイラク政府が給与を支払わないことおよびイラク政府がサフワ指導者たちを標的としていることに抗議して治安ポストを放棄していた。マリキ首相は、サフワを自分の政府の存続に対する脅威と見なしており、そのため当初からずっとそうだったが、自らことあるごとに、サフワの存在をなきものにしようとしてきた。<br /><br />最近になって恐ろしい暴力が激発しているのは、米国がサフワを見捨てるとともに、マリキ首相が進めるサフワの地位剥奪政策を米国が止めようとしていないことの直接の帰結である。米軍がアルカーイダを見つけられないでいたとき、サフワはアルカーイダの分子を発見することができた。サフワのメンバーが、イラクのますます多くの場所で治安活動を放棄している現在、当然のことながら、アルカーイダの作戦実行力は増大している。<br /><br />一方で、バグダードの無能なマリキ政権は悲壮なプロパガンダを展開している。上述の惨事が起きたその同じ日に、イラク国営テレビ局は、アルカーイダに関係しているグループ、「イラク・イスラム国家」の指導者と言われているアブ・オマール・アル＝バグダディがバグダード東部で拘束されたと発表した。治安関係の専門家たちは、これまで、アル＝バグダディは実在の人物ではなく過激派グループの一部が作り出した架空の人物であると考えており、米軍も、そのような名前のアルカーイダ指導者がいたことなど信じていなかった。<br /><br />今回と同様の攻撃はこれからも起きるだろう。それらの攻撃は、イラクの都市部から米軍兵士が撤退する期限である６月が近づいていること（ただしモスルおよび米軍が撤退すべきでないと考えた都市は例外となる）と関係があるというよりは、米軍とイラク政府からサフワがのけ者にされ攻撃されていることにより大きく関係している。<br /><br />マリキ政府がサフワに対する攻撃を止めないという事実、そして米国政府がマリキ政府によるサフワ攻撃をやめさせようとしていない事実から、私の分析はシニカルにならざるを得ない。<br /><br />米軍もイラク軍も、アルカーイダ分子を発見することができる能力および攻撃を阻止する力をこれまでに示したことはなかった。実際、ＡＦＰフランス通信社は４月２２日、米軍は「イラク主導」の作戦を率いていると報じている。同通信社の報告によると：<br /><br />「［米軍とイラク軍の］兵士達は、オウェサットという農村への作戦任務のためにキャンプ・ファルコンに集合した。米軍とイラク軍は、オウェサットの村がバグダード内および周辺での爆弾攻撃の準備に使われていると考えていたのである。このところイラクで行われるほとんどすべての作戦と同様、米国はイラク軍が作戦の責任を負ってアルカーイダを一とする武装グループとの戦闘を行っており、米軍は支援の役割を担うのみだと主張している。しかしながら、キャンプ・ファルコンの現場からは別の様子が浮かび上がってくる。サダム・フセインを追放したイラク侵略から６年たった現在、単に米軍兵士の数がイラク軍兵士の数よりもはるかに多いというだけでなく、命令を出しているのも決定的に重要な兵站支援を行っているのも、米軍なのである。昨年１１月に結ばれた治安協定のもとでは、６月３０日に米軍がイラクの都市部から撤退し２０１１年末までにはイラクから全面撤退することになっており、同時にイラク軍が治安の全面的な責任を担うことになっている。イラク政府も米国政府もまた軍司令官たちも、米軍が撤退したのちイラク警察５６万人とイラク軍兵士２６万人で治安を維持することは可能であり、治安協定が定めるスケジュールを遵守すると繰り返し述べてきた。しかしながら、今月行われたオウェサットの作戦では、米軍ヘリのバックアップを受けた６００人の米軍兵士にイラク軍兵士４０人が加わり、２１時間にわたる侵入捜査の際、イラク軍兵士たちは繰り返し米軍の行動を見習っていたのである。」<br /><br />昨年１１月にバラク・オバマに投票した多くのアメリカ人は、オバマがイラクで正しい行動を取ると今でも信じている。けれども、現実は、草の根から正しい行動を取るよう強いられない限り、米国の外交政策に、約束された「チェンジ」が実現されることは決してない。米国の外交政策の矛先となっている中東の国々、とりわけイラクは、ほとんどのアメリカ人よりも事実をよく知っている。<br /><br />２００４年４月、米軍による最初の大規模な攻撃がファルージャに対して加えられたとき、私はファルージャにいた。そのとき私は、小さな間に合わせの応急診療所を運営するマッキ・アル＝ナザールと話をした。私たちが話をしている間に、何十人もの女性と子どもが診療所に運び込まれたが、そのほとんどは米軍のスナイパーに撃たれた人々だった。