際限なく居座るための秘密計画
ハサン・アブ・ニマー
2008年8月27日
Electronic Iraq原文
イラクのアル・アワド地区にある学校に住みついている米軍兵士
アンマン発。2003年にイラクを侵略したのちに国連が後追いで与えたマンデイトが切れたあと、イラクにおける外国軍----基本的に米軍----の地位をどのようにするかをめぐって、イラクと米国の間で合意が見られたとの報道が先週あった。
報道は不正確であることがわかった。両者には、依然として重大な意見の相違があったのである。
問題の一つは、タイムリミットについてである。イラクは外国の部隊がすべて2010年までに撤退することを望んでいるが、米国はもう一年長く、2011年まで部隊を駐留させたがっている。さらに、米軍撤退は、都合のよい環境が整えばという条件付きで、しかもその条件を決めるのは米国自身となる可能性が高い。これはつまり、無際限の駐留を意味しうる。
もう一つの不一致は、イラク領内での米軍兵士の刑事免責に関してである。イラクは、米軍兵士に米軍基地内のみでならば刑事免責を与える意志があるようだが、米国が要求するような無制限の刑事免責は与えたがらない。無制限の刑事免責は、まさに、中東地域の国々に対して植民地支配国が要求してきた譲歩を思い起こさせる。
三点目は、ワシントンがしばしば繰り返すところだが、「時期尚早の」撤退は敗北と見なされ、さらに「テロリスト」の勝利とさえ見なされかねないという点である。これもまた、異様なものに聞こえる。米軍の侵略を受けるまで、イラクにテロリストはいなかった。「テロリスト」が現れたのは、戦争とそれに続く占領の結果である。ここには奇妙なジレンマがないだろうか? テロが侵略と占領に対するイラクの人々の反応だとすると、さらなる侵略とさらなる占領によってどうやってテロを打ち負かすことができるというのだろう?
この複雑な状況を理解するためには、状況と都合に応じて時間とともに変わってきた、戦争の目的に関する説明の長いリストを改めて見る必要がある。そうだとしても、そのほとんどは達成されたということになっている。
イラクには現在、大量破壊兵器は存在しない----ただし、事実として、そもそもの最初からそんなものは存在しなかったのだが。戦争目的の一つはこれでOK。サダム・フセインとバアス党を追放したことで、もう一つの戦争目的も達成。イラクの人々は弾圧と独裁から解放され、三つめの重要な戦争目的も達成したことになる。民主主義がイラクに導入されたことで、イラクそのものをめぐる最後の目的も実現された。だとすると、外国の軍隊がイラク駐留を続けたがるのは一体全体どうしてだろう?
名目としては、対テロ戦争を続けるため、ということになっており、そこに問題の核心がある。消防団を舞台に送り込むために放火するようなものだ。さらにそれだけでなく、消防自動車を帰車させないために、あらゆる手段を使って火を燃やしつづける必要がある。
イラクで本当の戦争が始まったのは、ジョージ・ブッシュ大統領が2003年半ばに「使命は達成された」と宣言したときだった。イラクで荒れ狂う暴力や混乱の進行と大規模な占領軍のイラク駐留継続とのあいだに直接の関係を見ることのできない者がいるなどとは想像しがたい。
撤退のタイムテーブルをめぐって論争になることは、米軍が無際限に居座るという隠れた思惑の存在を示している。
「最善のシナリオにしたがった場合でも、米軍の一部は恐らく、イラクおよびペルシャ湾岸地域の他の地域に残り、中東地域の産油国利権を守るという米国の決意をそれによって示すことになるだろう」と、レオン・ハダールは書いている(Antiwar.com、8月20日)。彼はさらに、「米国政府はイスラエルを強固に支持しつづけるだろう」と付け加える。
パレスチナ占領とイラク占領がますます似通ってきているのを目にすると、恐ろしくなる。想定されている合意のもとで、外国の軍隊の駐留を合法化し、イラクの都市や農村から撤退して軍事基地に駐留するという交渉も、お馴染みである。
オスロ合意もまた、占領下に置かれたパレスチナの人々に、無際限の占領を確実に認めさせることを意図していた。その際、地元に設置された治安当局が治安問題を扱うことで、占領者の重荷を軽減することになった。オスロ合意は、放棄されてはいないものの、15年間ずっと失敗し、悪化つづけさえしてきたにもかかわらず、イラクそしてアフガニスタンに同じ方法が適用されるのを見るのは奇妙である。この三拠点はすべて、民主主義と安定した政府、繁栄のモデルとなるどころか、地域全体に不安定さを広げ、世界中に暴力を広める大きな源になっている。外国部隊は「テロリズムに終止符を打つ」という不毛な目的を追求することで、それら地域に永遠に囚われることになろう。なぜなら、まさに外国部隊の駐留が、テロリズムを促しているのだから。
さらに、米国が主張するように、イラクが本当に主権を有しているなら、そもそもどうして交渉の必要があるのだろう?
イラクが2010年までに米軍の撤退を望んでいるのなら、その時までに米軍は撤退すべきではないだろうか? 占領の期間と条件をめぐって占領者と「交渉」しなくてはならないとすると、主権国家ではありえない。結局、パレスチナ人が気づいたように、占領は自己正当化の循環に入る。
米国は、イスラエルによる永続的なパレスチナ人弾圧を「対テロ戦争」に必要なものとして装いを新たにすることを認め、それによって、イスラエルのパレスチナ占領に対するパレスチナ人のレジスタンスはいかなるものもすべて単に「テロリズム」であり、したがってイスラエルはパレスチナ人が「テロを撲滅する」まで無期限に占領を続けることが正当化されるとした。
イラクの人々も、今から3年後、5年後もしくは10年後に、同じ状況に置かれていることに気づくのだろうか?
米国とイスラエルによるこうしたお決まりの振る舞いは、アラブとムスリムの人々数億人をさらに敵にまわし、中東の「改革」「民主主義」「平和」といった米国の主張の中身を暴き出す。
アフガニスタン、パレスチナ/イスラエル、ソマリア、その他多くの、「対テロ戦争」舞台のどこも、同様に見通しは暗い。
2001年9月11日に米国の人と町に加えられた恐ろしい攻撃のあと先頭に立って旗をふった米国は、当初、その大義に合流した同盟国の多くを失った。その後、「対テロ戦争」は膨大な不正義を生み、無関係の個人や国を害したため、信憑性も、何か目的があるというセンスさえも失われた。
テロリズムを根絶するどころか、その結果は、さらなる不安定と暴力、そして2001年9月10日や2001年9月12日の時点よりもはるかに大きな米国に対する敵意しかもたらさなかった。
新たな米国政府がこの政策を変更する期待はほとんど持てない。けれども、米国が中東地域の占領と介入、政治的策謀という害にしかならない政策を決定的に放棄しないならば、事態はさらに悪化するだろう。
本記事は、ヨルダン・タイムズに掲載されたものを、著者の許可を得て再掲したもの。
投稿者:益岡
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