2006年04月08日

南部で家を追放され援助を要する人々が増えている

家を追われた国内避難民について。ナジャフの郊外にいる8000人もの避難民の状況。

南部で家を追放され援助を要する人々が増えている
2006年4月5日
IRIN
Electronic Iraq 原文

バグダード発。南部の都市ナジャフで家を負われた家族がますます増え、食料供給と医療ケアが緊急に必要になっていると、地元の援助団体は語った。

「分離主義的暴力が続く中で、家を追われてナジャフに向かう人々の数は日々増え続けています。全員に必需品を供給するのが難しくなってきています」と、イラク南部で活動する現地NGOイラク兄弟援助会の報道担当ハッサン・デュレイドは語る。「国際援助組織と中央政府に、緊急の支援を求めます」。

デュレイドによると、首都バグダードから150キロ南にあるナジャフ郊外にいる追放された人々の数は、先週8000人に達し、それ以来数百人がやってきている。彼は、この数値には、ナジャフや近くのケルバラにいる親類の家に身を寄せた人々の数は入っていないという。

避難者の大多数はシーア派アラブ人で、バグダードや周辺の都市から暴力を逃れてきた。ほとんどの人は現在、ナジャフから25キロ離れたアル=カファルと呼ばれる一時的なキャンプに避難している。「毛布もテントも食料も医療ケアもなく、子どもたちは下痢や嘔吐などの深刻な問題を抱えている」とデュレイドは述べた。

難民移民省は、同省の災害部から特別チームを派遣して、状況を評価し、電力と水、医療ケアを提供して難民を支援しているところだと語った。けれども、地元の役人たちは、これまでのところなされた対処はほとんどないという。

「日々、問題が深刻化しています」とナジャフの上級政府職員アル・カダムは言う。「緊急の支援と資金が必要です。これまで送られた援助は十分ではありません。家を追われた人々の間に配分すると、各自が一カ月に手にするのは10米ドルにも満ちません」。この資金は、イラク政府が全国の家を追われた家族を支援するために割り当てた40万米ドルの一部である。

イラク赤新月社(IRCS)は、食料セットと調理器、テントを首都から毎週コンボイで運んでいる。けれども、カダムによると、それでも、家を追われた家族が生き延びるために必要なものを得るには十分ではない。

「家を追われた人々がちゃんとした状況で暮らせるために、他の組織からの支援が必要です」と、ナジャフで活動するIRCSのボランティアであるハイダル・アブドゥル=ラスルは語る。「子どもがお腹を空かせたり病気になったりしないことが最も大切です。残念ながら、多くの子どもたちがすでにそういう状況なのですが」。

一方、地元のいくつかのNGOが、IRCSと地元行政当局と調整しながら家族に水と食料を提供している。

宗教指導者のアピールがあったあと、ナジャフの住民は、ナジャフ郊外に暮らす家を追われた家族を助けるために募金集めのキャンペーンを開始した。「住民一人一人が家族に多少の食料を提供すれば、苦しむことはなくなるでしょう」とナジャフ住民マリアム・アリは語った。

www.IRINnews.orgに含まれる記事は国連の人道情報局IRINにより提供されている>が、必ずしも国連やその組織の見解を反映しているわけではない。IRINの情報はすべて無料で参照・報道できる。利用条件については、IRIN著作権ページを参照のこと。IRINは国連人道問題調整局のプロジェクトである。この記事は必ずしも国連やその組織の見解を反映しているものではない。著作権:IRIN2005。

投稿者:益岡
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2006年04月03日

イラク関係上映会・報告会2件

いずれも関東圏ですが、イラク関連で、『ファッルージャからの証言』ビデオ上映会(4月8日)、そして『小児がん・白血病とたたかうイラクの子どもたち』現地報告会(4月16日)とが予定されていますのでご案内します。