<br /><br />「これまでずっと、私はアメリカの民主主義というものを信じてきました」と彼は疲れ切った声で私に言った。「４７年ものあいだ、ヨーロッパとアメリカ合衆国が民主主義と自由の運び手として世界に善をもたらすという幻想を受け入れていたのです。今、おぞましい真実に目覚めるまでに４７年もかかりました。米欧がイラクにいるのは、民主主義とか自由といったものをもたらすためではまったくないのです。」<br /><br />現在はヨルダンのアンマンで難民となっているマッキは続けて次のように言った。「すべてが嘘だったことが今ではわかります。アメリカ人は、民主主義や人権など一顧だにしません。アメリカ人は、サダムと比べてさえ、悪辣なのです。」<br /><br />５年前のそのとき、私は彼に、実名で彼の言葉を引用してよいかどうか聞いた。「名前を出したことで米軍が私にしようとすることなど、すべて、ここファルージャで米軍は既にやっています。」これが彼の答えだった。<br /></blockquote>

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<title>ファルージャの難民たち：２００４年４月２１日</title>
<description>５年前の４月と１１月、米軍はファルージャを包囲し、大規模な攻撃を加えました。救急車を狙い撃つ、白旗を掲げた民間人を射殺する、病院を占領し治療を妨害するなどの戦争犯罪を犯しながら。２００４年４月、ファルージャを逃れた難民たちの様子を、当時、イラクにいたジョー・ワイルディングの報告から。</description>
<dc:subject>ファルージャの状況</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-04-29T16:21:21+09:00</dc:date>
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５年前の４月と１１月、米軍はファルージャを包囲し、大規模な攻撃を加えました。救急車を狙い撃つ、白旗を掲げた民間人を射殺する、病院を占領し治療を妨害するなどの戦争犯罪を犯しながら。２００４年４月、ファルージャを逃れた難民たちの様子を、当時、イラクにいたジョー・ワイルディングの報告から。<a name="more"></a><blockquote><b>ファルージャの難民たち：２００４年４月２１日</b><br /><a href="http://wildfirejo.blogspot.com/2004_04_01_archive.html">原文</a><br /><br />「私のハネムーンなんです」とヘバは言った。バグダッドのアル＝アメリヤ地区にある第２４防空壕の混みあった通路でのことである。一カ月前に結婚したばかりのヘバは、拡大家族とともにファルージャを逃れてきた。「絶えず爆撃がありました。眠れませんでした。眠りに落ちても、悪夢で目が覚めるのです。家族みんなが一つの部屋に集まり、待機していました」。<br /><br />「ファルージャよりもここの方がましです。爆弾の音は聞こえますが、遠くですし、そんなに多くはありません。でも、ここには水がないので、飲んだり、料理に使ったり、体や服を洗う水を手に入れるために、外に出なくてはなりません。氷も買います。冷蔵庫も扇風機もエアコンも発電器もなく、私たち全員にストーブが一つあるだけです。トイレのためには庭に出なくてはなりませんが、夜には問題になります。私たちが買った氷で、みんな、下痢してしまいました」。<br /><br />「新婦だというのに、服を一着も持ってくることはできませんでした」。プライバシーのかけらでもあるかのように・・・。１８家族の８８人が戸口から突き当たりの台所までの狭くて長い通路に置かれたマットレスの上にすし詰めになっている。台所からは、お茶と甘いゴマビスケットが運ばれてくる。ヘバの叔父を追悼するものだ。<br /><br />ヘバの叔父は一週間前、バグダッドに着いた翌日に亡くなった。弟は悲しみのあまり死んだのだ、とヘバの父ラビーアは言っている。家族の身元を証明する書類はすべてファルージャにあるので、家族は病院から彼の遺体を連れ戻すことができなかった。ラビーアは病院で働く医者の友人と話をし、彼らの助けで、家族は翌日になってようやく遺体を手元に戻すことができた。<br /><br />昨日、彼は息子の二人を家族とともにファルージャに送り返したが、息子達は夕方７時に彼に電話をかけてきて、帰ってこないよう伝えた。