2008年04月17日

バスラの戦闘:現実の半分も伝えられていない

3月から起きたバスラでの戦闘について。
バスラの戦闘:現実の半分も伝えられていない
2008年4月13日
ラムジー・バルード
ZNet原文

イラクの問題になると、記者たちは意図的にニュースを省略したり捏造したりするらしい。

イラク第二の都市で重要な石油港のあるバスラで最近起きた戦闘は、誤解を導いたり世論を操作する今日の企業ジャーナリズムに典型的な報道が多数見られた。よく用いられる戦略の一つは、この戦闘を自己流あるいは「公式」の用語を使って述べることで、本当の情報を与えないことにより意図的に読者を混乱に陥れるものである。

イラク軍が3月24日、バスラに進軍したことを機に起きた戦闘の結果に関わらず、また、それがヌーリ・アル=マリキ首相にとって破滅的だったことがわかったことに関わらず、私たちは繰り返し、とても問題の多い前提を「知らされて」きた。その中でもっとも顕著なものは、数百万人を要するシーア派サドル運動の指導者で、「煽動者」であり「急進主義者」のムクタダ・アル=サドルが、「背教者」「ならず者」「犯罪者」を使って戦略的に重要な都市を恐怖に陥れたというものである。その自然な帰結としてアル=マリキはアル=サドルのちょうど反対に位置付けられる。米軍から訓練を受け、武器を提供された4万人からなるアル=マリキの部隊がバスラに入ったとき、なぜか私たちは、この長らく待たれていた行動は賞賛すべきものだと聞かされた。メディアはまた、アル=マリキがバスラに「法と秩序」を回復し、「浄化」すると約束したときの彼の意図に疑いを抱く理由はないとメディアは示唆した。バスラ聖戦は「最後まで戦う」ものだという決意を彼が述べたときも同様だった。アル=マリキの崇高な目的を前にそれでも説得されていない人向けには、ブッシュ政権が口先で繰り返す確言が人々を安心させた。ブッシュが繰り返した言葉の一つは、バスラ戦闘は「決定的な瞬間だ」というものだった。

まさに、決定的な瞬間だった。

記者たちはほとんど考えずに、こうした前提を繰り返している。綿密な記者たちでさえ、すでに知られている次のような事実を忘却しているようである。すなわち、イラク軍は主として、米軍のイラクにおける主要な同盟者であるアブドゥル=アジズ・アル=ハキムと彼のイラク・イスラム革命最高イスラム評議会(SCIRI)に関係するシーア派民兵からなっていること。SCIRIのアル=バドル民兵は、イラクの主としてスンに派の人々にテロ攻撃を加えていたが最近ではシーア派の人々にも攻撃を加えていること、サドル派とSCIRIはイラク南部の制圧をめぐって激しく対立していること、米軍の同盟者SCIRIはサドル派を前に支持基盤をどんどん失っており、2008年10月1日に予定されている地方選挙で敗北する可能性があること、米国はその決定的に重要なときまでに、サドルの支持者を打ち負かし解体させたいと思っていること----サドルが選挙で勝てば、イラクの石油を私有化し、イラクを「ソフト」に分割することを含む米国のイラクに関する野望全体が崩壊することを意味するためである。

アル=ハキムは、スーパー・シーア派地方の実現をめざし、その中心にバスラを置こうとしている。サドルは強力な中央政府を抱く統一イラクを要求している。アル=ハキムはイラクに米軍の恒久的駐留を望んでおり、サドルは短期間での撤退を主張している。米国にとって大きな問題は、サドルの見解がイラク人の大部分の考えを反映している点にある。公正な選挙により南部でサドルが勝てば、サドルは新たな民族主義指導者となり、イラク統一の勢力とみなされる可能性がある。

ほとんど伝えられることがないのは、アル=マリキが、首相であるはずなのに、アル=ハキムの同意がないと無力だという点である。アル=マリキのダーワ党は小さく、人気もない。もう一期、連立政権が生き延びるために、サドルを徹底的に打ち負かし屈辱的に敗北させなくてはならない。実際確かに、「決定的瞬間」であるが、バスラとナジャフ、カルバラ、ディワニヤ、クート、ヒラーの「犯罪的ギャングたち」は、合法的とされるイラク治安部隊とアル=バドル民兵よりもはるかに強力であることが明らかになった。米軍が凶暴な爆撃をバスラに加えても、民間人を多く殺すだけで、あまり効果がないことがわかった。アル=マリキが金と権力を与えると誘惑して戦場に参加した数千人の新たな戦闘員もほとんど戦況に影響を与えていない。ニュース・アナリストたちは、「犯罪的ギャングたち」の力を過小評価していたと結論し、その責任を誰かになすりつけようとしている。

まず、米国政府に相談せずに勝手に行動したとしてアル=マリキが非難された。大統領候補のジョン・マッケインもイラクにおけるブッシュの手駒マリキを、勝手に行動したとして非難した。駐イラク米国大使ライアン・C・クロッカーは4月3日のニューヨーク・タイムズ紙で、「これは長期戦になるだろう。少しずつ圧力を増していけば相手を圧迫できる」。本当だろうか? 米国の命令ではないにせよ全面的同意がない中で行われたはずのアル=マリキの行動が、財政的にも政治的にも軍事的にも高くつくはずなのに、「長期戦」になるのを米国が受け入れるのだろうか?

次に非難の矛先はイランに向けられた。メディアは重要な点をあからさまにかくして非難をオウムのように繰り返した。サドルがイランの支援を受けているのは本当である。彼がイランのアジェンダに仕えているというのも、部分的には正しい。しかしながら、ここでも都合よく忘却されていることは、イランの最大の同盟者はアル=ハキムのSCIRIであること、そしてバグダードの中央政府はいらん政府を友国であり同盟国とみなしている点である。実際、アル=マリキの決意が数日のうちに鈍ったのは、イランからの圧力があったためだった。3月24日、アル=マリキは「最後まで戦う」と宣言したが、4月4日、彼は戦闘を止めるよう命令し、「殉教者」の家族への賠償を命じた。この短期間で起きたことは、イランの仲介による合意だった。

偏った報道から屈折した結論が導かれるのは当然である。実際には、今回の教訓は、イラク軍にもっと多くの訓練と資金をつぎ込まなくてはならない----それによって米軍と同盟国軍部隊のイラク駐留は長くなる----ということではない。そうではなく、イラクの情勢はとても速く動いており、今や新たな敵は主としてシーア派で、自らの資源を自分たちでコントロールする、統一され自由なイラクを求める人々であるという点である。イラクに対するイランの影響力はいずれにせよイランに有利になるようなものになっているが、米国の打つ手ははるかに少ない。米軍の暴力はこれまで以上に効果がないことがわかった。さらに、来るべき選挙で米国にとって悪夢のような結果がもたらされるかもしれない。それにより、イラクで起きている暴力を分派的なものとラベル付けることはできなくなり、民族主義的なものとなるかも知れない。

記者たちは、売国奴で無能で、公式見解をただ繰り返すだけかもしれない。いずれにせよ、何と名付けようとしても、バスラの戦闘は、今後のイラクにおける米国の戦争の性格を変えるだろう。

ラムジー・バルード(www.ramzybaroud.net)はPalextineChronicle.comの著者兼編集者。彼の記事は世界中のたくさんの新聞や雑誌で発表されている。著書に「 The Second Palestinian Intifada : A Chronicle of a People's Struggle」 (Pluto Press, London)がある。

名古屋高裁が、自衛隊の空輸は違憲との判決を出しました。そればかりか、イラク特措法にも違反していると。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 20:38| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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