2010年10月26日

ウィキリークスが新たに公開したイラク関係文書:米国お墨付きのエルサルバドル型「死の部隊」

Wikileaksのジュリアン・アサンジがイラク関係文書を大量に公開しました。関連した記事。米国がイラクで育てた「死の部隊」について。
ウィキリークスが新たに公開したイラク関係文書:米国お墨付きのエルサルバドル型「死の部隊」
パトリック・コックバーン
CounterPunch原文
2010年10月25日

ウィキリークスが公表したイラク文書は、イラク戦争で米国が行ってきたことについて極めて詳しいことを明らかにしている。ペンタゴンは、ウィキリークスがアフガニスタンに関する米軍文書を公開したときと同様----このときにはリークされた情報に新しいものはほとんどないが、重要な情報源が危険に晒されるという矛盾した態度を示した----怒りで声を震わせるだろう。

リークが重要なのは、これまでは、そうではないかと思われていただけで、米軍が認めることも詳しく説明することもなかった多くのことが証明されたためである。イラクの政府軍が人々に拷問を加えた事件のほとんどすべてに米軍が目をつぶっていたことは2004年以来明らかだったが、今回のリークからそれが公式の方針だったことがわかった。ウィキリークスが一連の文書を公開したことに関してイラクの人々にとりわけ興味深いのは、2004年以来、「死の部隊」の活動に米軍がどれだけ関与していたかを示す情報があるかどうかであろう。

政府への支配力をますます強めて行ったシーア派に対してアルカーイダが攻撃を仕掛けたことから、2004年夏以来、イラクは恐ろしいセクト間の内戦状態に陥った。2004年後半から、米軍の訓練を受けたイラク内務省部隊がスンニ派の地区やバース党員が多いと疑われた地区に対して無法な侵入捜査を始めた。サダム・フセイン政権時代に名を知られていた人々が拘束されて失踪し、数日後に道路脇に拷問を受けた痕の残る遺体が投げ捨てられているという事件が相次いだ。

イラクの指導者たちの間では、公式部隊の名を借りたこの実質上の「死の部隊」の訓練に米国が関与しているとの噂が飛び交った。米国は、エルサルバドルで米軍が政府軍部隊を訓練し「死の部隊」に仕立て上げて対ゲリラ作戦に用いた前例をモデルにしていると言われた。

2004 年にイラク政府が独自の治安当局を設置し、イラク政府の監獄で捕虜に対する拷問が日常茶飯事になっていたことは周知のことだった。拷問を受けたことが明らかな男たちがテレビに映され、そこで殺人や拷問、強かんを犯したと自白させられた。ところが、そのあとで、彼らが殺したと自白した当の者たちの多くが生きていることがわかったりした。

当時、スンニ派のコミュニティは米軍部隊による掃討作戦をひどく恐れていた。こうした作戦にはイラク政府部隊が同行することもあり、戦闘年齢にある若い男性は全員が拘束された。コミュニティの指導者たちがすぐ米軍当局に駆け込み、拘束された人々をイラク軍や警察に引き渡さないよう求めることも多かった。引き渡されると拷問を受けたり殺されたりするためであった。拷問に好んで使われたのが電動ドリルだった。米軍がこれらすべてを知っていたことは明らかである。

2007 年末から、内戦の状況は変化し始めた。米軍がスンニ派コミュニティを守る姿勢を見せ始めたのである。アルカーイダやシーア派の民兵メフディ軍に米軍が攻撃を仕掛けたときには、同時に暗殺も頻発した。ここでもまた、米軍がこれらの殺害、とりわけ民族主義聖職者のムクタダ・アル=サドルの信奉者の殺害にどれだけ深く関与していたか知るのは興味深い。

2004年から2009年まで、米国によるイラク占領下で、相互に関連する複数の紛争が起きていた。ほとんど報道されることのなかった紛争の一つに、アメリカ人そしてイラン人によるお互いの報復殺人と報復誘拐があった。この対立がピークに達したのは2007年で、この年、米国は、クルディスタンを訪問していたイランの諜報リーダーを拘束しようとし、ケルバラでの失敗に終わった侵入攻撃で複数の米軍兵士が殺された。イランのイスラム革命防衛隊が英国海軍の兵士を拘束した出来事も、この陰の紛争の一部かもしれない。

アフガニスタンに関するリークと同様、イラクのリークも、〔たばこのパッケージなどに表示される〕健康被害警告文を添付する必要がある。アフガニスタンの諜報が米国人に提供した情報ではパキスタンとISI軍諜報局がタリバンを支援しているとしていたが、これは明らかに捏造された情報であった。パキスタン軍がタリバンを支援していないというのではないが、関与に足がつかないよう巧妙かつ注意深く支援しているのである。米国に手渡されたイラクの諜報も同様にバイアスがかかっている可能性はある。

下級の工作員であれ政府高官であれイラク人はしばしば米国に、米国人が聞きたがる情報を与えてきた。反米行動の多くは後ろでイランが糸を引いているといったものがその典型である。その多くがでたらめである可能性は高い。

パトリック・コックバーンは『Muqtada: Muqtada Al-Sadr, the Shia Revival, and the Struggle for Iraq』の著者。

投稿者:益岡
posted by 益岡 at 12:42| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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