状況は以前よりも悪化している。ファルージャから出ようとしているが、すべての道が閉鎖されている。彼の甥は今日、家族とともにファルージャに戻ろうとしたが、やはりすべての道が閉鎖されていることを知った。「今や、ファルージャ住民全員が監獄に入れられているのです」。<br /><br />これらの人々の話は、ほかの何千人もの人々の話と同じである。イラク赤新月社の事務局長ファリス・モハメドは、最近の戦闘の中、ファルージャに暮らす３０万人のうち約６５パーセントが家を離れたと考えている。家を離れた２０万人のうち、ほとんどがバグダッドをはじめとする各地の拡大家族のところに身を寄せたり、スペースに余裕のある他人の家に身を寄せている。約２００家族はホームレス状態にある。<br /><br />「爆撃のために、ファルージャを出ました」とラビーアは語る。「子どもたちは怯え、夜通し泣き続けていました。４月９日にファルージャを脱出しました。親類の多くが車を持っていましたが、ガソリンを手に入れるのが困難でした。１８人の家族全員を集めて、検問所で待っていました。アメリカ人は、私たちを消耗させるために、炎天下で何時間も待たせたのです。子どもたちはお腹を空かせて泣いていました。それから、アメリカ人は、私たちが通るべき道を変更し、長い横道を通れと命じたのです」。<br /><br />「みんな、到着時間はばらばらでした---検問所で車の中で寝て、翌朝バグダッドに着いた人もいました。米軍は、車一台につき、若い男性は運転手として一人しか通さなかったのです。それも、老人男性がいないときだけ。若い男たちが検問を通れなかった家族は、川を通ってきました。燃料も水も発言機も病院もありません。家族が生きていくことはできないのです」。<br /><br />末っ子のムスタファは１１歳で、毎晩泣いて目を覚ます。爆弾が落ちてくる、と叫んで。ミルークは、こうなっているのは自分たちの息子だけではない、と言う。子どもはみんな、悪夢を見ている。彼女の義理の兄の子どもは、歩きながら眠り、家に帰りたいと言っている。ミルークの娘の二人、ザイナブとマハは、学校を辞めることにした。マハは血圧に問題を抱え、汚染された水のために細菌性腹痛を抱えている。<br /><br />ハディルという名のファルージャ出身の看護士が彼女らを訪問し、必要な薬のリストを手渡し、妊娠している女性に注射を打ち、胃潰瘍の薬を処方した。彼は薬局を経営しているが、すでに手持ちの薬はすべて寄付してしまった。ラビーアは赤新月社に助けを求めたが、まだ何も手にしていない。自費でトイレを作ったが、お金ももうあまり残っていない。<br /><br />ミルークの姉サブリヤはシュアラ地区で障害を抱える人たちに教えている。彼女は、一連の戦争のため、結婚しなかった。「戦争は、若さを食い尽くします。大学にいたとき、男女の調査をしました。そのとき男女半々くらいでしたが、今は、たぶん、女性が１０倍も多いのです」。<br /><br />「説明できません。絶望的な気持です。どんな未来になるか、わかりません。人生は変わり、状況は落ち着いて、この戦争がイラクで最後の戦争だと思っていました。彼らは、平和と人権を与えに来たと言いますが、今、私たちには、それが嘘だったことがわかります。彼らはイラクを理解せず、そのために紛争をもたらすような問題を引き起こすのです。復興すると言いながら、破壊しています。せめてきれいな水と電気があればいいのに」。<br /><br />どこに行っても、同じ話を耳にした。女性たちは消沈しており、子どもたちは疲れ切っており、ファルージャに戻ろうとする人々は道路が閉鎖されていることを思い知らされ、今もファルージャにいる人々はファルージャから逃れようとして、やはり道路が封鎖されていることを知る。<br /><br />ファルージャから逃げ出してきた家族のためにイラク赤新月社が新たに作ったキャンプの白いテントの一つに、二人の男性と二人の女性、そして８人の子どもが座っていた。４０家族が登録しているが、下水がないため、今のところこのキャンプにいるのは、この２家族だけである。キャンプのマネージャ、カシム・レフテーによると、ユニセフがそれを整備すると言ったが、今のところユニセフは姿を現しておらず、問題は解決されていない。今は、キャンプとして使われているサッカー場に隣接する学校のトイレを使う許可をもらっている。<br /><br />空襲で近所の何人かが殺されたあと、拡大家族の４８人がファルージャを逃れてきた。「親戚の二人が殺され、私はこの手で二人を埋葬しました」とアディルは語る。