シーア派同士の戦いでバスラが分裂している
アリ・アル=ファディリー
2007年4月20日
Electronic Iraq 原文
バスラ発(IPS)。イラク南部、豊富な石油を産するバスラが、異なるシーア派グループ間で激しさを増している戦闘に巻き込まれている。
人口260万人を擁するイラク第二の都市バスラは南部バスラ県の県都で、イラク最大の港町である。調査済みの中では最大の石油資源がバスラ県に眠っている。
占領に反対するシーア派聖職者ムクタダ・アル=サドル----彼は最近、米軍の占領を拒否するために、自分の関係する政治家2名にイラク政府から脱退するよう命じた----率いるグループが、バスラ県知事モハンマド・アル=ワイーリをこれ以上認めないと発表したのである。というのも、アル=ワイーリはシーア・アル=ファディラ党の党員だからである。
アル=ファディラは3月にシーア派政党連合から脱退した。アル=ファディラの指導者たちは、セクト政治に参加することを拒否すると述べた。同党は、独立勢力として活動を続けると発表した。
いずれの勢力も代表をイラク政府から撤退させたにもかかわらず、両勢力はお互いに対立している。
サドル派はイラク南部の諸都市の制圧を求めており、イラン政府とのつながりを疑われている。アル=ファディラはこの政策に反対している。県知事はまた、イランが後押しするイラクのシーア派政治グループに対する干渉を拒絶している。
サドルはイラクに多大な信奉者を持っており、その数は数百万人にのぼると推定される。サドルの民兵は、イラクでもっとも有力な民兵である。アル=ファディラの支持基盤は、武装勢力としてもそれ以外でも、もっと小さい。
けれどもイランに対する立場は不明確で一貫しておらず、政策としてではなくて個々人に依存して複数の立場が存在する。
サドルはイラン生まれの大アヤトーラ、アリ・アル=シスタニ師----イランの宗教指導者たちと深い関係にある----と対立している。ファディラ党もシスタニ師----イラク政府の解体を受け入れ続けている----とは良好な関係にない。
けれども、こうした広い意味で似通っているからといって、二つのグループの違いが緩和されるわけではない。
「我々の党事務所は襲撃の脅迫を受けました。そうした脅迫を深刻に受け止めています」とアル=ファディラ党の幹部は匿名を条件にIPSに語った。「それというのも、私たちが、政府のポストをセクト的な基準で分割するという過ちを続けなかったからです」。
同党は、統一イラクのために活動すると述べ、最近までサドル派の代表を含んでいた政府を、イラクで分離主義的政治を進めていると批判している。サドルもまた統一イラクを語っているが、彼のメフディ軍はとりわけバグダードでスンニ派への攻撃を続けている。
ムクタダ・アル=サドルは最近自分の追従者にバスラ県知事に反対するデモを呼びかけた。デモに参加したのは2000人と見積もられており、この数はサドルが予想したよりもはるかに少なかった。
「バスラ市でアル=サドルの呼びかけに応える人々はそんなに多くありません」と、高校の校長をしているムハンマド・フセインはIPSに語った。彼は、どの派であれ問題を引き起こす人々を非難する。「この混乱で得をするのは政府財産の略奪を目論むギャングたちだけです」。
最近数週間で、各グループの武装集団が何度か衝突を繰り返した。一度は、アル=サドルのメフディ軍に属していると考えられる武装グループがアル=ファディラ党の事務所を襲撃した。
バスラの港湾当局で働くカツム・ファディルは「これは私たちの諍いではありません」とIPSに語る。「単に泥棒たちの戦いなのです。どうして参加する必要がありましょう?」
南部のアラブ系諸部族のあるグループが発表した声明は、アル=ファディラの宗教的助言者である大アヤトーラ、アル=ヤークビ師への支持を表明している。
この諸部族は、「ペルシャ当局」----アル=シスタニ師を指す----に反対してヤークビ師を支持すると述べている。アル=ヤークビ師はイラク人であるが、シスタニ師は1953年にイランからナジャフに移ってきた。
イランの干渉に対する疑念は大きくなっているようである。「イランは国境を越えてバスラを初めとする南部の諸都市で自分たちの追従者を支援している」とバスラのある警察官はIPSに語る。「彼らはこの国を分断しようと全力を尽くしている。それによってアメリカ人がイラクに没頭するからだ」。
地元の人々が言うところでは、イラク南部とりわけバスラの治安の大部分を担当している英国の占領軍部隊は、この新たな政争に関与したがっていない。
「彼らは(英軍)はスンニ派アラブ人の兄弟たちをまず立ち退かせ、それから我々に矛先を向けてきています」とあるシーア派の部族長はIPSに述べた。「イラク南部がイランにとって簡単な獲物であることを望んでいるようです」。
「イランはこれまでもずっと私たちの国に目を付けてきましたが、その夢は、現実とはほど遠いのです」と30歳のバスラ住人ジャシム・アルワンは言う。「私たちは以前と同じように、いやそれ以上強硬に、彼らと戦うでしょう」。
けれども、バスラでは、ますます多くの人が、状況の崩壊について米軍主導の占領軍を非難し始めている。
「占領軍はテロと戦っているふりをしていますが、私たちの都市でイランのテロと共謀しています」とバスラのバアス党メンバーであるアフメドは言う。「占領を支持しないと、私たちは毎日のように暗殺されています。そして占領軍はそれを喜んでいるのです」。
バスラに住む何人もが、IPSに、南部の状況は悪化し、シーア派諸政党間の分断は広がると考えていると語った。
治安の責任を誰が負うことになるかははっきりしていない。英軍の上級士官は月曜日(16日)、記者団に対し、イラク南部の英軍部隊規模は現在の7000人から2年以内に数百人に縮小すると語った。
バスラの英軍守備隊を撤退させる計画は既に進んでおり、3つの基地のうち2つは閉鎖された。バスラ宮殿に残された最後の駐屯地は迫撃砲の攻撃を受け続けている。英軍司令官たちは、今年の夏までにこの基地も閉鎖したいと述べている。
今月少なくとも8人の英軍兵士が殺された。これにより、4月は2003年4月に占領が始まってから、イラクで英軍が出した犠牲者の数が三番目に多い月となった。イラクでは少なくとも142人の英軍兵士が殺されている。
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投稿者:益岡





