2011年07月12日

イラク戦争の8年間を振り返る(6)

イラク戦争の8年間を振り返る(6)
メディア・ベンジャミン&チャールズ・デービス
ZNet原文
2011年3月24日

2011年3月19日で、米国がイラク----大量破壊兵器も持たず、2001年9月11日のニューヨーク攻撃にも関与していなかった国----を侵略してから8周年を迎えた。

アメリカの人々は、この侵略について、祖国を防衛し、イラクの人々を解放するための戦いだと聞かされた。

米国国防副長官ポール・ウォルフォウィッツは、米兵は解放者として歓迎されるだろうし、イラクの石油収入で再建費用はまかなえるだろうと述べていた。

ディック・チェイニー副大統領は、軍事作戦は「数ヶ月ではなく数週間で」終わるだろうと述べていた。ケン・エーデルマン国防次官は、「イラク解放は容易な仕事だ」と述べていた。

それから8年、「容易な仕事」を振り返るときである。

やむなく売春に追い詰められて

侵略と占領でもっとも大きな被害を被ったのは女性たちである。イラク政府の推定では、現在、夫を失った女性は最大300万人にのぼるという。

この間、名誉の殺人、強かん、誘拐などといった女性への暴力は増加し、多くの女性がそのために家にいることを余儀なくされ、雇用と教育の機会が制限されたと、Freedom Houseが新たに出した報告書は述べている。

「女性たちは、不正義と無力感を心の奥底から感じているため、そこから逃れるための方法としては自殺しかないと考えることもある」と報告書は書いている。

近隣諸国に逃げた多くのイラク人女性が、そこで子どもたちを養えない状況に直面している。

生活の糧を稼ぐために、何万人というイラク人女性が----13歳未満の少女さえ含め----特にシリアで、売春を余儀なくされている。

ある難民は、ニューヨーク・タイムズ紙に、「私が見たところでは、ダマスカスで現在この仕事についている少女たちの7割から8割がイラク人だ」と語っている。「イラクに戻れば殺されてしまうし、ダマスカスでできる仕事はそれしかない」。

posted by 益岡 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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