「病院に行くことができないので、殺されない場合でも、怪我人は家で手当をしなくてはなりません。でも、薬がないので、怪我人も死んでいきます」。<br /><br />「救急車が怪我人を連れ出しに来ようとしても、米軍は救急車を撃つのです。アメリカ兵がある男性を撃ったところを私は目撃しました。誰も彼を助けに来ることができなかったので、彼はその場に朝から晩まで置き去りにされていあのです。アメリカ兵は救急車に向けて撃ちました。兵士たちをみることができました。建物の屋上にいたのです」。<br /><br />「何度も救急車が撃たれました。救急車を見るたびに、アメリカ兵は狙撃していたのです。アメリカ兵たちは、ミナレットを占拠さえしました。市場に行こうとしていた女性と子どもたちの家族に向けて発砲し、殺しました。２５人からなるある家族は、アメリカ軍が家を爆撃したため、皆殺されました。戦闘機がその家に向けてロケット弾を発射しているところを見たのです」。<br /><br />彼らの家は、大規模爆撃を受けたシャヒード地区にあった。政府の病院も同じ地区にあり、いくつかの報道が言うように破壊されてはいなかったが、米兵が閉鎖していた。彼らがファルージャを逃れたときは爆撃が激しく、ファルージャに持ち込まれた援助物資も配達されることができなかった。車で町を離れるときも、ロケット弾が発射されているのを見た。<br /><br />子どもたちも無気力状態だった。１３歳のラサは私にはにかんだように微笑みかけてきて、年長の子どもたちがいなくなったとき、私の所にきて一緒に座り、どうして？　と訊ねてきた。「どうしてアメリカ人は私たちの家を壊すの？　ここはアメリカ人の国じゃないのに。どうして私たちの町を侵略するの？　アメリカ人は、私たちをホームレスにして、家から家へと助けを求めるように仕向けた。爆弾が昼も夜も爆発して、ファルージャから逃げ出す必要のある人たちを連れ出すために、みんなバグダッドから車を持ってきた」。弟のハディルはたった４歳だけど、路上でおもちゃの銃で遊んでいたのを見た米兵が家を襲撃し捜索したので、もうアメリカ人への憎しみを身につけた。サラは怒りで一杯だった。<br /><br />小さな子どもたちから微笑みを引き出すためには、しばらく時間がかかった。受け取った援助物資をほかの人たちが見に行っている間に、私は彼らにピエロの服装を着せて、シャボン玉をふいて、風船の動物を作った。しばらくの間目を丸くして座っていたハディルとハムーディは近くによってきた。緑色の服を着ていた小さなムスタファも。ハムーディがまずシャボン玉をふいた。顔にシャボンがはねて、表情が変わった。戻ってきた大人たちも、子どもたちが輝くシャボン玉の中で踊っているのを見て、表情を緩め、微笑んだ。<br /><br />「道路封鎖が解かれたら、私たちは戻ります」とサラの母エマンが言う。「ここの生活はみじめです。赤新月社は私たちに親切ですが、仕事がありません。男たちにさえ、仕事がないのです」。<br /><br />赤新月社は４月９日以来ファルージャに食料と医薬品を提供していたが、ファルージャを逃れた何百人もの人々のためにキャンプ設置を決めた。「私たちはナイヤ地方をその場所に選びました。ファルージャの南約７キロの場所です。けれども、キャンプを設置しようとそこに行ったときには、既にそこも戦闘地域でした。さらに１０キロ南の、ファルージャから１７キロ南にキャンプを設置しようとしましたが、今度はそこまで戦闘が広がりました。戻ったときには、既にテントの一部は焼き払われていました」とファリス・モハメドは説明する。<br /><br />「道路近くを選ぼうとしましたが、今のような状況のとき、道路の近くでは、ゲリラが道を通る米軍に向けて発砲し、米軍が応戦するのです。そうしたわけで、バグダッドにキャンプを設置することにしました。ファルージャから離れた場所に」。<br /><br />彼は、赤新月社の救急車が武器やゲリラを運ぶために使われているという米国の主張は完全にデタラメだと確固として主張した。赤新月社では行方不明になった救急車はなく、武器の移動に救急車を使ってはいない。戦闘の中、ファルージャを出入りすることを許可された唯一のイラク組織は赤新月社である。水曜日までは、いずれの側からも問題はなかった。デュバイからの物資が来た水曜日までは。「私たちは物資をすぐさまファルージャに送りましたが、アメリカ兵は、すべての車両は、それぞれについて、２４時間前までに許可が必要だ、と言ってそれを送り返したのです」。<br /><br />家に戻ったとき、ライードが、ファルージャに行ってから初めて顔色が戻ったね、と言った。「子どもと遊んでいたんだろう」と。その通り。それが功を奏した。暴力がすべてに浸透し始めていた：同じ通りに住むカールとほかの子どもたちは、朝、私たちが出かけるとき、人質ごっこをやっていた。アフメドが片手でカールの目をふさいで、もう片方の手で喉を掻き切るようにしていた。<br /><br />ニュースは、ファルージャでのさらなる戦闘を報じている。

