2007年08月25日

米国肝いりの石油法にイラクの人々が反対する理由

石油法に関連して、サンフランシスコ・クロニクル紙に掲載された記事。当サイトでは、6月17日にも、ベーコン氏のイラク人労働者が石油を守るためにストを実行という記事を紹介しています。情報の重なりは結構ありますが、米軍によるイラク侵略と不法占領を理解するために大切なので、掲載します。
米国肝いりの石油法にイラクの人々が反対する理由
イラク人労働者は外国企業が石油を支配すると考えている
デヴィッド・ベーコン
2007年8月21日
サンフランシスコ・クロニクル
ZNet 原文

米国では、立場にかかわらず、議員たちがイラク政府に一定のベンチマークを満たすよう要求している。米国は、そうしたベンチマークが、イラクが本当に変わったかどうかを示すものであると述べている。しかしながら、ベンチマークの中で最も重要な石油法について、大きな問題がある。この法律はイラクで圧倒的に不人気である。

米国議会は、石油法はイラクの地域間および宗教派閥間で石油の富を共有するためのものであるとの説明を受けているが、イラクの人々は別の見解を持っている。イラクの人々は、この石油法が油田を外国企業に譲り渡すもので、採掘権収入についても生産量についても外国企業が決め、さらにはイラクの人々が自分の国で働く条件についても外国企業が決めるものであると考えている。

米国政府の指導のもとでイラク政府は秘密裏に審議して石油法の草案を作成した。ことを秘密に進めなくてはならなかったのは、この法律が、「生産共有」合意と呼ばれる合意を通して、世界最大の石油資源の一つであるイラクの石油採掘と開発を外国企業に手渡すよう決めているという事実を曖昧にするためである。このような取り決めは産油国の人々にとってあまりに不利なものであるため、産油国のほとんどはそうした取り決めを採用していない。クウェートやサウジアラビア、アラブ首長国連邦など、中東の保守的な政府も、この点だけはゆずっていないのである。

石油法に反対するイラクの人々の中で主導的立場にあるのは石油産業労働者である。6月上旬、イラク石油労働者連合は南部バスラ近くのルメイラ油田からバグダードおよびイラクの他の地域を結ぶ石油パイプラインを封鎖した。自分たちの労働条件を改善するよう政府に求めたと同時に、彼らの主な要求は、石油を公共の手にとどめておくことであった。

イラク首相ヌーリ・アル=マリキはこのストに対して、イラク軍第10師団の部隊を派遣し、バスラ近くのシェイバでスト労働者を包囲した。米軍の航空機もスト参加者の上空を飛行し、アリ=マリキは組合の指導者たちに対する逮捕状を出した。しかしながら、ストが激化して石油採掘装置自体の稼働も止まり、石油輸出が停止する可能性に直面して、マリキは躊躇した。彼は10月まで石油法の実施を延期することに合意し、組合に別の方法を提案する機会を与えたのである。

これにより米国政府との関係でアル=マリキのトラブルが増えたことは疑いない。というのも、米国政府は、石油法というベンチマークを実施できないことは、弱さと無能さの証拠であると見なしているからである。けれども、イラクでは、アル=マリキは、米国の政治家たちが認めようとしない現実に直面している:石油産業はイラク民族/国家を象徴している。

イラク石油労働者組合は、その行動を通して、イラク民族主義の最も力強い提唱者となった。イラク民族のアイデンティティを表す重要なシンボルを守り、さらに重要なことに、占領後のイラク再建に必要となるだろう資金の唯一の財源を守ったのである。

石油法を押しつけようとしている米国議会議員たちは、自分たちがイラク政府に要求しているのは、イラクの人々がイラク政府を支持する数少ない理由の一つを裏切ることに等しいと気付くかも知れない。人々が政府を支持するとすると、その理由の一つは石油収入をイラク人の手にとどめておくことにあるからである。

石油労働者が出した他の要求は、占領下でイラク人労働者が置かれた絶望的な状況を反映している。労働者たちは雇用主である政府の石油省に対し、賃上げと休暇、そして数千人もの臨時雇用者を常勤にするよう求めている。大規模に家屋が破壊され、荒廃したひどい状況の中で労働者が暮らさざるを得ない中、労働組合は、政府に、住宅のための土地を開放するよう求めてもいる。

毎年、石油産業労働者と技術者を訓練する国立の「石油研究所」は奇跡的にも授業を続けている。けれども石油省は、戦争で荒廃した石油産業には熟練労働者の手がどうしても必要であるにもかかわらず、石油研究所の卒業者に仕事を与えようとしない。石油労働組合は、こうした若い人々に仕事と将来を求めている。

これらの要求を掲げて闘っているため、石油労働者組合はさらに大きな人気を集めており、民族主義的信頼をますます強く勝ち得ている。イラク人の多くが、組合は、戦争地帯のただ中で暮らし、家族を養わなくてはならない何百万人ものイラク人労働者の利益を擁護しているとみなしている。それに対して、占領を開始した当初に一連の低賃金法を押しつけたアメリカ合州国は、貧困を押しつける存在と見なされている。

