「先週私は帰還した・・・」
2007年12月14日
匿名・Institute for War and Peace Reporting
Electronig Iraq 原文
バグダード発。バグダードを立ち去った瞬間から、故郷を懐かしく思った。いつの日か子ども時代を過ごし思い出に溢れる町に帰る日が来るとの希望でいっぱいだった。
先週、状況は改善されているという家族の連絡を受けて、イラクの首都に帰った。
始まりは、「やめるか死ぬか、いずれかを選べ」という脅迫の手紙だった。外国の組織で働いていることから脅迫を受けたのだと思ったが、のちにセクト間の対立が原因だとわかった。「この地域にお前はいらない」と
第二の脅迫は述べていた。
2005年6月、カイロに逃げることを決めるまで、安全な地域に移った。カイロの町で亡命生活を送るイラク人は誰も同じだが、私も、人々が普通に生活していることに驚いた。爆発を恐れることなく夜遅くまで外出していた。外出禁止令も恐れていなかったし、公園でくつろぎレストランを楽しみ、生活を享受していた。
私たちイラク人は集まってイラク発の最新ニュース、そして悪化する治安状況を話し合っていた。私は、通信社や衛星番組だけに頼るのではなく、バグダードの友人や親族からニュースを得るよう心がけていた。
見解の違いから、イラク人の間で議論が険悪になることもあった。問題と不和をエジプトまで持ってきたのである。民兵に殺される恐怖からイラクを逃げ出したという共通の感情があるにもかかわらず、そうだった。
家族はカイロでくつろげず、2006年4月にイラクに戻った。私はカイロに残ったが、孤独にさいなまれ、イラクに戻った愛する家族を心配して苦しみはますます大きくなった。家族と離ればなれになり、経済的困難を抱えているイラク人は多い。収入だけではやっていけないのである。
裕福なイラク人の中には大金を持ってきた人もいた。そうした人々はカイロでアパートを買い、レストランやパン屋といったビジネスを始めた。けれども、そうした人は数としてはほとんどいない。大部分のイラク人はカイロで仕事を見つけられなかった。そうした人々は、持ってきた金が続く限りそれで生活し、資金が切れるとどうなるかわからなくてもイラクに戻ることになった。他に選択肢はなかったから。
私は数カ月前にバグダードに戻りたいと思っていたが、戻る前にエジプトの滞在許可をもう1年延長したかった。バグダードの状況が悪化したときに滞在許可により選択肢が増えるから。
この数週間、家族は状況は良くなったと言い続けてきた。治安状況は改善され、毎日何百というイラク人家族がシリアから戻ってきている。そこでついにカイロと発つ決心をした。カイロで家具や身の回りのものをすべて売り払い、先週、幸運にもバグダード行きの飛行機をとることができた。数週間にわたり航空券はすべて売れていた。
機内で、乗務員から良いニュースを聞いた。日々バグダードの生活は改善されているというのである。ニュースでは聞いていたが、信じてはいなかった。国防省のプロパガンダだろうと思っていた。
旧友が、どこへ行くかをきかずに、車を出してくれた。よい兆しだった。バグダード内の行きたいところにはどこでも行けるということだから。
自宅に戻る途中、空港からアムマリヤとジハード地区に行くための橋を渡っている車が複数あるのに気付いた。それらの地域はバグダードでもっとも不安定なところだった。
友人によると、政府にも私営部門にも、就職口は以前より増えているという。暴力が減ったので外国企業の投資が、とりわけ比較的平穏な北部イラクを中心に、促されたという。バグダードでさえ、人々は夜遅くまで外にいた。昨年、バグダードはゴーストタウンのようだった。午後4時以降、外出しようとする人はだれもいなかった。
自分で気付き、また耳にもした残念なことは、電気や水、燃料、医療などの公共サービスがひどい状態にあることだ。自宅で過ごした最初の夜は、ずっと自宅の発電機を直していた。完全に停電していたからである。
全般に、バグダードの状況は改善されているようだったが、苦しみに満ちた話しや記憶はたくさんある。隣人の多くが殺されたり家を追われていたことにはショックをうけた。どうしてこんなことになったのだろう。何十年にもわたって背景の違いなど考えずに平和的に暮らしてきたのに。
ゴミ捨て場で遺体が見つかった元気な男の子タリクのことは今でも思い出す。結婚式から葬式まで地元のあらゆる催しに出席していたため地元の区長と呼ばれていたナジ老人のことも覚えている。家具も貴重品も持ち出すことを禁じられて追い出されたのだった。たくさんの悲しい話しを耳西、私の心は痛み、涙が出る。
けれども良い話しもある。家を追われた家族が、暴力が下火になって戻ってきたこと。
帰国してからまだバグダード全体を見てはいないが、だいぶ安全になり状況の見通しも悪くないようだ。完全ではない。例えば、スンニ派アラブ人の地区では部族の部隊がパトロールしているが、安全を確保するための長期的な解決とは言えない。
けれども希望もある。ふたたび私たちが知っていたバグダードになる希望。24時間活動し、人々が自分たちの生活を送り、脅迫や誘拐や殺害を心配しなくてよい生活が戻る希望。
初出はInstitute for War and Peace Reportingのイラク危機レポート。
投稿者:益岡