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<item rdf:about="http://teanotwar.seesaa.net/article/118103892.html">
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<title>人体パーツ</title>
<description>「イラクの治安は改善された」とメディアが宣伝してきた中、転回点を迎えつつある占領の現状。</description>
<dc:subject>イラク全般</dc:subject>
<dc:creator>益岡</dc:creator>
<dc:date>2009-04-26T11:38:04+09:00</dc:date>
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「イラクの治安は改善された」とメディアが宣伝してきた中、転回点を迎えつつある占領の現状。<a name="more"></a><blockquote><b>人体パーツ</b><br />ダール・ジャマイル<br /><a href="http://dahrjamailiraq.com/human-body-parts">DahrJamailIraq.com原文</a><br />2008年4月18日<br /><br />米国の占領が続く中の一日一日が流血のマークをイラクに残す。オバマ政権の政策はブッシュ政権を引き継ぐもので、それによりイラクの人々の生活はめちゃくちゃにされている。<br /><br />米国が作り出したスンニ派民兵アル＝サフワ（イラクの息子たち）----主に元レジスタンスの戦士からなるが、アルカーイダのメンバーさえ加わっている----は、１０万人規模に拡大したが、最近になってまた身をかくして米軍とイラク政府治安部隊に対する反占領レジスタンスを再開すると言い出している。サフワは、政府の治安組織に組み込まれることになっていたのだが、この数カ月間、まさにその政府治安組織から攻撃を受けており、今や毎日のようにそうした攻撃を受けている。それに対して、同じやり方で応えているのである。<br /><br />４月１４日、バグダードの南にあるバベルでサフワが管理していた検問所１０カ所が放棄された。サフワの兵士たちは給与を受け取らなかったため、検問所を放棄したのである。２カ月前、バグダードであるサフワの司令官と話したとき司令官が私に言ったまさにそのことが起きている。司令官と話をしたとき、彼は、１０月以降、部下の多くが政府から給与を受け取っておらず、遠からぬうちに役職を放棄してレジスタンス活動を再開するのではないかと心配していると私に語った。<br /><br />さらに４月１４日、イラク副大統領アデル・アブドル・マフディはサフワのメンバーがシーア派主導の政府に対する攻撃を再開する時期が来るのを待っていると批判した。明らかにこれは、サフワを脅威とみなすイラク政府によるサフワ攻撃を正当化するための策略の一環だった。マフディはサフワの一部について「国に秩序を回復する」手助けをしていると述べる一方、政府はサフワ民兵のうち有用なメンバーと攻撃を準備しているメンバーの「二つのどちらがどちらかを区別できない」とも述べている。「サフワのメンバーが他のテロリスト・グループと関係を持っているのを知ったとき、逮捕を行っているのはそのためだ」。<br /><br />マフディの発言は、アンバル県のサフワの代表であるシャイフ・アフメド・アブ・リシャが、武装闘争を放棄し、ヌーリ・アル＝マリキ首相と協力する準備があると発言した直後に出てきたものである。アブ・リシャは、「統一イラクを望むならば、スンニ派とシーア派の団結も含め、全方位で一つの国を造るために努力しなくてはならない」と述べていた。一方、マリキ政府の副大統領がサフワについて別の考えを持っており、「統一イラク」に含めないと思っていたことは明らかである。<br /><br />４月１６日、イラク軍の制服を着た自爆攻撃者がアンバル県の軍基地で爆発物を詰め込んだベストを爆発させ、兵士１６人を殺し５０人を負傷させたことで、アンバル県の状況はさらに複雑なものとなった。