2009年06月16日

バグダードからの報告 -- 病院の閉鎖と米国の戦争犯罪

今から5年前の2004年。4月と11月、米軍はファルージャを包囲攻撃し、数千人の住民を殺害しました。病院を占拠し、救急車に向かって発砲するなど、戦争犯罪を重ねながら。当時の記事を再掲します。
バグダードからの報告 -- 病院の閉鎖と米国の戦争犯罪
ラフール・マハジャン
EmpireNotes原文
2004年4月19日

注:本レポートを作成するために、バグダードにある4つの病院の医師たちにインタビューを行った。医師は全員、匿名を求めた。

バグダード、イラク。「どうしてファルージャで病院が封鎖されたことについてばかり聞くのか?」 苛立った私の通訳はこう訊ねてきた。私は答えた。これは大ニュースなのに、英語メディアではほとんど報道されていないのだ、と。信じがたいといった表情で、彼は私を見た。イラク人なら誰もが、病院が封鎖されたことを知っている。

米軍がファルージャ包囲を行ったとき、様々な方法で民間人を標的にした。まず、発電所を爆撃した。さらにユーフラテス川の橋を閉鎖したが、これは発電所爆撃よりももっと重大なことかもしれない。ファルージャ最大の病院はユーフラテス川の西岸にある。それに対して、街のほとんどは東岸にある。病院は文字通り閉鎖されたわけではないが、ヒポクラテスの原理を信じる医者なら誰も、川の逆側で人々が続々と死んでいる中え、空っぽの病院に行って座っていようなどとは考えないだろう。そんなわけで、医者は病院を閉鎖し、数少ない医薬品や医療機器を運べるだけ運んで、患者で溢れかえる小さな三部屋からなる診療所で働き始め、床の上で手術している。設備不足で患者が死亡することもある。これらの状況について英語メディアが伝えたのは、14日、橋が閉鎖を解かれてからである。

ナジャフでは、一週間程前に、スペイン語で「プラス・ウルトラ」を意味する駐屯兵が、アルサドル教育病院を閉鎖した(昨日の時点で、この病院は閉じたままである)。200人の医師が働いていたこの病院(元はサダム・フセイン教育病院という名だった)は、イラクで最も重要な病院の一つである。兵士が病院に侵入し、医者たちに、2時間以内に病院を立ち去るよう命じた。このとき持ち出しを許されたのは身の回りのものだけであり、医療品の持ち出しは禁止された。理由はといえば、この病院が「プラス・ウルトラ」の基地を見下ろす場所にあり、レジスタンスの狙撃兵が屋上を使うかも知れないということだった。アル=アラビヤ紙は、最近戦闘が勃発したシリア近くの小さな町カイムでも病院が閉鎖され、米軍狙撃兵が周囲の建物の屋上に陣取っていると報じている。

米国は、他にも様々な手段で病院の活動を妨げている。最初に米軍狙撃兵が救急車を撃っていることが西側メディアで報じられたとき(http://www.empirenotes.org/fallujah.htmlを参照)、激しい反応を引き起こしたが、二日前の記者会見で、イラク保健相クダイル・アッバスは、米軍はファルージャだけでなく、サドルシティー----バグダッド東部に広がるスラム街----でも救急車を狙撃していると確言した。彼はこれらの行為を非難し、上司である統治評議会とポール・ブレマーに説明を求めたという。

さらに、紛争が激化して以来、米軍兵士が病院を訪れて怪我人の情報を求め、レジスタンス兵士の可能性がある人々を病院から連れだして尋問しようとしているという報告が頻繁になされている。アーダミヤーのノマーン病院とヤルムークのヤルムーク病院(ともにバグダッドの地名)にも、ファルージャの戦闘が始まって数日のうちに米軍がやってきたという。ファルージャで負傷し、バグダッドに避難した人々の多くが、これら二つの病院に運び込まれていた。医師たちは、占領の密告者になることに抵抗している。ある医師は、患者を米軍の留置所に入れさせないために、十分回復する時間が取れていないのに、救急病棟から患者を外に逃がしたことが何度もある、と私に語った。「彼らは私の同国人です。病院にとどめておいてアメリカ人に引き渡すなどということができるでしょうか?」

米国のメディアは、米軍が強く自制し、米軍の攻撃は「ピンポイントの正確さ」であると報じているが、ファルージャでは700人以上が殺され、その少なくとも半数は、民間人である。さらに、イラク保健省によれば、この二週間で、他のいくつかの町でも、少なくとも290人が殺されたている。そのうち30人以上は、子供だった。病院が閉鎖されたために死亡したこれらの人々の多くは、「解放」の記録勘定には決して残されないことだろう。

どんな基準に照らしても、これらの病院閉鎖は(そしてもちろん救急車への狙撃も)、戦争犯罪以外の何物でもない。「プラス・ウルトラ」の駐屯部隊が屋上からの攻撃をどれだけ恐れていようと、病院を閉鎖する必要はなかった。入り口で検査をすればよいだけである。ファルージャでは、ムジャヒディーンが停戦について交渉したがっている理由の一つは、病院の封鎖を解くことにある。つまり、実質上、米軍は、軍事目的で、民間人の(間接的)捕虜を取っていることになる。

米軍が救急車を狙撃しているというニュースを最初に書いたあと、多くの人が、何故米軍はそんなことをするのか、と私に書いてきた---人々が米軍に抱いておきたがるイメージとはまるで逆だから。米軍兵士たちは、ただ民間人を虐殺しようとしているだけなのか? だとすると、なぜ?

実際のところ、理由は至って簡単だ。米軍には軍事目標があり、作戦の軍事的効率を最大化するためなら、どれだけのイラク民間人を殺そうと、ぜんぜんおかまいなしなのである。ブッシュの上級軍司令官は最近、アメリカ人はイラク人をウンターメンヒェン----下等人種----と見なしていると批判した。さらに、平均的な米軍兵士は、全イラク人を敵、潜在的な敵と見なしている、とも。まさにその通りである。私はここで、多くの人から同じことを耳にした:「米兵は、イラク人がどうなるかなんか、気にもしていない」。

このいささか無差別な民間人の殺害は米国の軍事目的----米兵一人当たりの死者に対して敵の死者をできるだけ多くすること----にはかなっているかも知れないが、政治的な観点からは破滅的である。自分が生まれた町で、カラシニコフやPRGランチャーを手に戦っている男たちは「臆病者」で「戦争犯罪者」である一方(というのも、どうやら、男なら砂漠に出ていって空襲により全滅させられるべきだというのが米国の主張らしいから)、人々が銃を持っているかもしれないというだけで(多くの場合持っていないのだが)2000ポンドの爆弾を住宅地に投下したり救急車を狙撃したりしている者たちは英雄であり、戦争の法に則っているという点を、イラクの人々に説明するのは、非常に難しい。

1月にイラクに来たとき、イラクでは占領に対する失望と不満、怒りの空気で満ちていた。けれども、ほとんどの人は、それでも、ただそれを忍耐強く乗り切ろうとしており、事態が改善されることを望んでいた。占領軍が残虐行為をやりたい放題にしまくったため、ついに、イラクの人々の忍耐袋の緒が切れたのである。

以前は、占領が成功したかも知れなかった。真の民主主義を創生する----そんなことは一度たりとも米国の目標ではなかったのだから----という意味でではなく、米国がイラクの支配を固めるという意味では。今や、それさえも成功する可能性はない。さらに戦争犯罪を重ねれば、米軍はファルージャの抵抗勢力を打倒することができるかもしれない。ナジャフを侵略すれば、米軍はそこでも軍事的には勝てるかもしれない。けれども、今後は、どんなに軍事的勝利を重ねようと、イラクの人々が抵抗をやめることはないだろう。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 20:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ファルージャの状況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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