2006年04月30日

5月21日東京:『イラクに咲く花』−見る、聞く、知る、イラクの今と私たち

5月21日、東京の明治大学リバティタワーにて、イラク支援を行う個人・団体の共催による現地の紹介イベントがあります。

『イラクに咲く花』−見る、聞く、知る、イラクの今と私たち

 たくさんの夢があり、生活がある。
 お母さんがいて、あかちゃんがいる。
 青空は広がり、花も咲く・・・
 そんな当たり前の生活が失われつつある国、イラク。
 この国のことを、もっと見て、聞いて、知ってみませんか?

と き:2006年5月21日(日)10時〜19時
ところ:明治大学 リバティタワーB1階 1001教室
   (東京都千代田区神田駿河台1−1)
    http://www.meiji.ac.jp/campus/suruga.html
    →JR御茶ノ水駅、御茶ノ水口より徒歩3分
    →地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅B1出口より徒歩6分
参加費:無料(開場時間中はご自由に各上映作品・ブース展示をご覧いただけます)

イラク支援を行う個人や団体が集まり、現地での活動を写真などでご報告します。会場では、普段なかなか見ることのできないドキュメンタリー映画の上映に加え、映画監督、ボランティア、NGO関係者による熱いトークセッションがあります。イラク・ティー(チャイ)やアラブ・ポップミュージック映像、イラク現代アートなどもお楽しみいただけます! 

イラクを知り・感じる一日です。ぜひ足をお運びください。

映画上映・トークセッション
11:0011:22『IRAQ WAR』(04年 池上宗徳 当日参加予定)
11:4012:42『イラクニ接近ス』(05年 谷澤壮一郎 当日参加予定)
13:1513:45『アッバース君が6歳で死んだ理由』(05年 田保寿一)
14:1515:00 トークセッション・1 〜監督から見たイラク支援〜
15:3016:25『ファルージャ2004年4月』(05年 土井敏邦)
17:0017:33『ファッルージャからの証言』(05年撮影イサーム・ラシード)
17:4518:45 トークセッション・2 〜私たちにできることは?〜

【共 催】
イラクホープネットワーク
明治大学軍縮平和研究所

【出展団体・個人】
イラクの子どもを救う会
日本イラク医療支援ネットワーク(JIM−NET)
セイブイラクチルドレン札幌
セイブ・イラクチルドレン・名古屋
セイブ・ザ・イラクチルドレン広島
高遠菜穂子
NPO法人 PEACE ON
NPO法人 日本国際ボランティアセンター(JVC)
NO DU ヒロシマ・プロジェクト
ピースボート
BOOMERANNET
平和市民連絡会
細井明美
劣化ウラン廃絶キャンペーン
ほか

ボランティアスタッフ募集!
当日の会場準備等のお手伝いをしてくださる方を募集しています。
下記アドレス(イラクホープネットワーク)までご連絡ください。
infoiho@iraqhope.net

投稿者:益岡
posted by いけだ at 09:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 各種イベント・映画など

2006年04月29日

イラク戦争の費用はどのくらいなのか?

米国の戦争費用。ただし、米軍が殺したイラク人やアフガニスタン人、破壊したイラクやアフガニスタンの施設については言及していない。

本当のところ、イラクに米軍兵士は何人いるのか?
イラク戦争の費用はどのくらいなのか?
ウィンスロー・T・フィーラー
2006年4月28日
CounterPumch 原文

議会調査サービスは、つい最近、イラクとアフガニスタンの戦争に関するこれまでの費用と今後見込まれる費用についての新たな報告を発表した。現在議会が、新たな緊急追加予算これにより2006年の年次予算支出が決まるを審議している中、戦争費用は、今年末までに最大4390億ドルになると見込まれる。けれども、それは氷山の一角にすぎない。詳細は以下で述べる。報告書の全文はwww.cdi.org/smrpで手に入る。

議会が、イラクとアフガニスタンで続けられている戦争の費用をまかなうために710億ドルの緊急追加支出を承認するならば、戦争費用の総計は4390億ドルになると、4月24日に議会調査サービス(CRS)が発表した報告は述べている。イラクでの戦争に、3200億ドルが費やされ、アフガニスタンで890億ドルが費やされることになり、260億ドルが、合州国内および上空での、戦闘部隊による航空パトロールを含む治安強化に使われる。

国防省(DOD)は、イラクにおける一月あたり費用の「燃焼率」を64億ドル、アフガニスタンのそれを13億ドルと推定している。CRSは、DODの推定が、疲弊した装備を取り替える費用や、現場の施設をアップグレードする費用を含めていないと指摘している。それらおよび他の付加的費用を追加すると、月あたりの「燃焼率」はイラクで81億ドル、アフガニスタンで16億ドルとなり、合計で一カ月99億ドルとなる。

議会予算局(CBO)は、今後の費用を予測し、2007年から2016年までの追加費用の総額を3710億ドルと推定している。それにより、総計は8110億ドルとなる(CBOによるこの推定は、年間戦争費用がほとんど即時に減少すると仮定しているが、ピークを過ぎたかどうかは実際には疑問である)。

DODの計算方法も、あいかわらず問題含みである。CRSが、「追跡できない」とした71億ドルは追跡されないままである。CRSはそれに加えてさらに40億ドルの「追跡できない」費用を発見したようである。

さらに、DODの戦争費用に関する報告は不完全で、費用を200億ドル以上、少なく述べている。というのも、DODの戦争費用算出体系では、支出のうち除外される種類のものがあるからである。

DODはまた、疲弊した装備を新たにしたり修復したりするために要する費用の総額推定の提供を拒否している。

軍「内部」の「資産」費用が360億ドルになるという推定をめぐる議論はこれまでにあった。海兵隊は自分たちの資産を117億ドルと見積もっている。けれども、これらの推定は包括的なものではなさそうである。

イラクに派遣されている兵士の数に関して公開されている推定人数には、クウェートをはじめとする中東地域で後方支援を行っている人数を含めていない。CRSは、2005年9月に「イラクの自由作戦」で派遣された兵士数の合計を26万人と推定している。

イラクに派遣された兵士一人当たりの費用は、年間35万5000ドルから36万ドルである。この数値は2003年以来増加している。

ウィンスロー・T・フィーラーは「The Wastrels of Defense」の著者。

属国日本の米軍施設移転や維持費用を日本にもたせたがるのも理解できます。

投稿者:益岡
posted by いけだ at 10:35| Comment(1) | TrackBack(0) | イラク全般

2006年04月27日

女性たちはサダム支配下でのほうが尊重されていたと、女性団体はいう

米軍占領下イラクの「新政権」のもとで女性たちが置かれた状況。国連IRIN報告により、女性団体の調査報告の紹介。

女性たちはサダム支配下でのほうが尊重されていたと、女性団体はいう
2006年4月13日
IRIN
Electronic Iraq 原文


(IRIN)

バグダード発。地元の人権NGOが最近調べたところによると、女性への態度はサダム・フセイン時代のほうが現在よりも良好であり、女性の権利は今よりも尊重されていたという。

「私たちは、調査のために、この国の女性たちとインタビューし、ジェンダー問題を扱う地元NGOと面会しました。それを通して、女性の生活のクォリティと女性の権利尊重について尋ねたのです」と、バグダードを拠点とするNGO女性自由組織のセナル・ムハンマドは語る。「その結果、女性たちは、前政権時代と比べて現在のほうが尊重されておらず、女性の権利が奪われていることが示されました」。

この調査によると、フセイン政権時代、女性の基本的権利は憲法で保証されており、さらに重要なことに、尊重されてもいた。そして、女性が政府の要職にいることもよくあった。現在は、女性の権利は憲法に記されてはいるものの、活動家たちは、実際には、ほとんどすべて女性の権利は失われたと批判する。

女性団体は、その理由として、新政府の多くのメンバーが女性の役割について保守的な立場をとっていることをあげる。「女性の代表がもっと議会に必要だと政府に伝えると、政府は、十分な資格のある女性がいつか現れるならばそれを拒絶しはしないというふうに答えるのです」とセナルは言う。「それから、私たちに嘲笑を浴びせます」。

政府関係者たちはこれに同意せず、女性の政治的見解は尊重されており、前政権時代よりも現在のほうが女性たちはよりよく代表されていると語る。

一方、女性活動家たちは、この調査の結果に同意している。

「2003年、米国率いる侵略の前、女性は自由に学校、大学、職場に行って、仕事をすることができました」とセナルは続ける。「今では、安全上の問題と政府の弾圧のために、女性たちは家にいることを余儀なくされています」。

2005年10月に承認された新憲法では、シャーリ[イスラム法]が国内法の基本的なもととなっている。けれども、セナルによると、政府内の人々と一部の宗教指導者たちがシャーリを変な風に解釈し、その結果、女性の権利がしょっちゅう否定されることとなっている。このことは、とりわけ離婚問題についてあてはまると彼女は言う。