兵士の一人モハレド・アル＝デュライミは記者たちに「通常の行進を済ませて、カフェテリアに行こうとしたところだった。大爆音で私は床に投げ出された・・・火と煙と砕片を目にした・・・腕や足のない人々が見えた」と語った。こうした暴力があると、アフメド・アブ・リシャ率いるアンバル県のサフワも「武装闘争を放棄」する気になどなれそうにない。<br /><br />一方で、イラク政府はサフワに対し、空約束を続けている。アリ・アル＝ダバー報道官は、イラク政府はサフワのメンバーの２０パーセントを政府治安部隊に統合し、残りの８０パーセントには「別の地位」を与えると述べたが、その実現にどのくらい時間がかかるのか、予定は明らかにしていない。こうした状況は昨年１０月、すなわちサフワが理論的にはイラク政府の治安部隊に組み込まれることになっていたとき以来続いている。<br /><br />先週の一週間だけで、イラク全体で５３人のサフワ民兵が襲撃され殺された。<br /><br />マリキ政府が最近になって、米軍が釈放したばかりの被拘留者数千人の記録を再検討しだしたことも、状況を難しくしている。このいわゆる「バグダード作戦」の報道を担当しているカシム・アッタは、次のように語っている。「米軍が釈放した者の一部に対する再逮捕は完了した。これらの者は再び武力行使に出たからだ。マリキ首相と内務省、最高法務協議会は、最近の暴力を受けて、釈放sれ他人々の記録を検討する目的の政令を出した」。<br /><br />皮肉なことに、イラクで１月に行われた選挙の際にマリキの権力を維持する結果を生んだ民族主義の流れ、まさにそれと同じイラク人のアイデンティティと民族主義の流れが、今やまさにその政権を脅かそうとしている。<br /><br />イラク人レジスタンスを扱った数少ない映像の一つ「レジスタンスに会う」がこの点を明らかにしている。映像作家のモリー・ビンガムとスティーブ・コナーズはバグダードで数カ月を費やし、レジスタンスの戦士たちに聞き取りを行った。私は、イラク民族主義についてどう思うか、また現在のイラク情勢においてそれがどのくらい強いと思うか、コナーズに訊ねた。<br /><br />「イラクの人々の中には、これまで数年間続いてきた米国を後ろ盾とする民族＝セクト政治を拒否する感情が沸き起こっています。この数カ月、イラク首相ヌーリ・アル＝マリキは、民族主義を装い、人々の感情にうまく乗るかたちで、権力を強化してきました。マリキの立場に疑念を抱き、それは冷笑的な政治的オポチュニズムだと見なす人は多くいますが、いずれにせよもはや否定できないのは、イラク人であることの感覚が社会に浸透しており、それがイラクで大きな影響力を持ちつづけているという点です」<br /><br />「『レジスタンスに会う』の報道を通して、私たちがインタビューした人々の間で見られた共通のテーマは、イラク人であるという民族的なアイデンティティに対する強い気持ちでした。その感情は、ときに、国／民族を守ることは神聖なる義務であるという宗教的信条に支えられていることもあります」とコナーズは言う。「暴力に訴える人々、より広く、コミュニティの中でそれを支える人々はそうなのです」。<br /><br />「既に２００３年１１月の時点で、米国国家情報会議が作成した国家情報評価では、占領に対するイラクのレジスタンスは社会に深く根づいた民族主義をその動因としていると報告していました。米国国務省が議会に出した報告を見ると、戦争期間において、大きな攻撃（計画と組織が必要なもの）の７３パーセントは米国主導の連合軍を、１５パーセントはイラク軍と警察を、残りの１２パーセントは民間人を標的としたものです。民間人を標的とした攻撃は大規模な犠牲を生みだし、占領に反対するグループに大きな打撃となりました」。<br /><br />そのため、この同じ民族主義が、サフワ運動をはじめとして、手の届く範囲の元レジスタンス戦士たちに圧力をかけているマリキ政府にますます強く反対しだしているのは無理もない。<br /><br />さらに、守られなかった米軍の約束----マリキ政府の生存は米軍に依存しているため、マリキはこれも支持した----が数多くあり、それもまた、バグダード政府に対するイラクの人々の支持を蝕み続けている。実際、４月１４日は興味深い日となった。見計らったように、米軍もイラク軍もほとんど統制できなくなったイラク北部の都市モスルに駐留する米陸軍の司令官ガリー・ボレスキー大佐が、米軍撤退の期限である６月以降も米軍兵士は駐留を続けるかもしれないと発表したのである。