2010年08月31日

イラクの商標変更:数と人命をもてあそぶ

「イラクからの米軍撤退」。イラク侵略の不法性や撤退のイカサマについての指摘などないままに、こうした情報が日本のメディアでも一部報じられています。ラムジー・バルードによる現状の解説。
イラクの商標変更:数と人命をもてあそぶ
ラムジー・バルード
ZNet原文
2010年8月27日(金)

米軍第2師団第4ストライカー装甲旅団の兵士たちはクウェート入りしたとき大きな叫び声をあげた。「我々は勝った」。「終わったんだ」。

ところで、一体全体、兵士たちは何に勝ったというのだろう?

そして、戦争は本当に終わったのだろうか?

どうやら私たちはまたもや同じ罠に掛かっているらしい。戦争に勝った、使命は達成された、兵士は撤退したという変わらぬ馬鹿げた思い込み、お祭り気分の兵士たちが「リンセー&オースティン・・・パパは帰国する」といった心温まるメッセージをボール紙に書いて示す光景。

ほとんどのメディアが8月19日にイラクから「最後の戦闘部隊」が撤退するという誤解を招く情報をめぐるロジスティクスに焦点を当てている----中には撤退が8月31日の期限より2週間も早く行われたという事実を強調しているものもある----中、我々のほとんどは、イラクとイラクの人々を忘れた点で有罪と言える。経済が中心的な話題となる中で、私たちは戦争を不平項目一覧から完全に削除してしまった。

けれども、これは記憶に関することではない。また、死者を追悼することや、生者に同情を寄せることでもない。戦争を忘れてしまえば、ディスコースは完全に分極化してしまい、戦争を作り上げる者たちが人々に、自分たちの利益と戦略に合うものを売りつけることができるようになってしまう。

8月22日付けワシントン・ポスト紙に掲載された「イラクからの兵士撤退に関する5つの神話」と題する記事の中で、ケネス・M・ポラックは「今月の段階でイラクに駐留する米軍の戦闘兵士はいなくなった」という第一の「神話」を解きほどいている。ポラックによると、この主張は「事実とは程遠い」。というのも、「約5万人の米軍兵士が依然としてイラクに駐留しており、その大部分は戦闘兵士だからである----単に名目上の名前だけ変わったに過ぎない。現在もイラクに駐留する中心部隊は「旅団戦闘団」と呼ばれる代わりに「顧問支援旅団」と呼ばれることになる。けれどもバラはどんな名前で呼ぼうとバラであり、旅団の構造も人員も以前とほとんど変化はない。

そんなわけで、米軍がイラクでの軍事駐留規模を矮小化して見せ、5万人以上の兵士の名目を変えているとするとどうだろう? 米軍はテロリストの脅威なるものを追いかけることをやめるだろうか? イラクに対して米軍が持っている完全な制空権の1センチでも譲り渡すだろうか? 私腹を肥すイラク人政治エリートたちに対する支配力を放棄するだろうか? 北部のクルド人自治区から南部のクウェート国境----喜びに満ちた米兵たちが勝利の金切り声をあげながら横切ったまさにその国境 ----に至るイラク全土であらゆる生活に対して影響力を行使することをやめるだろうか?

イラク戦争は米国がこれまで戦った戦争の中で、言語とディスコースに関しては最も統制された戦争だった。戦争に反対する人々さえ、反対の理由として誤り導かれたことを語っていた:「イラクはイラクの人々が引き受けるべきだ」、「イラクはセクト的社会なのでアメリカがそれを修正することはできない」、「イラクに西洋流民主主義を作り出すことは不可能だ」、「サダム・フセインの息の根を止めたのはよいことだが、米国はそれからすぐに撤退すべきだった」。これらの主張が「反戦」に数えられる可能性はあるが、これらはすべて、政府とメディアが繰り返し我々に提供する同じレトリックが述べる誤った前提に基づいている。

バラク・オバマ大統領が選出されてからいわゆる反戦運動が大幅に弱体化したことは不思議ではない。新大統領がやったことは、単に戦争の重点をイラクからアフガニスタンに移したことだけである。そのオバマ政権は今やイラク戦争の名称を変更しながら、その背後にある介入主義的意図は保ちつづけている。イラクにおける今後の指命を管轄するのがこれからは米国国務省であるのは極めて当然である。膨大な暴力と血を伴うイラク占領は、今や、政治課題として扱われるようになったのだから、好ましいPRが必要になる。

国務省がイラクでこれから起こる暴力を監視することになる。これからの数カ月、政治的な行き詰まりとセクト間の分断の高まりにより、イラクの暴力は増加するだろう。8月17日にアルカーイダがやったとされるイラク軍新兵雇用センターへの攻撃では61 人の命が奪われ多くの負傷者が出た。ラジオ・フリー・ヨーロッパのロバート・テイトは、「イラク政府筋によると7月には500人以上の死者が出たが、そのうち396人は民間人で、過去2年で最悪の死者数を出した月となった」と報じている。

3月の選挙以来、イラクに政府はない。支配的シーア派内にさえ存在するイラクの政治的分断は大きくまた広まっている。スンニ派は、サダムにひいきされていたという誤った主張のもとで侮辱され集団的に虐待されている。憎悪が醸される一方で、イラクの内政問題は世界でもかつて例を見ないほどに腐敗した政治家たちの手に握られている。

米国政府は、11月の選挙より前に、オバマが大統領選で約束した数多くの公約の一部を実現しなくてはならないことに気づいている。イラク占領の名前を変える作戦もその一つで、これにより、米国がイラクの軍事的・政治的環境から手を引く意図など実際にはないという事実を隠蔽することができる。けれども、イラクで悪化の一途をたどる治安上の混乱に対処するためには現在の軍事要員規模では不十分なので、新たに担当となった国務省は数のゲームを展開することとなった。

ロイター通信は、「米国国務省報道官P・J・クローリーは、政府は約7000人の総合軍事契約要員をイラクで雇い入れる計画を語った。イラクでは2003年の米軍による侵略以来、民間傭兵企業が超法規的に振舞っているとの批判を浴びている」と報じている。

数のゲームがゲームに過ぎないことを理解することが重要である。過去の植民地勢力はその多くが、地元の勢力を利用し直接的関与は最低限に抑えながら植民地を支配した。イラク戦争に反対する私たちは、外国勢力による主権国家の事態に対する侵略と占領、介入が国際法にあからさまに違反しているという根本的な原則に基づいて戦争に反対する必要がある。挑戦し、対決し、拒絶しなくてはならないのはまさに、介入主義者的心性そのものなのである。

家庭の父親たるアメリカ人が何千人と帰国するのは朗報ではあるが、何十万人というイラクの母親や父親が帰国できないことを思い起こす必要がある。米軍主導の侵略により難民となった数百万の人々は、イラクと中東で今も不安定な生活を送っているのである。

戦争は数は日付とは関係ない。人々と関係する。人々の権利、自由、将来と関係する。米軍の名前を変更し戦争の装いを変えたとしても、悲しみに打ちひしがれ不安定なイラクの人々、その権利、自由、将来を提供できることはない。

事実はといえば、この戦争で勝った者は誰もいないし、占領はまったく終わっていない。

ラムジー・バルード(http://www.ramzybaroud.net/)は国際的に記事を配信するコラムニストで PalestineChronicle.comの編集者。最近の著書『My Father Was a Freedom Fighter: Gaza's Untold Story』(Pluto Press, London)はamazon.comから購入できる。

投稿者:益岡
posted by 益岡 at 09:38| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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