ファルージャから避難してきた人々が、殺人地帯での生と死を語る
ダール・ジャマイル
DahrJamailIraq原文
2004年12月3日
バグダード発。ほとんど破壊されたファルージャで、激しい戦闘が進んでいた先月[2004年11月]、米軍が住民に加えた無差別虐殺について、バグダードに避難を求めてきた人たちが、恐ろしい経験を語った。
人気のあるレバノンの衛星テレビ局LBCで働くイラク人ジャーナリスト、ブルハン・ファサアは、ニュー・スタンダード紙のインタビューに答え、ファルージャでは間近で米軍の犯罪を目撃したと語る。戦闘が最も激しかった時期に9日間ファルージャにいたブルハン・ファサアは、米軍兵士が、英語を話せないイラク人に対してすぐに苛立ちを爆発させたと話す。
「米兵には通訳がいませんでした」とファサアは言う。「そんな状況で、米兵たちは住居に侵入し、住人を殺したのです。住人が英語を話せなかったためです。私がいた家にも侵入してきました。この家には、他に26人のイラク人がいました。米兵は、命令に従わないと言って人々に発砲したのです。ただ、英語がまったくわからなかったというだけなのに」。
報復を恐れて姓は伏せておくよう求めたカリルという男性は、ニュースタンダード紙に対し、町から避難しようとして白旗を掲げた民間人たちに米軍が発砲したところを目撃したと語った。
「米軍兵士たちは、人々が命令を拒んだと考えたのでしょう。だから人々を撃ったのです。単に兵士の言葉がわからなかっただけなのに」。ファサアはこう推測する。
ファサア自身も、米軍に拘留された。米軍は、特にアラブのメディアで働いていることについて彼を尋問し、3日間にわたって拘留を続けたという。ファサアも他に拘留された人々も、毛布もなしに地面に寝たという。拘留された人々はトイレに行くにも手錠をはめられたままで、キャンプの真ん中にあるトイレを一つ使えただけたという。
「ファルージャにいた9日間で、負傷した女性や子ども、老人たちがたくさんいましたが、誰一人としてファルージャから避難することはできませんでした」とファサアは言う。「苦しみながら死んでいった人もいれば、何とか生き延びた人もいます」。
多くの避難民が、米軍が負傷者を殺した現場を目撃したと語る。元戦士だろうが非戦闘員だろうが区別はなかったという。
「米軍が、負傷者を戦車で轢き潰す現場を見ました」と語るのは、ファルージャの住人カッセム・モハンマド・アフメドである。「何度も何度も繰り替えされたのです」。
他の難民たちも同様の状況を語っている。「とても多くの民間人が殺されるのを目にしました。戦車が数台、路上で負傷者を轢き殺す現場も見ました」。先月の戦闘を逃れて避難してきた27歳のアジズ・アブドゥラはこう語る。別のファルージャ住人、アブ・アジズも、米軍の装甲車がまだ生きていると思われる人々を轢き潰すところを見たと語る。
やはりファルージャから避難してきたアブドゥル・ラザク・イスマイルは「地面には複数の遺体が残されていましたが、米軍の狙撃手が狙いをつけていたため、誰も遺体を回収できませんでした。米軍が遺体をファルージャ近くのユーフラテス河に投げ捨てたこともあります」。
アブ・ハムマドと名乗る男性も、米軍兵士がイラク人の遺体をユーフラテス河に投げ捨てていたところを目撃したという。まわりで話を聞いていた人々も頷いた。アブ・ハムマドほか数人は、他にも白旗を掲げた武器を持たないイラク人を米軍が射殺した現場を目撃した、と語る。
人々は、ファルージャに残る人々は米軍とイラク軍に皆殺しにされると思ったので、包囲を逃れるためにユーフラテス河を泳いで渡ろうとする人々もいました。ハムマドはこう語る。「米軍は、河岸から、そうした人々をさえ撃ったのです」。「白旗を掲げていた人もいれば、頭に白い布を巻いて自分たちは戦闘員ではないことを示していた人もいたのですが、そうした人々も含め、全員が標的となりました」。
AP通信の写真家ビラル・フセインも、同様の出来事を目撃したと報じている。米軍による攻撃が苛烈を極める中、必需品が底をついたため、町を逃れようとして、フセインはユーフラテス河に向かって走った。
「泳いで渡ることにしました」とフセインはAP通信の同僚----フセインの話はこの同僚が記事にした----に語った。「でも、米軍のヘリが河を泳いで渡ろうとする人々に向けて発砲し、殺しているのを見て、気をかえたのです」。
米兵たちが、ユーフラテス河を渡ろうとした5人家族を皆殺しにした現場も目撃したとフセインは話す。彼は男性の遺体を、素手でユーフラテス河岸に埋葬した。
「河にそって2時間歩き続けましたが、そこでも、米軍の狙撃兵が、泳ぎだしたら誰であれ撃とうと銃を構えていました」とフセインはその時の状況を語る。「河を渡るのは諦め、5時間にわたって果樹園を歩き続けました」。
報復を恐れて姓は伏せておくよう求めたカリルという男性は、ニュースタンダード紙に対し、町から避難しようとして白旗を掲げた民間人たちに米軍が発砲したところを目撃したと語った。「道にいた女性や老人を、米軍は撃ったのです。さらに、遺体を回収しようとした人々に向かって無差別に発砲しました」。
「米軍兵士により河に投げ込まれた遺体もあります」。カリルは、米軍兵士がユーフラテス河をイラク人の遺体捨て場に使っていたことを自ら目撃したと言う。「ファルージャに残った人は、自分たちは米軍に皆殺しにされると思ったので、河を泳いで渡ろうとしたのです。泳げない人まで河を渡ろうとしました。米軍に殺されるかわりに、溺れ死んだのです」とカリルは言う。
米軍司令官は、少なくとも二つの事件について発表しているが、それは、海兵隊に計画的な奇襲攻撃を加え、危険な状況に陥れるために、イラク人レジスタンスが、白旗を掲げたのだと説明している。
「対ゲリラ」作戦に従事する米軍の交戦規程を緩めるべきだと主張する者たちは、先月のファルージャにおける戦闘で見られたこうした出来事を持ち出して、戦闘方式をもっと自由にすべきだと論ずる。中には、かつて「無差別砲撃地帯」と呼ばれていた地帯を設定し、そこに入った人間はすべて敵、すなわち合法的な標的とみなすべきであると主張する者もいる。そうすれば、アメリカ軍の歩兵たちは、民間人を識別して保護する義務から解放されるというのである。しかしながら、ニュースタンダード紙に語ったファルージャの目撃者たちの言葉が正確だとすると、今回は、議論よりも実践が先を行っていることになる。
米国とイラクの政府関係者はファルージャの「平定」は成功だったと述べ、イラクの「民主化移行」計画のために必要な行動だったと主張している。11月に途切れること無く続いた戦闘と米軍による空襲により、米軍が多数の民間人を殺したことについて、米軍は否定し続けている。
投稿者:益岡
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