むろんこれは、昨年合意に至った協定----そこでは米軍兵士は６月３０日までにイラクの全都市から撤退することになっている----に違反している。「イラク政府が我々米軍の駐留継続を望むならば、我々は駐留を続ける」とボレスキーは記者団に語った。あたかも、イラク政府が米軍に対して管轄権を持っているかのように。モスルで米軍が駐留を続けるための下準備のように、ボレスキーは続けて「これから良くない時期が訪れるかもしれない」と述べている。<br /><br />モスルとバグダードの間には豊富な石油を有するキルクークがある。袋小路に入ったサフワとイラク政府との激しい対立に加えて、キルクークの将来をめぐり、イラクのクルド人とアラブ人の間で緊張が高まっていることもイラクで引火しかねない大きな危機となっている。やはり４月１４日、クルド人の政治連合は、キルクークの地方議会で主要アラブ政党が議会の主導的役職を放棄するまで、議会をボイコットすると発表した。<br /><br />北部のニネヴェでは、クルド人政党連合ニネヴェ・フラテナル・リストが議会第一回の会合から退席し、議会の主導的役職３ポスト----これらはアラブ政党が地方議会選挙で合法的に勝ち取ったものだった----のうち２ポストを手渡さない限り議会には戻らないと宣言した。ニネヴェ選出国会議員でスンニ派アラブ人のハシム・アル＝タエルは、こうした意見の相違について、「これは始まりにすぎない。これからますます激しくなるかもしれない」と述べている。<br /><br />はたして、上で述べてきたことの結果として、４月１５日、キルクークの国有ノース・オイル・カンパニー建物外で警察警護隊を標的とした自動車爆弾による攻撃が起こり、少なくとも１４人が殺され２５人以上が負傷した。警護隊は、バスで帰宅する途中で、爆弾攻撃を受けたのである。警察報道官ガージー・ムハンマド・ラシード中佐は記者団に「爆発後に残されたものは、バスの座席と警官のカラシニコフ、そしてバラバラになった人体のパーツだけだった」と述べた。<br /><br />イラクでは、これに類する爆弾攻撃がほぼ毎日のように起きている。残念なことに、企業メディアのほとんどで見出しを飾るのはこうした出来事である。というのもこれらメディアはこうした出来事を報ずるか、何も報じないか、あるいは最近のイラクはいかに状況が良くなったかを報ずるだけだから。<br /><br />報道で抜け落ちているのは、すなわち、イラクの人々を蝕む治療不能な悪性腫瘍のようにイラクに蔓延する深い苦しみ----イラク人のほとんどは占領をこのようなものと見なしている----である。<br /><br />現在、イラクの子供少なくとも１５０人が、毎年、児童売買組織に売り飛ばされている。この危機はイラクで増大している。毎年、イラクの子供たちは数十人規模で拉致され、国内外で売られる。安く売り払われた児童の中には、性的虐待の犠牲になる者もある。<br /><br />４月６日、ガーディアン紙は次のように報じている。「児童を買う値段が安く、官僚組織の混乱から海外へ児童を送り出すことが比較的容易なことから犯罪組織は儲けている。全容を把握する手続きがないため正確な数字を得ることは難しいが、援助組織と警察の推定によると、児童売買の数は２００５年から３０パーセント増え、一年に少なくとも１５０人の子どもが売買されているという」。<br /><br />ある上級警察官僚は、毎月、少なくとも１５人のイラク人の子どもが売られているという。海外に売られる子どももいれば国内で売られる子どももおり、養子として売られることもあれば性的虐待のために売られる子どももいる。<br /><br />ガーディアン紙は次のように続く。「政府関係者は、イラクで少なくとも１２のギャングが児童売買を行っており、子ども一人あたり、背景と健康状態に応じて２００ポンドから４０００ポンドを支払うという。子どもたちが売られる先の主な国はヨルダン、トルコ、シリア、そしてスイスやアイルランド、英国、ポルトガル、スウェーデンなどのＥＵ諸国である。アブ・ハミジと名乗るディーラーは、給与の少ない政府職員が喜んで書類の偽造を手助けするため、イラクからの児童取引は他の場所よりも安くて簡単だと語る。『赤ん坊が好ましいが、１歳から４歳の子どもを欲しがる家族もある。ただし、まれだ』」。<br /><br />ハートランド・アライアンスとうＮＧＯが２００７年に出した報告書によると、児童売買業者は通常、脅迫や強要、拉致、暴力、詐欺、偽装、弱い立場の悪用、犠牲者に対する主導権を持つ人に対しての金銭の支払いや便宜の供用といった手段を用いるという。