ドキュメンタリー映画上映会&トーク
 『ファッルージャからの証言』


 映像が語る、戦争の真実・・・・
  メディアが伝えない事実がここに・・・
    これが今のイラクの現実・・・

日時:2006年4月8日(土)午後6時〜8時30分
場所:かながわ県民センター304号室
参加費:500円
お話:小倉 利丸さん
  (富山大教員/アジア平和連合(APA)ジャパン/ピープルズプラン)

ファッルージャへの総攻撃

2004年11月5日、米軍は町一つを壊滅させるような攻撃を行ないました。ファッルージャが武装集団などのテロ行為の拠点になっているとして4月頃から空爆が行なわれていましたが、ザルカイゥが潜伏していることを理由に総攻撃を開始したのです。住民の犠牲は4〜6千人にのぼるといわれますが、町を封鎖し報道管制をおこなったために、メディアの取り上げ方も小さいものでした。昨年、一年以上経過してやっと国際法違反である白燐爆弾(化学兵器)がこの作戦に使われたことも明かになっています。

いまだ終わらないイラクの戦火

毎日のように自爆テロや戦闘が各地で起き、いまだに平和な日常をイラク市民は手にすることが出来ていません。戦争開始からすでに3年、ブッシュ米大統領は「大量破壊兵器」がなかったことを認めたにもかかわらず占領を続けています。小泉首相もまたブッシュ大統領支持の姿勢を続けており、サマーワの自衛隊撤退の時期をはっきりと示すこともできていません。

真実を語る映像 重い現実を受け止めて考えよう

アジア各国で活動する市民たちとの平和ネットワークを提唱する小倉さんに、最近の状勢を含めたお話を聞いて、平和なアジアを構築するために考えていきましょう。

主催:戦争反対・平和の白いリボン神奈


『小児がん・白血病とたたかうイラクの子どもたち』
佐藤真紀JIMNET(日本イラク医療支援ネットワーク)事務局長による最新現地報告

混迷を深めるイラク情勢
現地で多発する小児がん・白血病の子どもたちにとって、
医療の停滞は死を意味する…
私たちは彼らのために何をすべきか?
何ができるのか?
いま問われる市民としての役割り

3月下旬からのアンマンでの活動を終え、4月14日に帰国予定の佐藤真紀JIMNET事務局長が、小児がん・白血病とたたかうイラクの子どもたちの最新情報を報告します。

日時:4月16日(日)午後6時30分(6時開場)
場所:四谷区民センター集会室2・3
  (地図はCADUJP、JIMNET各サイトに掲載)
参加費:500円
お問い合わせ:cadu_jp_news@yahoo.co.jp
主催:CADUJP(劣化ウラン廃絶キャンペーン)
   http://www.cadujp.org/
協力:JIMNET(日本イラク医療支援ネットワーク)
   http://www.jimnet.net/

投稿者:益岡
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2006年04月02日

モスクでの戦争犯罪

3月26日、米軍がバクダードのシーア派モスクを襲撃し、22人を虐殺しました。少し古いものですが、関連記事を二つ紹介します。

モスクでの戦争犯罪
米軍兵士がバグダードのモスクで22人を虐殺

パトリック・コックバーン
CounterPunch原文
2006年3月27日

イラク・アルビル

東バグダードのモスクで米軍兵士が22人を殺し8人を負傷させた。これにより、シーア派コミュニティとのあいだで緊張が高まるだろう。警察によると、米軍は発砲を受けて報復したという。

ビデオ映像によると、アル=ムスタファ・モスクだとされる場所のイマームの住む場所の床に、銃による傷を受けた男たちの遺体が山となっていた。5・56mmの薬莢が床に落ちていた。これは米軍兵士が使用する銃弾のタイプである。白いアラブのローブを着た男性が泣きながら遺体のかたわらを歩いているのが撮されていた。

