2006年11月12日
イラク保健相、死者15万人と
ランセット調査とは別に、イラク保健省が把握している(らしい)犠牲者の数を発表しました。【続きを読む】
2006年11月11日
宗派セクト的暴力が、異宗派間の夫婦を離婚に追い込んでいる
2003年、米軍によるイラク侵略後、そしてとりわけ今年に入って激化した「宗派」間の暴力。その間で、宗派を超えたカップルが離婚を余儀なくされています。【続きを読む】
2006年10月31日
『ランセット』のレポートとそれに対する批判、続き
『ランセット』のレポートとそれに対する批判、およびイラク・ボディ・カウント
2006年10月11日、英国の医学誌『ランセット(Lancet)』に、イラク戦争後の死者数の調査結果が発表された。
http://www.thelancet.com/webfiles/images/journals/lancet/s0140673606694919.pdf
『ランセット』での調査レポートはこれが2度目である。1度目は2004年10月29日に発表された。
http://en.wikipedia.org/wiki/Lancet_survey_of_mortality_before_and_after_the_2003_invasion_of_Iraq
2004年のレポートでは、イラクのほかの地域と比べて明らかに突出した結果となるであろうファルージャ(2004年春の包囲攻撃後に状況が極めて悪化した)は外した上でも、「暴力的な形で(=通常の病気などではない形で)死んだ人は98,000人」という数値が発表された。
一方、2006年のレポートで発表された死者数は「655,000」。これはイラクの全人口の2.5パーセントに相当する。
(以上、数値はWikipediaの記述に基づいている。)
以下に両レポートの概要を示す。また、このレポートの示す死者数が「あまりに多すぎる」という批判の根拠となることが少なくないイラク・ボディ・カウント(IBC)について、改めて見てみる。
【続きを読む】
http://www.thelancet.com/webfiles/images/journals/lancet/s0140673606694919.pdf
『ランセット』での調査レポートはこれが2度目である。1度目は2004年10月29日に発表された。
http://en.wikipedia.org/wiki/Lancet_survey_of_mortality_before_and_after_the_2003_invasion_of_Iraq
2004年のレポートでは、イラクのほかの地域と比べて明らかに突出した結果となるであろうファルージャ(2004年春の包囲攻撃後に状況が極めて悪化した)は外した上でも、「暴力的な形で(=通常の病気などではない形で)死んだ人は98,000人」という数値が発表された。
一方、2006年のレポートで発表された死者数は「655,000」。これはイラクの全人口の2.5パーセントに相当する。
(以上、数値はWikipediaの記述に基づいている。)
以下に両レポートの概要を示す。また、このレポートの示す死者数が「あまりに多すぎる」という批判の根拠となることが少なくないイラク・ボディ・カウント(IBC)について、改めて見てみる。
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2006年10月30日
セックス・トラフィカーたちが、戦争で破壊されたイラクの女性たちを標的にしている
過酷な状況に置かれたイラクで起きている女性の人身売買。【続きを読む】
2006年10月27日
家を追われた300万人のイラク人には「暗い未来」が待っている:UNHCR
2003年、米軍のイラク侵略移行、さらに増加するイラク人難民。ところが、イラク侵略を行い後押しした各国は、そうした難民を援助する国連機関への寄付金額を劇的に減らしています。【続きを読む】
2006年10月25日
政府の「死の部隊」がバグダードを破壊している
イラク政府の「死の部隊」。「分離主義的暴力」とされる殺人の頻発の陰には、1980年代を中心に中米で米国の支援と訓練を受けて拷問や殺人を続けた「死の部隊」との連続性が垣間見えます。【続きを読む】
2006年10月21日
イラクの監獄はほとんど改善されていない
イラクにおける監獄の状況。国連IRINのニュースより。【続きを読む】
2006年10月14日
ランセットで発表された調査
ジョンズホプキンス大学とアル・ムスタンシリヤ大学が2006年に共同で行ったイラクにおける「通常でない死者数」の調査結果概要。65万5000人近くの人々が非通常の死を遂げている。【続きを読む】





