2009年11月27日

「2002年から戦争を画策」:イラクに対するブレアとブッシュの陰謀

ブレアがイラク侵略をずっと前から準備していたことが明らかになっているという記事。ただし、大量破壊兵器が仮にイラクにあったとしても(ありませんでしたが)、2001年9月11日米国数ヶ所に航空機が突入した出来事にイラク政府が関与していたとしても(していませんでしたが)、米英のイラク侵略は不法で、それに加担した日本も戦争犯罪に加担したことになります。ですから仮にブレアが本当のことを言っていて、英国民は騙されていなかったとしても、英国民は戦争犯罪に加担したということになります。日本も。
「2002年から戦争を画策」:イラクに対するブレアとブッシュの陰謀
デーブ・リンドルフ
CounterPunch原文
2009年11月25日

アメリカ人のほとんどはこれについてまったく知らされないまま満足げだが、大西洋の向こう側、英国では、ゴードン・ブラウン首相が英国の反戦活動家たちからの圧力で、嫌々ながらに設置した調査委員会が、2003年に英国を米国とともにイラク侵略に導いた英国政府指導陣の行動と発言をめぐる聴聞を開始した。

昨日開始された聴聞会で証言が行われる前から、委員会が入手した文書からのリークに基づき、元首相トニー・ブレアの政府がイラク戦争計画に対する英国の関与について議会と国民に嘘をついていたとのニュースが現れていた。

週末、英テレグラフ紙は英軍幹部たちの文書を公開した。その一つは英軍特殊部隊長グレアム・ラム少将のメモで、その中で彼は「2002年の早いうちから戦争を扇動するよう」指示されていたと述べている。

ここから、2002年7月に 下院の委員会の場でブレアが「イラク侵略を事前に準備していたわけでは断じてない」と述べたとき、彼は嘘をついていたことが明らかである。

委員会が証言を聴き始めると事態は加熱するだろう。委員会には、ブレア自身を含む最上層の政府高官たちに証言させる権限があり、またその意志もある。

米国の新聞の中には、フィラデルフィア・インクワイアラー紙のように英国で新たに明らかになった事実と調査委員会に関するAP通信の記事を掲載したが、ニューヨーク・タイムズ紙を含む主要なニュース・メディアはこれを報じなかった。ニューヨーク・タイムズ紙はテレグラフ紙の報道を無視したが、一日あとで英国の調査委員会に関する記事を掲載した。ただしそこで扱われたのはもっぱら、英軍司令官たちがゲリラ・グループとの交渉を望んだのに、「傲岸な」米軍司令官たちが攻撃的な軍事作戦をゴリ押ししたため、英軍司令官たちは「軽視された」と感じているという点だった。

それとて記録上はある程度興味深いものかもしれないが、ブレア政権とブッシュ/チェイニー政権が2002年の2月か3月から既にイラク侵略の陰謀を秘密裏に企てていたことに関する証拠はそれよりはるかに重要である。

2003年[?]秋、ブッシュとチェイニーがイラクに対する戦争を始ることについて議会と米国市民に対して述べた説明では、イラクが2001年9月11日の攻撃の背後におり、また大量破壊兵器を所有していて米英に対する「切迫した」脅威となっているとのことだった。

もちろん、後にすべてイカサマであることが明かになったこれらの議論は、その1年前から戦争計画が開始されていたとすると、そしてその時点で英米の指導者二人がその後に述べたような緊急性を表明していなかったとすると、まったく無内容である。切迫したというのは結局、切迫したということであって、ブレアとブッシュとチェイニーがブッシュ政権初期の頃から大量破壊兵器によるイラクからの攻撃が切迫していると本当に考えていたならば、一年後の戦争計画を密かに作り上げるのではなく、すぐさま行動を起こしていたはずである(侵略が実際に始まったのは2003年3月19日だった)。

私が著書『弾劾の論拠』(St. Martin's Press, 2006)に記録したように、2001年1月20日にブッシュが政権の座に就くよりもさらに前から、ブッシュとチェイニーがイラクを侵略する計画を持っていたことを示す証拠は数多くある。米国財務長官ポール・オニールがすべてをさらけ出した自著『忠誠の代償』(彼がブッシュ政権から罷免されたあとで書いたもの)で詳しく述べているように、ブッシュ政権の国家安全保障会議(NSC)第一回会合で、イラクに戦争を仕掛け、指導者のサダム・フセインを追放することが議題にあがっていた。NSCにおける対テロ作戦の中心人物リチャード・クラークもまた、2001年9月11日に米国のビルが攻撃された直後、ブッシュが自分にイラクとの「関係を見つ出す」よう命じたと回想している。さらに、数日のうちに、ドナルド・ラムズフェルド国防長官は米軍司令官たちに、イラク侵略の準備を進めるよう命じていた。当時アフガニスタンで軍事作戦を指揮し、オサマ・ビン・ラディンを包囲しつつあったと言われているトミー・フランクス将軍は、ラムズフェルドがイラク戦争のために米軍兵士をアフガニスタンからクウェートに移動したため、足元のカーペットを引っ張り取られたように感じたという。

不法なイラク戦争の理由をめぐり英国で進められている調査について、米国の私企業メディアはアメリカ人にほとんど何も伝えていないのには驚くほかない。これは、米国のジャーナリズムが死滅したか死滅しつつあることを如実に示すさらなる例である。さらに驚くべきなのは、米国議会もアメリカ合衆国大統領も、米国に1兆ドル(恐らく債務支払いと退役軍人のケアにかかる費用を考慮するならば3兆ドルになるだろう)の出費と4000人の犠牲を強い、イラクの人々100万人の命を奪った戦争を推進する陰謀を企てた米国指導者を、英国でと同様、被告席に座らせて真実を語らせようとはいささかもしていないことである。

デーブ・リンドルフはフィラデルフィア在住のジャーナリスト・コラムニスト。著書に『弾劾の論拠』(St. Martin's Press, 2006. 現在はペーパーバック版が出ている)がある。メルアドは、dlindorff アットマーク mindspring ドット com。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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