首相イブラヒム・アル=ジャファリの政党であるダーワの事務所で、ダーワの上級職員ハイダル・アル=オバイディは次のように述べた。「イラク人の命は安くはない。アメリカ人にとってアメリカ人の血が貴重だというならば、私たちにとってイラク人の血は貴重である」。

米軍はこの事件について認めることも否認することもしていないようだが、この1週間、イラク駐留米軍は、イラク人民間人を殺しておいて、それから殺されたのはゲリラだとか戦闘に巻き込まれたとか嘘をついたことで大きな批判を浴びている。

今回の射殺事件が起きたのは、民族主義的聖職者ムクタダ・アル=サドルのメフディ軍民兵が支配する地域で、殺された中には彼の運動に参加していた者もいるかも知れない。サドル地区の職員サラーム・アル=マリキは、負傷者が運び込まれた病院は、それから米軍に包囲されたと語った。

サドル氏の側近ハジン・アル=アラジは次のように言う。「米軍兵士たちは、祈りの最中にムスタファ・モスクに侵入し、20人以上の礼拝者を殺しました。米軍は礼拝者を縛り付けた上で射ったのです」。

この殺人により、米軍とイラクのシーア派コミュニティイラク人口の6割を占めるとの関係がもう一歩悪化することになるかも知れない。シーア派の指導者たちは、昨年12月15日、シーア派連合が275議席のうち130議席を獲得した選挙の成功を米国が剥奪しようとしているのではないかと恐れている。さらに人々の怒りを引き起こすかのように、米軍は、また、昨日、シーア派の支配下にある内務省の建物に侵入捜査を行った。そこが拷問センターとして使われていると誤って考えたためである。実際にそこにいたのは、スーダン人17人で、いずれも、居住法違反で法に則って拘束されたものであり、虐待を受けてはいなかった。

米国は、イラクが分離主義内戦に突入するのを回避するために挙国一致政府を作らせようとイラクの政治家たちに圧力をかけている。イラク駐留米国大使アルマイ・カリルザッドは、イラクの指導者たちに「イラクを分断する恐れのある争いを乗り越え」るよう求めた。バグダードとバクバでは、昨日、40人の遺体中には首を切り落とされていたものもあったが見つかった。長いあいだ政府を構成できずにいることは、シーア派・スンニ派・クルド人を分断する裂け目が深いことの現れであり、挙国一致政府が効果を持つ可能性はあまりない。昨夜の事件が起きる前から、シーア派連合は、米英の支援を受けたジャラル・タラバニ大統領による、ジャファリを首相から取り除くキャンペーンに対して怒りを表明していた。米英は、新政府の中に、イヤド・アラウィそしてスンニ派の政治家を入れたがっている。

「米英は、シーア派連合が選挙で躍進したことにショックを受けている」と政府結成交渉に参加したある人物は述べる。「それ以来、米英は、シーア派連合の分裂を期待していた。けれどもシーア派諸政党はジャファリのもとにまとまり続けた・・・・・・大アヤトーラ、アリ・アル=シスタニとハウザ[シーア派の宗教階層]がシーア派の団結を支持しており、イランもシーア派の団結を望んでいる」。

昨年1月30日の選挙後に結成された現政権は、シーア派とクルディスタンの連合である。あるクルド人オブザーバは次のように言う。「クルド人にとってすれば、スンニ派およびイヤド・アラウィの側につくのは自殺行為である。というのも、彼らは人口の6割を除外するだろうから」。

拷問センターの疑いのある場所に侵入捜査をするのなら、アブグレイブや米軍基地、グアンタナモ収容所や米国内の監獄を襲撃するというのも論理的には妥当な選択肢ですが・・・


モスク虐殺への怒り
シーア派は米軍に矛先を向けるかも知れない

パトリック・コックバーン
CounterPunch原文
2006年3月28日

イラク・アルビル

暴力が激化しつつあるの中、モスルで、自爆攻撃により40人の軍リクルートが殺された。37人が殺されたというモスクに対する米=イラク共同侵入攻撃に対してシーア派指導者が激怒していたときのことである。バグダード市内と周辺では、さらに21人の遺体が発見された。中には首に縄を巻かれた遺体もあった。