<br /><br />児童売買業者の一人は、ガーディアン紙に、昨年売り飛ばされた乳児の一人は、臓器移植のために使われたと語った。<br /><br />イラクの人々にかくも大きな絶望的状況が広まっているのはなぜか？　イラクの人々が抱えるジレンマを理解するのに想像力はあまりいらない。１９９１年、イラクは米軍から大規模な爆撃を受け、ついでやはり米国主導の経済制裁が続いた１２年半の間も爆撃を受けつづけた。それから米軍に侵略され、拷問的占領は今や７年目に入っている。もちろん、「再建」や「復帰」といった明るく輝ける約束は、主権国家に対する不法な侵略行為を正当化するために持ち出されたもっとも悪質なプロパガンダの一部に過ぎなかった。<br /><br />米国は、歴史上存在したあらゆる帝国と同様、イラクを強姦し、略奪している。「再建」に使える予算はしばしば米軍兵士たち自身により略奪されている。ロサンゼルス・タイムズ紙は「米軍兵士の中には再建のための現金に誘惑される者もいる」と報じており、米国司法省は、イラクとアフガニスタンの「再建」プロジェクトを回る賄賂に関与したとして米軍兵士などに対し「７０件ほどの起訴」を進めている。<br /><br />例えば、２８歳の陸軍大尉で米陸軍士官学校の卒業生でもあるマイケル・ダン・グユェンは、「再建プロジェクトおよびバグダード北東部のイラク治安部隊への支払いに割り当てられた数百万ドルを監督する民事主任幕僚として、６９万ドル以上の現金を横領することに成功した」。ロサンゼルス・タイムズ紙によると、「少なくとも２５件の窃盗調査が進められている」。しかもそれらは、関係者の誰かが逮捕された事件に限っての数なのである。<br /><br />最近、リリアナ・セグラがAlterNetに次のように書いている。「金は司令官緊急対応プログラム（ＣＥＲＰ）から出ている。ＣＥＲＰはこれまでに米国の予算を少なくとも２８億ドル使ってきた。ＣＥＲＰは再開発をめぐる国際基準にも通常の政府調達規則にも従っていない。ＣＥＲＰは、「兵器システムとしての金」と呼ばれるフィールド・マニュアルに含められた曖昧な基準に従うことになっている」。<br /><br />セグラは、ロサンゼルス・タイムズ紙によると「米国納税者が納めた税金から３５億ドルが司令官緊急対応プログラムに費やされている。それらは表向き、『人道援助およびコミュニティ再建プロジェクト』および『元ゲリラであることも少なくない』スンニ派の武装集団を『イラクの息子たちの名で知られる米軍主導の連合軍の治安オフィサとして」雇うためのものとされている」と指摘する。<br /><br />米国政府は、いわゆる「緊急援助」のかたちでウォール街で続く腐敗に税金をつぎ込んでいるが、ＣＥＲＰもまた、納税者の税金の大きな浪費先となっている。米軍からサフワへの直接の賃金支払いは、サフワがイラク軍と警察に組み込まれることになっていた昨年１０月で理論的には終わっているはずだが、支払いは「再建プロジェクト」への資金提供というかたちで、姿を変えて続いている。したがって、米国納税者の資金から間接的にではあれ今でも支払いを受けているサフワのほとんどは、米軍兵士とイラク軍兵士に対する攻撃を再開するために少しずつまたレジスタンス部隊へと姿を戻しているそのサフワなのである。<br /><br />イラクで起きた米軍兵士の死亡事件を簡単にあげておこう：<br /><br />４月１２日：サラー＝アド・ディン県で簡易爆発物が爆発したときの怪我が原因で、米連合軍兵士の一人が死亡。<br /><br />４月１３日：カリフォルニア州マデラ出身のラウフ・モンカダ軍曹（２９歳）がイラク、バグダード近くで死亡。乗っていた車両の近くで爆発した爆弾で受けた傷が原因。<br /><br />４月１３日：朝７時４０分頃、イラクのカラバラ南部５キロ地点でコンボイを標的とした自己鍛造弾による攻撃で受けた傷により、連合軍兵士一人が死亡。近親者への通知が済み、米国国防総省が公表するまで兵士の名前は伏せられている。<br /><br />戦争と占領という二重の異常により、あらゆるものが捻れ、おぞましく、非人間的になっている。陸軍士官学校の卒業生がイラク人向け支援のための資金を略奪する出来事もその中で起きる。米国納税者の資金がイラクで米軍兵士を殺そうとしている人々に支払われるのもこうした中でのことである。こうした中、卑劣なで不道徳な米国によるイラク占領に触れられたものは何であれ無傷ではいられない。<br /></blockquote><br />投稿者：益岡

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