この調査実施を手伝った別のNGO(ただし安全上の問題から匿名を希望した)の報道官イマン・サイードは、宗教指導者の中には、女性はベールをかぶるべきだと主張し始めた者もいると語る。「たくさんの夫たちが、今や妻にベールを強制しています。シャイフ[教主]がそう言うからというだけでです」とイマンは言う。

宗教指導者の中には、ベール着用はムスリム女性の義務であり、セクト的暴力があるから女性は家にいて子どもたちの世話をすべきだとと言う者もいる。

「女性たちは家にいて家族とともにいなくてはならない。政治への参加は子どもから女性たちを遠ざけてしまう」と、バグダードのあるモスクの宗教指導者であるシャイフ・マルーフ・アブデル・カデルは言う。

女性たちは人口の約60%を占める。しかしながら、議会で25%の議席を女性が占めてはいる者の、彼女たちが政府要職につくことはほとんどなく、政治的議論への女性の参加がまじめに取られることもあまりない。「米軍がイラクに来たとき、女性の声が聞かれるようになる点では大きなチャンスだと思いました」とセナルは言う。「けれども、それは間違っていました。逆だったのです。そして、日一日と、私たちは足場を失っています」。

調査はまた、2003年以来、イラク人女性の中で失業率が上昇していることも明示している。「女性の失業率は、今や、男性失業者の二倍にのぼります。また、女性の貧困も増加しました」とイマンは言う。「さらに、寡婦の数はすでに[1980年代の]イラン=イラク戦争のために高かったのですが、米軍の侵略以来、さらに増加し、状況はいっそう悪化しました」。

調査を行った人々は、米国政府および国際組織に、イラク政府に対して女性をもっと意志決定の地位につけるよう圧力をかけることを求めた。「現在の指導者たちは、私たち女性が大統領や副大統領になりうるなどと考えていません。女性はそうした要職にはつけないと行っているのです」と、この調査を助けたバグダード大学のシャムス・イェヒア教授は言う。「私たちは、すべての団体に、イラク政府に私たちの権利を返すことを求めるよう要求します」。

www.IRINnews.orgに含まれる記事は国連の人道情報局IRINにより提供されているが、必ずしも国連やその組織の見解を反映しているわけではない。IRINの情報はすべて無料で参照・報道できる。利用条件については、IRIN著作権ページを参照のこと。IRINは国連人道問題調整局のプロジェクトである。この記事は必ずしも国連やその組織の見解を反映しているものではない。

投稿者:益岡
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2006年04月25日

戦火のイラクから:綿井健陽さん報告会

綿井健陽(わたい・たけはる)さんのイラク報告会「戦火のイラクから」が、名古屋で開催されます。

●2006年5月14日(日) 13:00〜16:00
●名古屋市博物館 講堂
(地下鉄桜通線「桜山」下車、4番出口から徒歩5分)
●資料代:700円
●共催:
有事法制反対ピースアクション
名古屋YWCA
自衛隊イラク派兵差止訴訟の会

「自衛隊のイラク派遣は海外派遣恒久法案の成立へ向けての活動の既成事実と隊員の実績・経験を作り出し、そして「新憲法」での「自衛軍」体制への道筋をつけたことが最大の「派遣成果」かもしれない。」(『DAYS JAPAN』2006年4月号 綿井氏の文章より)

●綿井健陽さん=1971年大阪府出身。
ジャーナリスト。

これまでに、スリランカ民族紛争、パプアニューギニア津波被害、スーダン飢餓、東ティモール解放闘争・アチェ独立紛争、マルク諸島(インドネシア)宗教抗争などを取材。01年には米国同時多発テロ事件後のアフガニスタンを3ヶ月渡り取材し、各局ニュース番組で現地から中継リポートを行った。03年3月〜4月にかけては空爆下のバグダッドから、映像報告・中継リポートを行い広く映像が流れた。雑誌掲載記事では、「週間金曜日」「AERA」「中央公論」「創」など。共著に「アジアの傷、アジアの癒し」(風媒社)、単著「リトルバーズ 戦火のバグダットから」(晶文社)がある。(1971年大阪府出身。ジャーナリスト。「イラク戦争報道」で、2003年度ボーン・上田記念国際記者賞〔ボーン・上田賞〕特別賞受賞)監督作品「Little Birds〜イラク戦火の家族たち」は各地で上映会開催中。DVDも発売中。2005年7月、イラクとサマワと、2006年3月にバグダッドで取材。
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2006年04月19日

「イラク人を殺す10の理由」 by Brian Whitaker

2004年から現在までの具体的事例を短時間で振り返るのによい記事がありました。ガーディアンのComment is free ... (but facts are sacred) という、ブログ形式での論説記事集のページから。

記事を書いたブライアン・ウィテカーは、ガーディアンの中東部門のエディターです。「中東情報リンク集」のようなサイトを運営してもいます。(詳細は下記の名前のところをクリックしてください。)

イラク人を殺す10の理由
Ten reasons to kill an Iraqi
April 18, 2006 04:07 PM
Brian Whitaker
http://commentisfree.guardian.co.uk/brian_whitaker/2006/04/ten_reasons_to_kill_an_iraqi.html

1. その人物がスンニ派だから。

2. その人物がシーア派だから。

3. その人物がクリスチャンだから。

4. その人物が警官だから。

5. その人物は教育省の役人だから。

6. その人物が大学で教えているから。

7. その人物が理容師で、散髪のやり方が気に食わないから。

8. その人物はゲイかもしれないから。

9. その人物のファーストネームが気に入らないから。

10. その人物がパンを買いに出かけたから。


【ブライアン・ウィテカーがリンクしている記事の簡単な説明】
1.「スンニ派」
→ Iraq Sunni party workers killed, Friday, 19 August 2005, 17:14 GMT
(モスルでスンニ派の「イラク・イスラム党」の党員3人が拉致され銃殺された。この前の日にはラマディで会議中のスンニ派指導者たちが襲撃され、数人が負傷した。)

2.「シーア派」
→ Dozens die in Iraq mosque attack, Friday, 7 April 2006, 17:55 GMT
(金曜礼拝のバグダードで最も重要なシーア派モスクに自爆者が3人。85人死亡、160人負傷。)

3.「クリスチャン」
→ Twelve killed as bombers attack Christians in Iraq, Monday August 2, 2004
(バグダードとモスルで、日曜の夕方の礼拝の教会に自動車爆弾。初期段階で確認できているだけでバグダードで死者11人、負傷者50人超。モスルで死者1人、負傷者11人。)

4.「警官」
→ 9 Killed in Attack on Iraq Police Convoy, Friday April 14, 2006
(タジの米軍基地で新たな車両を受け取ってナジャフに向かう警察の車列を反乱者が攻撃。9人死亡、数十人の安否不明。)

5.「教育省の役人」
→ Public servants pay the extremists' price, June 14, 2004
(出勤しようと家を出た教育省の部長をガンマンが襲撃、部長は病院に搬送されるも死亡。前日には外務省の事務次官が襲撃され死亡。)

6.「大学の先生」
→ Academics become casualties of Iraq War, Mar 9, 2006
(2003年の侵略開始からこれまでに殺害された大学教授や学識者は182人、との調査結果。拉致されたり殺されそうになったのは、この182人とは別に、85人。)

7.「理容師」
→ A Haircut in Iraq Can Be the Death of the Barber, March 18, 2005
(バグダードで、切ってもらった髪が気に入らないと、ガンマンが覆面をして店に戻って発砲、理容師とその妻、客1人が死亡。)

8.「ゲイ」
→ Death squads targeting gays in Iraq, 03/25/0603/27/06
(先日BBCの記事を紹介しましたが、ここでブライアン・ウィテカーがリンクしている記事はゲイ・ライツ運動の情報誌Advocateの記事で、民兵組織がゲイの男性たちをいかにして「標的にする」のかなどの詳細が書かれている。)

9.「ファーストネーム」
→ Killed for the sake of a name, 02 April 2006
(バグダードで発見された14体の若い男性の銃殺体、全員の胸にきちんと置かれたIDカードで、全員がスンニ派の偉人にちなんだ「オマール」という名前であることが一目瞭然。)

10.「パンを買いに」
→ Nine die in Baghdad bakery attack, Friday, 11 February, 2005
(バグダードのシーア派・スンニ派の混ざり合った地域のパン屋で、覆面をしたガンマンが乱射、9人死亡。)

*****

ブライアン・ウィテカーのこの「10の理由」は、「セクタリアン・ディヴァイド(sectarian divide)」なるもののばかばかしさ(それはばかばかしいだけに恐ろしいものでもありますが)に焦点が当てられています。

だから、これら10の項目からすっかり抜け落ちているものがあります。「包囲した都市の市街にいたから」「男性だから」「それっぽく見えたから」「こっちに歩いてきたから」「あんなところに立っていやがったから」「アメリカ人の身体言語を理解せず停止しなかったから」「ザルカウィの隠れ家だと確実な情報のもたらされた家にいたから」など。「夜、家で寝ていたから」「車を運転して帰宅しようとしていたから」ってのもあるかもしれませんね。

あ、「そっちはどうだか知らんが、こっちが誤ったから(mistake)」が一番多いかも。


投稿者:いけだ
posted by いけだ at 21:37| Comment(3) | TrackBack(0) | イラク全般

バグダード、アダミヤ地区で戦闘

バグダードのアダミヤ地区(アブ・ハニファ・モスクなどのあるスンニ派のエリア)が米軍とイラク軍によって封鎖され、激しい戦闘が続いている。ブロガーのZeyadらがアダミヤにいる。

報道記事は下記URL(はてなブックマーク)にクリッピングしてある。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/Adhamiya%20April%202006/

これを詳細に報じているのはアメリカのメディアがほとんどで、英国のメディアではスコットランドのヘラルドやスコッツマン、およびFTのみで、全国紙は報じていない。(<私が確認した時点では。)

そのヘラルドは、Ethnic cleansing fears fuel clashes in Baghdadという見出しの記事で、この戦闘のことを次のように伝えている。

Yesterday's exchanges left two gunmen dead and six people, including civilians, wounded. At least five insurgents died and two Iraqi troops were hurt in fighting on Monday.

US officials said the gunmen were insurgents, but residents said the gunmen were locals who feared Iraqi troops were working with Shi'ite death squads to kidnap and kill Sunnis.

昨日(=火曜)の交戦で2名のガンマンが死亡、一般市民を含む6名が負傷した。月曜日の交戦では少なくとも5名の反乱者が死亡し、イラク兵2名が負傷している。

米軍将校はガンマンは反乱者だとしているが、住民たちはガンマンは地元住民で、イラク軍がシーア派の死の部隊と共同してスンニ派を誘拐したり殺害したりするのではないかと考えた者たちだと語る。


BBCは、1日前の「バグダードでまた射殺体」という記事の見出しを「米軍がバグダードの戦闘に」と書き換え、内容も「また射殺体」の記事のトップに「バグダードの戦闘」を書き加えて全体を整えている。(まさかあの記事がこういうふうに書き換えられるとは。)

日本のメディアは伝えていない。Yahoo(下記キャプチャ)のほかにasahi.comも見たが、どこも伝えていない。

19april_news1
※これで最大サイズです。文字が読みづらくてすみません。

私のRSSリーダーに登録してある70件ほどのイラクのブログのうち、今回のアダミヤ封鎖攻撃について書いているのは、今のところ2人:

1)http://truthaboutiraqis.blogspot.com/2006/04/...
the Truth about Iraqisは17日から18日にかけて(日本時間:彼のブログの表示時刻はアメリカ時間だと思う)西側の報道記事をベースに何本か記事を書いている。

2)http://healingiraq.blogspot.com/archives/2006_04_01_...
イラク・ブロガーの最古参組のひとり、Healing IraqのZeyadが、アダミヤ地区にいる。彼の記事を要旨だけ。

おばを訪ねてアダミヤに来たのだが、日曜日の夜から動きが取れなくなってしまっている。ニュースで報じられていると思うが、日曜日の夜、アダミヤでは激しい戦闘が起きた。これは、警官の制服を着て武装した集団(アダミヤ地区に入ろうとしていた)と、アダミヤの住民との間の戦闘だった。

アダミヤ地区は封鎖されていて、誰もこの地域から出たり、この地域に入ったりすることができない。この48時間、電気は通じたり通じなかったりだ。うちの発電機は、今朝の戦闘でひどくやられてしまった。

ダイヤルアップでつないでいるのでつなぎっぱなしにはできない。明日の夜まではブログの更新はできないと思う。明日の夜までには何とか落ち着いてくれればと思うのだが、現在は非常に緊迫している。

posted by Zeyad : 4/18/2006 11:59:00 PM


以上、取り急ぎ。

投稿者:いけだ

追記:
Nabil(薬学部の大学1年生)もアダミヤにいるような雰囲気。日付がずれている(18日の投稿で、「おととい」が15日だ)のは、単にブログの表示時間が米国時間になっているせいかもしれないのだが、停電やタイプする時間や気力がなかったなどの事情なのかもしれない。そこまではわからない。

*要旨

家から出られなくなって2日になる。おととい(土曜日)の夜11:30ごろに就寝したのだけれど、午前1:00ごろに銃弾の音で目が覚めてしまった。銃撃はとても激しかった。道路を渡るときに空に向けて撃っているから、ING(イラク国家警備隊)ではないかと思った。それはその通りだったのだけれども、INGは道路を渡っているのではなかった。道路に陣取っていたのだ。INGとレジスタンスの戦争に違いないと思ったのだけれど、銃撃の音から考えると、彼らはどこか他の場所を撃っている。戦争なんかじゃない・・・彼らは人々を、通りに並ぶ商店を撃っている。電線の鉄塔を撃ち、電話線を撃っている。標的などない。目に入るものなら何でも、彼らは撃っている。なぜそんなことをしたのか、今もわからない・・・。

でもとにかく、彼らはこの地区を破壊するためだけにそうしたのはわかる。卑しい連中。これは怠惰な政府の責任だ。政治家という政治家はみなろくでもない連中ばかり。議員の座を争うだけで、イラクの人々のことなど気にかけていない。この国は破壊されてて、こんなところで生きてくなんて無理。

posted by Nabil @ 10:28 PM
Tuesday, April 18, 2006


追記2(19日午後7時ごろ):
Baghdad Treasureが、April 17, 2006 at 10:31 AMのポストと、April 18, 2006 at 12:00 PMのポストにアダミヤのことを書いていました。RSSの読み込みがうまく行っていなかったのか、私が見落としたか。。。

***17日のポストの要旨***

昨晩も眠れなかった。暑いのに電気がないから扇風機なしで。いや、眠れなかったのは扱ったからではなく、アダミヤの中心部で衝突が起きたからだ。いつもとは違って、絶え間なく続く銃声、しかも重い爆発音までしている。戦闘が始まったのは深夜1時ごろだった。幸いなことに僕の住んでいる地域は離れているので今こうしてブログを書けているけれど、今この瞬間まで、衝突はまったく止まらない。仕事に出かけるときにもかなりこわかった。母は会社に電話してお休みしなさいと言う。父は回り道をしていけと言う。結局何とかなったけれど、それでも恐ろしい状況であることに変わりはない。近所の人たちの中には子供に学校を休ませた人もいる。アダミヤの親戚から、一帯が封鎖されたよと電話がかかってきたと言う人もいる。

8時に会社に着いて、まさに戦闘が勃発した地域に住んでいる友人に何とか連絡を取ろうとしたが、固定電話もだめだし携帯も回線がダメでつながらない。午後2時になってようやく固定電話で連絡が取れた。「いやーひどい夜だった! 戦争中でもあんなことはなかった。」声の様子から、彼も家族も一睡もしていないようだ。爆発音が聞こえてくると次々と部屋を移って回ったという。「隣の家に迫撃砲が落ちた。幸いなことに家族は全員無事だったのだけど、うちにも迫撃砲が来るかもと思うと。」

アダミヤの住民はほとんどがスンニ派で、サマラのアスカリ聖廟の爆破のあと、住民たちが武器をとって地域を守るようになった。内務省の治安部隊もアダミヤの中には入れない。入れるのはイラク軍だけだ。内務省に属していると言われる死の部隊が入ってきたら、シーア派住民を誘拐したり殺したりするのではないかと考えているのだ。ちょうどバグダード西部のスンニ派地域で起きていたように。アダミヤでは反乱者と住民たちが軍と話をつけた。むちゃくちゃに襲わない限りは自警は自由にしてよいということになった。

「つまり、住民はまずは武装集団に対して戦った。イラク軍が銃声を聞いて駆けつけ、軍が武装集団と戦った。そのころには住民たちは家に入り、米軍がイラク軍の要請で後援に入った」というのが友人の話である。

住民たちはこわくて外には出られないし、状況がどうなっているのかもわからない。「中心部の通りで何体かの死体を見たという友人が何人かいる。武装集団の死体だったという話だ。」

APの報道では、一般市民が少なくとも1人死亡し、7人が負傷している。

この数週間、バグダードでは反乱者の活動が活発化している。政治家は地位を争うばかりで、今日予定されていた国会も流れた。毎日何十人というイラク人が自動車爆弾やら路肩爆弾やらで殺されている。1日に少なくとも5人、関係のない人が死体になって発見されている。

今週、バグダードは世界で3番目にQoLが低い都市だという報道をバグダードの新聞で読んで、気分がへこんだ。【IRINでは「最悪」と書かれていますが、同じMHRCによる調査です。】

しかし今朝のサンデー・タイムズの報道には笑い死にするかと思った。今タイプしながらまだ笑ってるくらいだ。「米軍は、新政府が発足したら、イラク軍と合同で『第二次バグダード解放』を計画している」っていうんだから。マジで笑えるでしょ。イラクが完全に「解放される」まで、連続シリーズで「解放」してやるのでイラク人も楽しいだろう、ということですか、そうですか。次は誰の彫像を引っ張り倒すつもりだろう。サダムの後に据え付けられたハキムのか。

***18日のポストの要旨***

今朝、目覚まし時計ではなく銃声と爆発音で目が覚めたのだが別に珍しいことでもなし、シャワーを浴びて朝食を取った。銃声と、レバノンの歌姫Fayrouzの歌声のミックスがBGM。母はいつものごとく仕事に行くなと言う、僕はいつものごとく、いや行くと言う。家を出たときにはまだ激しい銃声がしていた。

昨晩は静かだったのに、今朝7時ごろに衝突が発生した。アダミヤの近くの地区の政府機関に勤めている友人は、出勤途中にクフィーヤをまいてRPGを持った男を見た、2人はいたと言う。血まみれの死体が乗せられた警察のピックアップも3台見たと言う。警官の制服を着た死体もあれば、冬用の毛布にくるまれた死体もあった、と。

アダミヤ近くのNidaモスクのあたりに住んでいる別の友人からたった今メールが来た。「うちのへんでは朝から今までずっと激しい銃声がしている。いまも離れたところで銃声がしているし、サイレンがわんわん鳴ってる。音から判断すると、あれは大口径マシンガンだろう。」

また何かあれば更新します。


一方で、このエントリのコメント、4/19/2006 12:12 PMによると

おかげさまでアダミヤはもう大丈夫。今朝電話をした友人は仕事に出かける途中だったし、道路の封鎖も解除され、外出禁止令も解除されている。今朝は子供たちも登校した。


……というわけで、アダミヤはもう落ちついたようです。

Zeyad(healingiraq.blogspot.com)の更新はまだですが、さっきまであったコメント欄が消えた、と思ったら現れた、ということがつい2分ほど前にあったので、設定を触ってるのかな、とにかく彼も無事だろうと思います。

Nabilの更新もまだですが、家の外に出た様子はないし、無事でいることと信じています。

一方で、アダミヤ封鎖と同時に報じられたラマディ攻撃ですが、私もいっぱいいっぱいで記事は拾えていません。

北米のブロガー、Madtomさんがラマディについてのボストン・グローブの記事を紹介しているので、ご参照ください。
http://thisfuckingwar.blogspot.com/2006/04/marinesrepelassaultiniraq.html

どうやら、ラマディにいる米軍の部隊のご家族・ご友人にも状況が伝わっておらず、みなが情報を探して必死になっているようです。
posted by いけだ at 13:25| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般

イラクの同性愛者たちは今。

このことが大メディアの記事で取り上げられたのは初めてかもしれません。(個人のブログでは関連する記述があったかもしれないけれども。)BBC、4月17日付け。

Gays in Iraq fear for their lives
By Michael McDonough
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4915172.stm

*要旨

「もうゲイであることがいやになりました。パンを買いに出ると怖いと思うし、ドアベルが鳴れば僕をやりにきたのだと思うのです」と語るフセインさんの抱く恐怖は、イラクの男性同性愛者たちに共通したものである。

米国主導の侵略以降、男性同性愛者たちはその性的指向ゆえに殺されている、と彼らは言う。サダム・フセインが政権を追われて以降、暴力が増大し、宗教指導者や民兵組織が影響力を増しているためだと。

イスラームでは同性愛を罪(sinful)と考える。シーア派のアヤトラ、シスタニ師の名前で運営されているウェブサイトには、同性愛者は死刑にすべきとある。モラルの問題を扱ったコーナーに「ソドミーを行なうものは、最も苛烈なる方法で殺されるべきである」と書かれているのだ。サイトの英語版にはこの記述はない。イランのクオム(Qom)で制作されているアラビア語版に書かれているのだ。

BBCではシスタニ師の代理人のセイエド・カシュミリ(Seyed Kashmiri)に説明を求めた。メールでの回答には「男性同性愛者も女性同性愛者も、行為1度だけで殺されるというわけではない。この刑罰が行なわれる際には法学者が判断する。おそらくほかの宗教(heavenly religions)でも同様であろうが、法学者の判断は神学に基づいてなされる」とあった。