昨日、自爆攻撃が起きたのは、イラク=米共同軍事基地に近いリクルート・センターで、いつもながら、軍での仕事を求めて順番待ちをしていた失業中の若者たちが殺されるという悲惨な結果を生んだ。

ムスタファ・モスクでの虐殺米軍は16人の「ゲリラ」を殺したと主張し、シーア派は37人の非武装礼拝者が殺されたと述べているは、3年にわたるイラク危機の転回点になるかも知れない。スンニ派アラブ人が占領に抵抗していたのに対し、人口の6割を占めるイラクのシーア派は、これまで、おおむね米軍の占領に協力してきた。けれども、シーア派は、自分たちの連合が選挙で勝利を収めたにもかかわらず、米軍はシーア派に権力を持たせないようにしているとますます強く考えている。

シーア派指導者は、昨日、米軍は治安のコントロール全般をイラク政府に手渡すべきだと要求した。イラク首相イブラヒム・アル=ジャファリの上級報道官であり同盟者でもあるジャワド・アル=マリキは次のように述べた。「[シーア派]連合は、治安問題(のコントロール)をイラク政府の手に速やかに戻すよう求める」。ジャラル・タラバニ首相が「モスク攻撃を調査するイラク=米委員会を結成する」ことに米国が合意したと発表する中、シーア派は新政府結成交渉をキャンセルした。

モスクでの殺害を批判する人々の中には、イラク政府の最有力メンバーもいる。「シーア派のムスタファ・モスクに侵入し、礼拝者たちを殺すのは罪であり、恐ろしい侵害だと私は思います」と、内務相バヤン・ジャブルは、アル=アラビヤ・テレビに語った。「夕方の礼拝を捧げるためにモスクの中にいた罪のない人々が殺されたのです」。

米国は今や、イラクのシーア派1500万人の抵抗に直面している。バグダード市長フセイン・タフアンは、バグダードの評議会は米軍および外交使節団との関係を断絶したと述べた。「アル=ムスタファ・モスクへの卑劣な攻撃が理由です」と彼は言う。

米軍報道官は、モスクに侵入したことを否定したが、現場を訪れた記者団は、虐殺の場所はシーア派モスク敷地の中だったと語っている。地元警察は、最初に米=イラク共同パトロールに対する発砲があったが、それはモスクの中からではなかったと述べた。彼らは、シーア派指導者の言うように、死者の全員警察は犠牲者を22人としている全員が、夕方の礼拝のためにモスク敷地の中にいた人々であり、銃を持っていた者は一人もいなかったことを確認している。

米=イラク特殊部隊は、民族主義的聖職者で多数の信奉者を持つムクタダ・アル=サドル師への忠誠が強い地域をパトロールしていた。あるイラク人政治学者は次のように言う:「今回のモスクでの事件は、アメリカ人がムクタダ・アル=サドルの力を弱めようとしてやったものだ。アメリカ人たちは、地上で最も強いのは自分たちだということを示したがっている。けれども、これによりイラク人のサドル師支持が促されるだろう」。

米軍は2004年にサドル師の民兵と2度戦っているが、それはサドル師の人気を高めただけだった。

シーア派は、選挙の結果に反する構成の挙国一致政府をシーア派に受け入れさせようとしている米国に、すでに疑念を抱いている。アラウィの政党は、275議席の議会でたった25議席しか獲得しなかったにもかかわらず、米英と湾岸のアラブ諸国は、イヤド・アラウィをイラク政府の有力な位置に置きたがっている。米国は、今や、シーア派イラク軍と警察のほどんどはシーア派コミュニティ出身であるの敵意に直面する見通しである。

投稿者:益岡
posted by いけだ at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする