2009年06月26日

ムジャヒディーンに聞く (2004年4月27日)

2004年、米国の独立ジャーナリスト、ダール・ジャマイルがファルージャのムジャヒディーンに行ったインタビューを再掲します。
ムジャヒディーンに聞く
2004年4月27日
ダール・ジャマイル
InformationClearingHose原文

「侵略前、テロなどありませんでした。ファルージャで人々が行なっているのは、テロリズムではなく、レジスタンスなのです」。


2004年4月27日 「ニュースタンダード」紙。バグダード発。 ウォミデ・ニダル博士はバグダッド大学の政治学教授である。昨夜、彼の家で行なったインタビューで、彼は次のように述べた。「米国の政策に従いさえすれば、テロリストではなくなります。1991年、シリアはテロリストではありませんでした。当時の対イラク戦争を支持したからです。シリアは今回の侵略に反対しました。ですから今、シリアはテロリストと呼ばれています」。

ブッシュ政権がイラクの現況を「対テロ戦争」の最前線と呼ぶことについて訊ねたところ、彼は次のように答えた。「ここでは、テロリズムとレジスタンスとを区別しなくてはなりません。侵略前、テロなどありませんでした。ファルージャで人々が行なっているのは、テロリズムではなくレジスタンスなのです」。

別途レジスタンスのメンバーと行なう今夜の会談を予言するかのように、ニダル博士は言った。「アメリカがイラクに戦争を仕掛ける段階は終わりました。今や、イラクがアメリカに戦争をしているのです。イラクの人々が、自国のため、自分の家のため、自分の金のため、自分の命のために闘っているのです」。

今夜、私は一人のムジャヒディーン戦士を待っていた。約束した場所で、お茶をちびちびと飲みながら。

ドアが開いて、彼が入ってきた。背が高く大きな体だったが、それ以上に彼の存在感は大きかった。

青い目出し帽で顔を隠していた彼は、身元を隠すために「アフマド」と呼ぶよう求めた。彼は、深い声で、「サラーム・アレイクム」(あなたに平和が訪れますように)と挨拶をして自己紹介し、私の通訳と私に、一緒に座るよう求めた。

この人物とインタビューできるのは幸運だった。匿名で事前に調整して、ようやく実現したインタビューだった。

「私は真実を述べたいと思っています。けれども、メディアはレジスタンスに協力しません。メディアはアメリカ人のことにばかり注意を払い、イラク人については気にかけないのです」と彼は言った。「これは反乱ではありません。占領に対するレジスタンスなのです」。

ブッシュ政権がイラクの現況を「対テロ戦争」の最前線と呼ぶことについて訊ねたところ、ニダル博士は次のように答えた。「ここでは、テロリズムとレジスタンスとを区別しなくてはいけません。侵略前、テロなどありませんでした。ファルージャで人々が行なっているのは、テロリズムではなくレジスタンスなのです」。


今夜、私はますます勢力を伸ばしつつあるレジスタンスのメンバーと話をしている。26歳になる彼は、肖像写真家で、イラク軍にいて大統領宮の守衛をしていたときもその仕事を続けていた。

けれども、彼はサダム・フセインに反対していて、米軍が彼の残酷な政権を転覆したときには喜んだ。実際、彼は、米軍がイラクを侵略したとき、レジスタンスとして米軍と戦いさえしなかったという。けれども、彼は、占領者たちの攻撃により、同胞のイラク人が侮辱され、虐待され、殺されるのに飽き飽きしていた。そして、ほかの多くの人々と同じように、占領者と闘うために武器をとったのである。

「サダムの時代、私たちは過酷な抑圧のもとで暮らしていました。私もサダムにより投獄されました。私たちがサダムに忠実だったことはありません。でも、今や、彼は、イラク生まれでムスリムでイラク人だというので、私たちを代表しているのです」。

彼は、自分は20人からなるグループの一人として攻撃を行なっているという。彼のグループは、ほかのレジスタンス・グループと「限られた」関係しか持っていない。「仕事がある日に会って、仕事が終わったあとはお互いがどうしているか知らず、次の仕事でまた会うのです」と彼は説明する。

最後に仕事をしたのは昨日だ、と彼は言った。

彼のグループはこれまでに250回の攻撃を行ない、彼はそのうちの70回に参加した。

グループのメンバーに会う時期についてはどうやって知るのだろうか? 彼は言う。「家や町がアメリカ人の攻撃を受けたとき、会ってどんな仕事をするか決めるのです」。彼のグループは携帯型対戦車ロケット弾(RPG)、自家製爆破装置(IED)、爆弾とカラシニコフを使っている。「私たちは多くの武器を持っています」と彼は話す。「仕事を遂行するために必要なすべての武器を」。

レジスタンスを構成しているのはどんな人々かと聞くと、彼は両手を脇に広げて、次のように言った。「シーア派、バアス主義者、スーフィー、様々な部族、アラブの戦士達」。さらに強調して、「私は1年にわたり闘ってきていますが、アルカイーダの戦士を見たことは一度もありませんし、レジスタンスでアルカイーダが闘っているという話も聞いたことがありません」。

さらに、イラク警察の約半数がレジスタンスのメンバーであるとも付け加えた。

また、レジスタンスは勢力を伸ばしている、と----今週だけで、彼のグループに新たに5名の参加者があった、と。彼は体を乗り出して、「ますます多くのイラク人が挑発を受けているので、ますます多くがレジスタンスに参加しているのです。兵士に両親を殺された子どもたちまでもが参加しています」と語った。

