ファルージャの治安取り締まりが援助職員のアクセスを妨害している
IRIN
2007年6月19日
Electronic Iraq 原文
ファルージャ発(IRIN)。1カ月にわたって続けられる治安取り締まりのために、援助ワーカーたちは、イラク中部の都市ファルージャとその周辺にいる自宅を追われた家族を支援することができないでいる。また、米軍が強制している外出禁止令のためにファルージャ住人は生活必需品を買いに出かけることが難しくなっている。
「私たちは囚人のように暮らしています。あらゆるレベルで支援は何もありません。昨年はあった援助はもうありません。頼れるものは完全に自分たちだけで、生き延びるためには汚水を飲まざるを得ません。それによって子供たちが病気になることは知っていながら、そうせざるを得ないのです」とムハマド・アイダン(42歳)は話す。彼は首都バグダードから西に70キロにあるファルージャの住人である。
「ファルージャの一部では1日に2時間しか電気が来ません。水を節約するために3日間もシャワーを浴びずに過ごさなくてはならないこともあります」とアイダンは続ける。
地元のNGOは、イラク軍と米軍が治安取り締まりを名目にNGO職員のファルージャ入りを認めないと述べる。この取り締まりが始まったのは5月21日で、人々の生活はこれにより危機に陥っている。いくつかのNGOは、援助をどうしても必要としている家族に支援を届けるため、治安部隊に手助けを求めている。
子供たちが病気になる
「私たちは支援物資を準備していますが、家族に届けることができません。人々は家から出ることを怖がっているため食べ物を探すことができません。子供たちは汚れた水を飲むために下痢を煩っています。外出禁止令で病院に行けないため、妊婦は家で出産しているという情報も入ってきています」とイラク支援協会(IAA)のファター・アフメドは語る。
「[ファルージャで起きているのは]生きる権利に対する犯罪です。地元の人々は、最近米軍に対してなされた攻撃に対する懲罰として外出禁止令が出されていると考えています。けれども、それによって犠牲を払わなくてはならないのは罪のない一般市民なのです」とアフメドは言う。
ファルージャで店を営むアフメド・ラビアは、通りのほとんどが閉鎖され、自宅から店までの間に膨大な検問所が置かれていて何時間も列に並ばなくてはならないため、この2週間、店を開くことができないでいると語る。
「外出禁止令、そして店に着くまでにとても長い時間がかかるために、1日1時間も店を開けることができないでしょう。ですから、店を開けても意味はないのです。店に行くのは、家族と隣人に食べ物を取ってくるためだけです。食べ物のほとんどは悪くなってしまっています。というのも発電機を動かすことができず、公共電力は1日に2時間も来ないのですから」。
「危険すぎる」
ファルージャのあるアンバル州で治安作戦の調整を担当するイラク国防省のアジズ・アブデル=カデル中佐は、夕方6時から朝8時まで敷かれる外出禁止令は、ファルージャの治安を維持し、ゲリラの侵入を防ぐために必要であると述べる。
「この外出禁止令は一時的なもので、すぐに終了することを我々も望んでいる。我々も、援助組織がファルージャに入れるよう手だてを検討しているが、今のところそれは危険すぎるのだ」とアブデル=カデルは述べた。
ファルージャの背景
ファルージャはスンニ派ゲリラの拠点として知られ、そのためゲリラとイラク軍・米軍の間で何度も戦闘が行われてきた。ファルージャには約35万人の人が住んでいたが、2003年以来、そのうち30%の人々が街を離れたと地元当局職員は言う。
2004年4月、米軍がファルージャに総攻撃を仕掛けたため、ファルージャは破壊された。この攻撃により町の70%が破壊された。さらに2004年11月、米軍が再び攻撃したため、町の状況はさらに悪化した。
この戦争でファルージャの建物の70%が損害を受け、20%は完全に破壊されたという。その中には、ファルージャにある約200のモスクのうち60のモスクも含まれている。町に残った人々のうち約10%の人が自宅を破壊され、政府の補償を待っている。ファルージャの住人たちは、これまで開発も再建もまったくなされていないと語る。
今回の治安取り締まりは、この地域でゲリラ活動が再び活発化したことへの対応であると米軍・イラク軍は言う。
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投稿者:益岡



