2009年05月28日

お決まりの挑発

再び暴力が頻発しているイラクの状況。マリキ政権とサフワの関係と、オバマ政権でもかわらない米国のイラク不法占領。
お決まりの挑発
ダール・ジャマイル
DahrJamailIraq.com原文
2009年5月23日

18日の月曜日、イラク政府治安部隊が、一触即発状態にあるイラクのディヤラ県で著名なスンニ派指導者を二人拘束した。その一人、シャイフ・リヤデ・アル=ムジャミは地元のサフワ(イラクの息子)----占領軍への攻撃を抑え、アルカーイダ・イン・イラクと戦うために米軍が創設した10万人規模のスンニ派民兵----の有名な指導者だったが、このことは、偶然ではない。サフワを作った目的は二つとも達成されたが、今やイラク政府治安部隊は、ときに米軍の助けを借りながら、サフワの指導者と戦士たちを殺したり拘束する作戦を展開しており、そのため、占領軍への攻撃とアルカーイダ・イン・イラクを抑える試みは無に帰している。サフワに対する攻撃の結果は、すでに暴力の激化として目に見える二つのかたちで現れている。イラク人市民への大規模な攻撃が劇的に増大したこと、そして占領軍への攻撃が増加したこと、である。

サフワは、イラクの暴力を沈静化するために決定的に重要な役割を果たした。2003年後半から2006年半ばまで、実質上占領軍をずたずたにしていたレジスタンス運動を米国が買収しようと決めたとき(レジスタンス戦士一人あたり一カ月に300ドルに及ぶ額を支払うことになった)から、米軍兵士の死者数は減り初め、最近まで減りつづけていた。サフワはまた、アルカーイダ・イン・イラクを探しだし抹殺するにも力を発揮してきた。したがって、サフワのメンバーがイラク全土で治安ポストを放棄している中で、シーア派に対する恐ろしい攻撃が再び起きているのは驚くべきことではない。

バグダードのマリキ政府は、サフワが創設されて以来ずっとサフワを脅威とみなしており、その脅威を体系的に取り除こうとしている。マリキは、サフワを政府の治安組織に組み込むという約束を反故にし、同時に、バグダードの多くの治安ポストで働くサフワの兵士たちに給与を支払わないでいる。

この数週間、イラク政府は、3万人以上のイラク軍兵士と警察を動員し、ディヤラ県で大規模な軍事作戦を展開した。スンニ派の部族指導者とサフワのメンバー1000人以上に逮捕状が出され、既に数十人が拘束されている。5月17日だけで、サフワの戦士14人が「容疑者」として拘留された。

マリキ政府は、サフワに対して続けている攻撃を正当化しようとして、拘束されている男たちは「民間人に対する犯罪を犯している」と述べている。

上で述べた逮捕劇の翌日、マリキ政府は補佐の一人ムハンマド・サルマン・アル=サーディをメディアに登場させ、次のように言ってサフワを「安心させ」ようとした:「政府は、覚醒評議会が治安と安定をもたらしたことに感謝しているが、10万人のメンバーを統合し給与を支払うのは大規模なプロセスとなる」。

このレトリックは、サフワに対する一連の攻撃が続いたあとで発せられたものである。5月8日、サウジ資本の新聞アル=ハヤト紙は、「イラク:覚醒評議会戦士が何十人とポストを放棄している」と書き、「覚醒評議会[サフワ]の運命は、セクト間の割り当てという論理に基づく計算に依存しており、その計算はスンニ派兵士たちの全体を政治的弾圧の危険に晒している。給与の受け取りが遅れていることに抗議して覚醒委員会の兵卒たちがポストを放棄している一方、イラク副大統領タレク・アル=ハシェミは『覚醒委員会に属していたものは100パーセント標的とされる』と断言している。委員会の指導者の中には、メンバーが、給与支払いの遅れに抗議して、数十人規模でポストを葉萎えていることを認めた者たちもいる。政治家やオブザーバたちは、こうした不満から兵士達が数千人規模で、武装グループのもとに戻るのではないかと恐れている」。

5月6日、ロイター通信は、現在のところ、サフワのメンバーが大規模に武装レジスタンスに戻っていることはないものの、サフワ指導者の多くが、政府からの攻撃と支払いの遅延によりメンバーの戦士たちは実際にレジスタンスに戻りつつあると心配している。バグダード西部のガザリヤ地区でサフワの部隊を率いるシュジャ・アル=アダミは、「私のもとには170人のサフワ戦士がいるが、そのうち30人はポストを離れ、タクシー運転手や食べ物売り、建設作業員をやっている。理由? 食わせなくてはならない子供たちがいて、政府の給与支払い遅れに耐えられないからだ」と話す。北部キルクークのサフワ指導者ハッサン・アル=ジュブーリは、自分の下の兵士500人のうち、4分の1はすでに脱退したと話す。バグダードのアダミヤ地区で、サフワの指導者で元軍諜報士官でもあったアブ・オマールは「我々がいなければ、事態は2005年に戻るだろう。覚醒委員会の守衛隊なら2時間でできることを、米軍とイラク軍は4年かけてもできないんだ」と述べている。

5月10日、バグダードの北、タジで即席爆発装置が爆発し、サフワの上級メンバー、アベド・アル=カイリヤが殺された。5月14日、殺し屋たちがバクバの家を襲撃し、サフワ戦士2人とその母親を殺した。5月15日、殺し屋たちがサマラ地区の検問を襲い、警官2人とサフワのメンバー一人が負傷した。尾奈慈悲、スワイラの襲撃の際、警察は「アルカーイダの疑いがある者」12人とワフワのメンバー二人を逮捕した。5月19日、ジュルフ・アル=サカルで路肩爆弾が爆発し、サフワの指導者一人が負傷した。こうした事態が起きている中で、サフワの戦士たちは、政府が給与を支払わないことに抗議し、毎週数十人規模で治安ポストを放棄し続けている。

その間、暴力が日々、イラク全土で燃え上がっている。その多くが、イラク政府がサフワを標的とした作戦を続けていることの結果である。

地元の警察と病院関係者によると、5月20日、自動車爆弾がバグダード北東部のシーア派住宅地にある数軒のレストランの近くで爆発し、41人が殺され70人以上が負傷した。5月19日にはイラク人5人が殺され12人が負傷し、グリーンゾーンにロケットが撃ち込まれ、5月18日にはイラク人5人が死亡し14人が負傷した。5月17日日曜日には、少なくとも20人のイラク人が殺され、21人が負傷している。例えば、バグダードのドラ地区にある喫茶店で爆弾が爆発したり、ファルージャ市内と周辺で55人が拘束されたり、ヒラで自分の車を運転していた教授が米軍兵士の攻撃を受けて負傷したりといった暴力が起きている。5月16日にはイラク人22人が殺され、28人が不肖し、バスラでは米軍兵士一人が殺されている。また、ナジャフ県では集団墓地から数百人の遺体が発見された。同じ日、サドル・シティでは迫撃砲により幼児が一人殺され、その母親と二人の兄弟姉妹も負傷した。その前日、5月15日には、ヒラでイラク人6人が死亡、9人が負傷し、英国の傭兵一人が殺され、5月14日にはイラク人8人と米兵1人が殺され、イラク人14人が負傷している。

5月9日には、イラク人3人が殺され11人が負傷したほか、米軍兵士2人が殺されている。本記事を書いている時点で、今月これまでに米軍兵士14人が殺されており、死亡した米兵数は4300人にわずか4人足りないまでになった。

本ウェブサイトで私が書いてきたいくつかの記事で示したように、マリキ政府が続けるサフワへの攻撃はイラクの状況を不安定化させる一方であり、週を追うごとに暴力は激化することになる。今やサフワの戦士たちはかつてない規模でポストを放棄しており、米軍は文字通り町町の境界を変更して、街から基地を動かさなくても地位協定を遵守するように企てており、オバマ政権は、イラクから本当に全面撤退する兆候も見せていなければ、イラクの人々に賠償を行う兆しもない。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 16:07| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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