ある12歳の少年について、彼は言う。「この少年は、アメリカ兵が母と父を殺したのを目にしたために、レジスタンスに参加しました。彼の父は戦士ではありませんでした。銃を持ってすらいなかったのです。塀から外を見ていたときに、米国人狙撃兵に撃たれたのです。それを助けに外に出た母親もまた、撃たれました。こうして彼は私たちのグループに加わり22人の兵士を殺したのです。兵士たちは彼のことを恐れています。彼は一人で攻撃を加えるからです」。

グループのメンバーは誰一人給与を受け取っておらず、多くが定職を持っている、と彼は言う。

あるシャイフのことも語った。このシャイフはレジスタンスに参加していなかったにもかかわらず、米軍兵士は彼の家に侵入し、彼を殴打し、7人の娘の前で彼を拘束した。

アフマドは、自分が個人的に知っているだけでも、120人の男女が米軍に拘留されたという。

ニダル博士は次のようにも述べていた:「パレスチナで犯されている人道に対する罪が毎日テレビで報じられています。これは、現在の米国政府が民主主義にも人権にもコミットしていないことを示しています。ですから、パレスチナで戦争犯罪を犯している勢力(米国)が、イラクで国家建設者として受け入れられることなど、どうしてあり得ましょうか?」


アフマドは、また、妹と一緒に拘留されたときのことを激しい口調で語った。アブ=グレイブ刑務所に入れられたとき、彼は妹が兵士に強姦されるのを見た。そして3カ月後に釈放されたとき、妹は妊娠していた。「どうしてこうした残虐行為について、メディアで耳にすることがないのでしょうか? メディアは私たちを野蛮人であるかのように描き出そうとしていますが、私たちは米国のテロから家と家族を守ろうとしているだけなのです」。

さらに、椅子の端に腰掛け、怒りのこもった断固とした口調で、続けた。「最後の米兵がイラクを立ち去ったときには、私は戦いをやめます」。深く息をつき、さらに続けた。「アメリカ人こそテロリストです。米軍は世界中で何百万人もの人々を殺しています。こんな風に人々を殺すことが許されるのでしょうか?」

昨夜ニダル博士は次のように言っていた。「ブレマーが、ファルージャとサドル・シティーを同時に攻撃することに決めたために、スンニ派とシーア派はこれまで以上に団結しています。私がこれまで両者を団結させようと試みてきた中では一番です。団結はすばらしい。これでここの状況は良くなっていくと思います。民族の団結が進んでおり、今や人々はファルージャとナジャフの両方について話しています。とはいえ、こんな恐ろしい状況であることには、心が痛みますが」。


アフマドに、ムクタダ・アル=サドルについてどう思うか訊ねたとき、彼は、「彼らはムスリムで、私たちの預言者ムハンマドに従っています。私たちの血と地は同じです。彼らは兄弟です」と述べた。

ファルージャが軍事侵略を受けたらどうするか訊くと、彼は再び両腕を広げて答えた。「集まって、闘います----ナジャフでもケルバラでも同じです。私たちはムスリムです。私はイラクの子どもです。彼らと同じように。今、私たち皆の目標は一つです」。

自分が何人の米兵を殺したか覚えてはいないという。「とても沢山です。ある襲撃で、私のグループは35人の兵士を殺しました。IED、そしてRPGと爆弾で6台のハマー[高機動多目的装輪車両:戦車と装甲車の間のようなジープっぽい戦闘車両]を破壊し、全員を殺しました。襲撃後隊列をチェックしたときには、誰も生きていませんでした。彼らの弾薬を奪いました」。

この言葉は、昨夜ニダル博士が言った言葉を痛烈に思い起こさせた。「イラクに来るよう命ぜられた兵士には哀れみを感じます。兵士たちはここに来ることを自分で選んだわけではないのです。それから、殺されます。そして、政策の変更がなければ同じことが続きます」。


アフマドに、私は、6月30日に予定されている「主権委譲」の前後に戦闘が激化するかどうか訊いた。今でも、1日40件の攻撃が米軍に加えられていることを米軍は認めている。彼はこう答えた。「私たちには6月30日などというのはありません。レジスタンスはいつも成長しているのです。6月30日というのに意味はありません。レジスタンスが弱まることもあり、人々はそれで抵抗が終わると考えますが、決して終わりません。レジスタンスの流れが止まることは決してないのです」。

私は彼に、時間を割いてくれたことを感謝し、彼はすぐに立ち去った。約束通り、私はその場に座ったままもう10分待って、それから部屋を出た。深呼吸し、イラクの人々、レジスタンスの戦士たち、イラクにいる米兵の前途に待ちかまえている恐ろしい日々のことを考えないようにした。

ニダル博士は、昨夜、次のように語っていた。「暴力は対抗暴力を生みます。それは常に、統制不可能なスパイラルを生みだします。今まさに私たちが目にしているように」。


ダール・ジャマイルはニュースタンダード紙のバグダード特派員。アラスカ出身で、占領下イラクから伝えられない出来事を伝えている。ダールの仕事を続けるための支援を求めています。さらなる情報についてはニュースタンダードを参照のこと[訳注:リンク切れ]。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ファルージャの状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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