2009年05月09日

暴力の土台を作る

再び悪化するイラクの状況。侵略と占領がそのもとにあるにもかかわらず、米国政府やメディアは「今、撤退するとイラクの平和はどうなるのか」などと言っています。
暴力の土台を作る
ダール・ジャマイル
2009年5月7日
DahrJamailIraq.com 原文

歴史が示すところではいつも、自分の国を占領する者たちに協力した人々は、結局、冷や飯を食わされるか、命を失うことになる。イラク占領もその例に漏れない。占領への協力、そして協力が運んできた有害な果実が、再び全面的に姿を現わし、歴史教科書に記載されるのを待っている。違いはと言えば、その速度が驚くほど速いことだけである。

5月5日、イラク軍がバシム・モハンマドを殺し、弟を拘留した。モハンマドはサフワのメンバーだった。サフハは主に元レジスタンスの戦士から構成される10万人規模のスンニ派民兵で、アルカーイダ・イン・イラクと戦わせるために米国が創設したグループだった。米国がこのとき金を支払ったことには、また同時に、占領軍への攻撃を沈静化する狙いもあった。

サフワには、治安部門か一般公務員として政府の仕事が提供されるはずだったが、裏切られた。約束通り仕事を提供される代りに、サフワのメンバーは一貫してイラク軍そして時には米軍の標的とされ、それによってサフワはアルカーイダの攻撃にも脆弱な立場に置かれた。その結果、彼らは給与が支払われていない治安関係の仕事を放棄し、アルカーイダに対する軍事作戦もほとんど止めた。予想通り、その結果、この数カ月にわたって私たちは、イラク軍と米軍に対する攻撃のゆっくりとだが着実な増加を目にしており、同時に、シーア派中心地域における大規模な自動車爆弾攻撃−一度に数十人が犠牲になる−の劇的な増加を目にしている。

当然ありうる解決策として、オバマ政権がバグダードにある傀儡政府に圧力をかけ、サフワを政府に取り込むという約束を実現させるように仕向けること、また、マリキ首相に圧力をかけてサフワとその指導陣に対する攻撃を止めさせることがある。

ところが実際には、モハンマドのようなサフワのメンバーは殺され、家族は拘留され、サフワへの攻撃が続いている。5月3日、イラク軍は、一触即発状態にあるサラハディン県でサフワ指導者の一人、ナディム・アル=ジュブーリを逮捕した。3月に、イラク軍はバグダード中心のファディル地区でサフワの別の指導者アディル・アル=マシャダニを拘留したが、それは米軍・イラク軍とサフワ舞台の間に衝突を引き起こし、その結果3人が死亡して、さらなる流血沙汰への舞台が開かれることとなった。

はっきりさせておこう。2006年半ばにサフワが結成されたとき、米軍は、サフワのメンバーのほとんどが元レジスタンスの戦士かアルカーイダのメンバーであることを知っていた。その時、彼らに対し、月300ドルの支払いを受け取り、占領軍への攻撃を止めると約束したら、イラク政府の報復から恩赦を与えられるとの約束がなされた。マリキ政府はサフワ結成の当初から、サフワに反対しており、元バアス党員だったりレジスタンスの戦士だったサフワのメンバー----メンバーの大部分を占めた----に対して報復手段を取ると好戦的な発言を行っていたため、この最後の点は重要だった。

サフワの指導者たちは状況に不満を訴えたが、ほとんど何も変わらなかった。サフワの指導者で元アルカーイダ民兵の指導者でもあったナディム・アル=ジュブーリは、5月3日に逮捕されたあと、記者団に対し、イラク警察が彼を逮捕したことは、昨年米軍との間に彼自身が署名した恩赦協定に違反すると述べた。自分の国を占領している者たちを少しでも信頼したのはアル=ジュブーリの不名誉である。ジュブーリはAFP通信に対し、「我々は米軍と停戦合意に署名した。また、裁判を免除される合意にも。それは、我々が米軍兵士の半分を殺したり、航空機を撃墜したにもかかわらず取り交わされた合意だった」。

明らかに、占領軍およびバグダードにある傀儡政権が約束を守ると彼は信じたらしい。ジュブーリがサラ・ペイリンのようにニュースを読んでいれば、実状をもっと知ることができただろう。お決まりの良い警官・悪い警官モデルに従って、米軍が良い警官を演じてサフワに免責と資金を提供する一方、マリキ政府は免責などありえないと誓って攻撃を始めたのである。ジュブーリがイラク政府に逮捕されたのち、米軍は声明を発表し、「逮捕状はイラク政府から出されているため、連合軍はこの件について何ら重要な役割を果たしていない」と語った。誰が約束を守ったのかは明らかである。

イラク全土で暴力は衰えることなく続いている。イラク軍がバシム・モハンマドを殺したその日に、40人近いイラク人が殺された。そのうち31人は、ディヤラ県でイラク軍に殺された「過激派の疑いのある者たち」(つまりサフワのメンバー)だった。

この72時間で起きた暴力のほとんどは、できるだけ多くのサフワ・メンバーを殺そうと全開状態のイラク政府の作戦によるものである。

5月4日、イラク人少なくとも15人が殺され、24人が負傷した。死者のうち4人は、バグダードのドーラ地区の警察官(つまりサフワのこと)だった(ドーラ地区の治安はサフワが担当している)。彼らは、検問所に投げ込まれた手榴弾で殺された。

その前日、ロンドンのタイムズ紙は、スンニ派の6つの民兵グループを代表する「イラク・レジスタンス政治評議会」の有力メンバーが「レジスタンスは現在、戦地に戻り、敵に対する攻撃を再会した。殺される連合軍兵士の数は増えている」と述べたことを伝えた。

このレトリックには自信過剰の要素があるが、イラクで殺される米軍兵士が増える傾向にあるのは確かである。先月、少なくとも18人の米軍兵士が殺されたが、これは米占領軍にとって昨年9月以来最悪の死者数である。これに加えてイラク人死者数も大きく増えていることから、先週イラク訪問から帰国したばかりの米国外交問題評議会議長リチャード・ハースは、次のように述べた。「依然としてイラク社会に複数の断層が走っているのは明らかである。私見では、イラクと米国は予定を調整し、2011年以降も数万人規模の残留兵力を維持する必要があるだろう」。

バグダード周辺および各地のサフワは、メンバーの半分が職務を放棄してレジスタンスに再び加わっていると述べている。別の報道では、75パーセントがすでに職務を放棄したという。

バグダードの南方、ヒラでは、5月2日、120人以上のサフワ・メンバーが首都の南にある数十の検問所の職務を放棄した。月々の給与を受け取っていないというのが理由だった。「4月分の月給を受け取るまでこのストは続く。サフワの中には3月分の給料も受け取っていない者がいる」。サフワ民兵の一人、ナザル・アル=ジャナビはAFP通信にこう語った。こうした状況は当たり前になっている。

特権を剥奪されたサフワのメンバーたちから構成される新たなレジスタンス・グループが再び勢力を整えるまでにはしばらく時間がかかるだろう。その間、米軍に対する攻撃は散発的なものにとどまるだろうが、その数は増えるだろう。そして、これまでずっとイラクにおける米国の壊滅的政策の矢面に立たされてきたイラクの人々は、毎週毎週何百人と命を落としつづけるだろう。

投稿者:益岡


posted by 益岡 at 09:35| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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