イラクにおける労働運動の歴史は長い。英国と英国の傀儡王権支配下で労働組合運動家は禁じられ投獄されたが、それでも労働運動を組織した。1958年の革命後イラクが独立したとき、イラクの労働運動はアラブ世界の賞賛の的となっていた。けれども、サダム・フセインが政権に就いたとき、組合指導者は地下に潜り、捕まった指導者は殺されたり投獄されたりした。

フセイン政権が倒れて、イラクの組合活動家たちは、イラクの労働運動を再建する決意を持って、牢屋から出、地下から姿を現し、亡命先から戻ってきた。戦争と空襲のただ中で、彼ら彼女らは奇跡のように労働運動を立て直した。イラク南部の石油労働者組合はイラク最大の組織の一つであり、石油採掘、パイプライン、精製などで働く労働者からなる数千人のメンバーを擁している。電力労働者組合は、女性----ハシュメヤ・ムフシン・フセイン----を指導者とする最初の全国労働組合となった。

鉄道やホテル、港湾、学校、工場などの様々な労働組合とともに、これらの組合員たちはストを行い、選挙を実施し、賃上げを獲得し、民主主義を現実のものとしてきた。けれども、ブッシュ政権とバグダードのお抱え政府は、1987年にサダム・フセインが発布した公共部門の労働組合を禁止することを規定する政令を適用し続けることで、団体交渉を不法なものとして扱っている。

アル=マリキ政府は労働組合の資金をすべて差し押さえ、組合指導者が暗殺されても知らんぷりをしている。6月に行われたストのあと、イラク石油相は、石油産業の官僚たちに、石油労働者組合を認めることもそれと交渉することも拒否するよう命じた。イラクの石油産業は、中東の他の国と同様、1960年代に国有化された。イラク石油労働者組合は、かつても、そして現在も、石油産業を最も熱心に擁護する勢力である。

2003年、米軍の尻馬に乗ってイラクに参入したハリバートン社は、再建援助を差し控えることで労働者を屈服させ、油田と石油採掘装置を支配しようと試みた。これに対して2003年8月、石油労働者組合は3日間にわたるストを決行し、石油輸出を止め、政府歳入を遮断した。ハリバートンはバスラ事務所を閉鎖し、産油地帯から撤退した。

米国占領当局は、イラクの港湾も様々な外国企業に提供しようとしたが、石油組合と港湾組合の活動により、これら外国企業もそれを放棄せざるをえなかった。ムシンの電力組合は、現在も、発電所の下請け契約を阻止しようと闘っている。この下請け契約は、公共の資産を私企業が乗っ取る第一歩なのである。

イラクの民族主義者たちは、占領には経済的な意図があり、その一つはイラク経済をすべて一括して私企業に手渡すことにあると述べている。連合軍暫定統治機構の元局長ポール・ブレマーは、バグダードの新聞に、競売にかける予定の公共企業一覧を掲載したことがある。アラブの労働組合指導者ハセネ・ジェマムはそれに対して苦々しく、「戦争により民営化は楽になる。まず社会を破壊し、それから私企業に再建させる」と述べたことがある。

石油労働者組合連合の代表ハッサン・ジュマ・アル=アワドは5月13日、米国議会に手紙を出している。「石油法がイラクの人々のためにならないことは誰もが知っています」と彼は警告する。石油法が提案している規定は「イラクの人々を犠牲にして、ブッシュとその支持者たち、外国企業に仕えるものです。・・・・・・アメリカ合州国は、解放者としてイラクに来たのであり、イラクの資源を支配するために来たのではないと主張していたはずです」。

石油法が採択されれば、労働組合はストを行うと述べている。占領が終わったとき、バグダードのイラク政府は、破壊された国を再建するために石油収入をコントロールしている必要がある。それを考えると、イラクの人々が石油の公共的所有と支配を守るために闘う大きな理由がある。

[デヴィッド・ベーコンは「The Children of NAFTA」(University of California, 2004)、「Community without Borders」(Cornell University, 2006)の著者で、2003年と2005年にはイラクにいて記事を執筆している。彼はNorthern California Coalition for Immigrant Rightsの理事。]

米国のイラク侵略・不法占領と石油の関係については、リンダ・マクウェイグ『ピーク・オイル』(作品社)を是非お読み下さい。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 10:11| Comment(0) | TrackBack(2) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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[中東]イラクのマリキ首相の立場ってどうなんだろ。その2(2:法案・合意編)。
Excerpt: (1:国内対立編)は、 http://d.hatena.ne.jp/navi-area26-10/20070902/1188740897 です。 ↑の最後の記事 ■イラク:国民融和に向け合意…実効性..
Weblog: navi-area26-10の日記
Tracked: 2007-09-03 21:18

[中東][米国]ライス国務長官がキルクークに飛んだと読んで、ちょっと調べてみました。
Excerpt: 2007/12/14にこんな↓記事があったんですよね。 ■イラク・シリアの絆が「復活」 パイプライン再開へ http://www.asahi.com/international/update/121..
Weblog: navi-area26-10の国際ニュース斜め読み
Tracked: 2007-12-21 01:53

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