2011年03月03日

イラクの子どもたちに食べ物を提供した代償 (2/2)

ダフィル博士に対する逮捕と投獄の問題について、後半。前半は、こちらをご覧ください
イラクの子どもたちに食べ物を提供した代償 (2/2)
キャサリン・ヒューズ
ZNet原文
2011年2月22日

政府の二枚舌

そもそもの最初から、政府は二枚舌を使っていた。不正な手段と中傷を使い、いいなりのメディアの助けを得て、政府はダフィル博士のイメージを情深い人道主義者からペテン師のテロ支援者へとねじ曲げた。

長年にわたり、政府の7つの機関がダフィル博士と「ヘルプ・ザ・ニーディ(HTN)」を調査してきた。手紙や電子メール、ファックスや電話を傍受し、事務所やホテルの部屋に盗聴器を仕掛け、彼が出したゴミを漁り、身体検査を行ってきた。これらの機関は、彼がテロリズムと関係していることを示す証拠を何一つ見つけることができず、ダフィル博士に対してテロリズムの罪状は一つも持田されていない。それにもかかわらず、彼とHTNの同僚たちは、2003年2月26 日----米国がイラクを侵略するわずか数週間前----の早朝、人目を引くようなかたちで逮捕されたのである。この逮捕と時を同じくして、午前6時から 10時の間に、米国の法執行機関が、HTNに寄付を行ったとの理由で150に上る家族----その多くがムスリムだった----を尋問していた。同じ日、元司法長官ジョン・アッシュクロフトは、「テロリズムへの資金提供者たちを逮捕した」と発表した。

ダフィル博士に対する最初の起訴内容は、14件の罪状を含んでいたが、いずれも、対イラク経済制裁に関するものだった。その後、ダフィル博士が司法取引を拒否したため、政府はさらなる罪状を追加し、最終的にダフィル博士は60件の罪状で起訴されることとなった。イラクに対して適用された経済制裁に関する連邦政府の規程に違反したこと、マネーロンダリング、手紙と電話を利用した詐欺、脱税、ビザに関する詐欺----これらはすべて慈善事業を運営していたことに関わる----そして医療保険詐欺などである。

通常、医療保険詐欺の罪状では、架空の患者と病気の捏造が関係するが、ダフィル博士のケースではこれらはどれも該当しない。政府は、患者が医療と化学療法を受けたことについては一度も反論しようとしなかった。25の罪状すべてについて、政府の主張は、患者が治療を受けているときにダフィル博士がオフィスにいなかったことがあったため、保険請求書類の記入が不正確であり、従って、彼の診療所で行われた治療と高価な化学療法に対する還付金を支払われるべきではないというものである。

2004 年10月にダフィル博士の裁判が始まる直前、ワシントン・ポスト紙のマイケル・パウエルは次のように書いている。「ダフィルに対して持ち出されたテロ容疑には煮え切らないものがある。[2004年]8月、ジョージ・パタキ州知事(共和党)は、ダフィルのケースを『テロ組織を支援するためのマネー・ロンダリング・・・・・・恐るべき行為』と呼んだ。検察当局は、ダフィルを保釈なしに拘束しているのは国家安全保障上の理由があると仄めかした。それにもかかわらず、そうした容疑を支持する証拠は何一つ提示されていない」。

パタキの発言は、陪審員候補の耳に届くようドンピシャリのタイミングでなされたものだった。連邦政府関係者や州政府関係者がダフィル博士にテロリストの汚名を着せていた一方で、当時の地方検事グレン・サダビー(元連邦判事)も地方検察局も、ダフィルを単にただの泥棒とみなしていた。検察当局は、裁判長に審理からテロリズムへの言及を削除するよう請願し、認められさえしたのである。つまり、裁判を通して、検察側はより重大な(テロリズム)の罪状を仄めかすことができたのに対し、弁護側は正面からこれらの扇情的なあてこすりに対応することを禁じられていたのである。政府の「煮え切らない態度」は事態の推移にシュールレアルな趣きをもたらした。法廷で進められていたのは、本来裁判の名の元で行うべきものではなかった。

この一例を、弁護側によるダフィル夫人への反対尋問に見ることができる。ダフィル夫人はダフィル博士の簿記係で、一件につき政府のエージェントに虚偽の報告をしたことを認め司法取引に応じた。政府のエージェントに、ダフィル博士が診療所にいなかった日にいたと言ったのである。証人席で彼女は高齢者向け医療保険払い戻しの複雑さに関する質問に答え、払い戻しフォームに書かれた診療所スタッフの書名を識別した。ダフィル夫人が証言している間、陪審の反対側の大スクリーンで医療保険制度ハンドブックからの抜粋で請求書の間違いが起きたときは「返済が求められる」との文言が映し出されていた。ダフィル夫人は夫が逮捕された日に自宅で起きた混乱を証言したのはこうした状況下であった(ダフィル夫人は同じ日に逮捕されたのではなく、しばらく後まで告発されなかった)。夫のダフィル博士は普段通り午前6時30分に家を出て診療所に向かい、その後で玄関の呼び鈴が鳴った。ダフィル夫人がそれに応対するよりも前に、FBIエージェント5人がドアを打ち壊した。正面にダフィル夫人がいるのを見たFBIエージェントたちは彼女の頭に銃をつきつけた。その日一日中、総勢85人に及ぶ政府エージェントが家を訪れる中、ヘリコプターと地元メディアが上空を旋回した。ダフィル夫人は1日中、パジャマを着替えることもできず、トイレに行くときもトイレのドアを閉めることを許されなかった。

そもそもの最初から、政府の立場には驚くべきほどの矛盾が見られた。政府の一方が別の部門のやっていることを知らなかったか、あるいは政府が意図的に人々を騙そうとしたかどちらかである。有罪判決を下すことができたあと、地方検事と検察局がこのケースを「対テロ戦争」をめぐる起訴に成功したと主張したことから、政府の二枚舌は当初からの戦略だったことが伺える。ダフィル夫人は、夫やHTNの関係者----その一人はダフィル博士のニューヨーク北部地方の小さな街に住む著名な老年の個人会計士で、彼もまた人目を引くかたちで逮捕された----とともに、テロリズム関係の起訴で成功したケースとして政府のリストに加えられている。

『The Twilight of Democracy』の著者ジェニファー・ヴァン・ベルゲンは、ダフィル博士の件について、「米国の新法:ダフィル博士ケース」「米国の新法:ダフィル・ケースにおける法的戦略と先例」とう二部からなる記事を書いている。この記事をはじめとするいくつかの記事で、ヴァン・ベルゲンは、本来決して混同されることを意図したものではなかった法的な経路を政府が並行して持ち出したときに市民的自由が蝕まれる危険があると警告している。ダフィル博士ケースで起きたように、謀議関係法とマネーロンダリング関係法が「創造的」なかたちで愛国法及び国際緊急経済権限法(IEEPA)と一緒に運用されると、事態をまったく歪曲することができると彼女は指摘する。ダフィル博士のケースが法的な前例となり、必要な人々に人道支援と医療支援を提供する人々がダフィル博士のように投獄され、一生涯監禁されてしまう恐れがある。

キャサリンは市民的自由の維持を目的としたウェブサイトhttp://www.dhafirtrial.net/を運営している。支援の手紙は、Rafil Dhafir, 11921-052, P.O. Box 33, Terre Haute, IN 47808, USAへ。

投稿者:益岡
posted by 益岡 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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