ファルージャ攻撃「成功」の裏側
ダール・ジャマイル
DahrJamailIraq.com原文
2004年11月15日[5年前]
バグダード発。誰もがこれを予期していた。米軍以外は、誰もが----ファルージャの人道的破局、そして米軍と「連合」軍によるイラク占領に対するレジスタンスがイラク全土で強まること。
米軍によるファルージャ攻撃「成功」の、真の相貌が姿を現しつつある。食べ物も、飲み水も、医療もないままファルージャに取り残されたままの、何千という家族。
米軍はファルージャで1200人の「ゲリラ」を殺したと述べたが、そのうちどれだけが本当は一般市民だったかは誰もわからない。犠牲者の数はもっと多いかもしれない。
イラク赤新月社----赤十字およびユニセフの支援を受けている----は、ファルージャの状況を「大惨事」と述べた。
イラク赤十字社では人道援助隊員と医師の数チーム、そしてトラック何台もの食料を準備しており、米国の傀儡であるイラク暫定政権と米軍の許可を待っているが、今のところファルージャ入りを認められていない。
赤十字国際委員会(ICRC)は、ファルージャに残された人々の状況を深く憂慮すると発表した。「戦闘に従事する者は全員、民間人の命を助け、怪我人への医療班のアクセスを認める責任を負っている」。ICRCのラナ・シダニ報道官は発表の中でこのように述べている。
米軍は、現在、自分たちも独自の人道活動に従事していると述べた。ようやく届くようになった人々の声から考えると、それは遅きに失している。
米軍の爆撃で家族を殺され、生き残った妹とともにファルージャをようやくのがれることができたムナ・サリムによると、この数日でファルージャは戦場から廃墟に変わったという。
「ほとんどの家で人々はずっと家の中にいます」。バグダードにたどりついた彼女は、こう語った。「いつもとてもお腹を空かせていました。残った食料と水をすべて消費したくはなかったからです。食料と水を次に得られるのがいつかわかりませんでしたから、注意していました」。サリムは、殺戮については、話すことができなかった。
「アメリカ人は私たちのことなど気にもかけていませんでした」。アフマドとだけ名乗った若い難民はこう語った。彼は家族のほとんどとともに三日前にバグダードに着いた。「医療関係者はファルージャから全面撤退しました。残ったのはファルージャ住民、そしてラマディなどの他の都市から支援に来た人たちだけです」。
ファルージャの人々はどうしようもない状況に取り残されていると彼は言う。「誰であれ、家から出ると、米軍の狙撃手に射殺されるか、ムジャヒディーンに入れられるのです」。「ですから、ほとんどずっと家にいて祈るだけです。爆弾が爆発すればするほど、私たちはますます強く祈り、泣いていました」。
アフマドは、自分が生き残れるとは思わなかったと言う。「毎晩、私たちはお互いにさよならを言いました。死ぬと思っていたからです」と彼は言う。「地域によっては家々がすべて破壊され瓦礫になって、何も残らないところもありました。私たちは、時々水を手に入れることができましたが、電気はまったく不通でした」。
米軍は、自宅にいた人々を爆撃したと彼は説明した。「私たちのように戦闘に加わっていなかった人たちも、米軍の爆撃と戦車でおそろしい被害を受けました。こんなことをすれば多くの人々が米軍を憎むことがわからないのでしょうか?」
米軍がファルージャを包囲し攻撃を加えてから、イラク全土の多くの都市をレジスタンス勢力が支配するようになった。米軍は北部モスルを制圧していると主張しているが、アルジャジーラの報道によると、米軍とイラク警察、国家警備隊は路上から姿を消し、代わりに覆面をし武装した男たちが路上を自由に歩き回っているという。
モスルのフリーランス記者は、電話でアルジャジーラに次のように語っている。「とても悪い状況です。治安はまったくなく、道路にいるのは武装したレジスタンス・グループだけです。モスルでは行政統治は何もありません」。米軍は、モスルの警察署をはじめとする要所の支配権を取り戻したと述べている。イラクのレジスタンスは現在、ラマディ、サマラ、ハディーサ、バクバ、ヒート、カイム、ラディフィヤ、タジ、カルディヤの大部分を支配している。シーア派の聖都カルバラでも戦闘が起きていると伝えられている。
蜂起は首都にも広まった。アル=ドーラ地区、アル=アミリヤ地区、アブ=グレイブ地区、アル=アダミヤ地区、カン=ダリ地区は現在、概ねレジスタンスの戦士たちの統制下にあるという。
米軍の車両がヒートの近くで攻撃を受け、破壊された。バグダードの南にある比較的平穏だったヒラにも戦闘は広まっている。
「ヒラの治安状況はますます悪化する一方です」。ヒラの大工で35歳のアリ・アブドゥラはこう話す。「今や街中で戦闘の音が聞こえます。レジスタンスがポーランド人部隊に対して激しい闘いを展開しています」。
ヒラでポーランド軍部隊とレジスタンスの戦士たちのあいだで戦闘が起きたのは始めてだという。
投稿者:益岡