イラクでは殺害や誘拐が広がっていて、流血の多くが宗派間の緊張や反米反乱と関係している。しかしBBCの取材に応じたイラクの同性愛者たちは、性的指向のために標的にされているのだ、と語る。

フセインさんは32歳で、兄と兄嫁と姪たちと一緒にバグダードに暮らしている。女性っぽい外見と立ち居振る舞いは人目を引き、敵意を呼ぶのだと彼は言う。本名を使わないことを条件にBBCの取材に応じたフセインさんは、「兄の友人たちが『今の混乱した状況なら弟を殺しても報復されることはない。そうすれば恥をさらさなくてもよくなる』と兄に言ったそうです」と語る。フセインさんの友人でトランスセクシャルのディナさん(元の名前はハイダーさん)は、6ヶ月ほど前にバグダードでパーティへ向かう途中で殺されたそうだ。

アハメドさんは31歳で内装工。以前はバグダード市内でボーイフレンドのマージンさんと暮らしていた。そのマージンさんがジムの建物の外で射殺され、アハメドさんはヨルダンに逃げた。9ヶ月前のことだ。

ふたりがカップルであることはよく知られていた。マージンさんはセクシャリティのために標的にされたのだ、とアハメドさんは言う。「私はゲイで、そのために生命に危険がある。だからイラクから逃げてきたのです」と彼はBBCに語った。

アハメドさんは、ジムでマージンさんが射殺される前にも、ゲイの友人と一緒にいたところを手榴弾で攻撃されたことがある。彼の顔にはまだその破片が残っている。その友人は手榴弾攻撃の1週間後、家を急襲したガンマンたちに殺されたという。

イラクの内務副大臣のフセイン・カメル少将は、BBCに、特定のマイノリティ集団が誘拐や殺害の標的になっているとの認識はないと語った。また、ゲイは殺されるべきであるとの記述がシスタニ師のサイトにあることについても知らないと述べた。

副大臣は「攻撃を受けているという場合には当局に連絡していただきたい」と言うが、フセインさんは、ゲイの人々は警察を恐れているのだと言う。

(警察を管轄する)内務省は、イラク最大のシーア派政党のひとつであるSCIRIのメンバーによって運営されている。SCIRIにはバドル旅団という自前の民兵組織がある。イラクの警察の多くの部分が、そのような集団の支配下にあるという懸念が広くあるのだ。

ゲイに対する攻撃の多くはバドル旅団やシーア派民兵組織によるものだとフセインさんは考えている。

アムネスティ・インターナショナルは、反乱に関連する暴力についての作業に注力しており、イラクでの反同性愛的な動きについては情報を把握していないという。AIのロンドン本部のスポークスマンは「私たちが積極的に見ている分野ではないので。かといって今後も注目しないということではありませんが」と述べている。

しかしフセインさんやアハメドさん、またイラク国外のゲイのアクティヴィストたちは、イラクの同性愛者たちにとって状況が劇的に悪くなっているというはっきりした証拠があると言う。

「サダムは暴君でした。しかし少なくともサダム政権下では私たちにはもっと自由があった」とフセインさんは言う。「今では、ゲイの男たちは何の理由もなく殺されているのです。」

※アラビア語のインタビューは Muhayman Jamilによる。


この記事に言及しているウェブログを検索:
http://blogsearch.google.com/blogsearch?hl=en&q=
http%3A%2F%2Fnews.bbc.co.uk%2F2%2Fhi%2Fmiddle_east%2F4915172.stm&btnG=Search+Blogs


「イスラム法に基づき、シーア派によって切り盛りされている国家」であるイランでは、昨年、「同性愛者の公開処刑」が、私が聞いただけでも3度行なわれています(今閲覧できるソースはgayjapannews.comさんとか、Human Rights Watchとか)。この処刑については、私は偶然、映像をコマ送りにしたような写真を数点見た(というか「見てしまった」)のですが、死刑についてどう考えるかとか人道的な殺人などというものがあるのかということは別にして、いくらなんでもその高さはないだろう、という絞首刑の方法でした。

イラク人の同性愛者に取材した上記の記事を読んだとき――正確には、シスタニ師のアラビア語版のサイトに「ソドミーを行なう者は殺されるべきである」と書かれていると読んだときに、イランで行なわれたその「処刑」の映像が頭に浮かびました。

安易に「イスラム教では」とくくることは常にあぶなっかしいことだけれども(その国家に「死刑」という制度があるかないかの話と、「宗教」の話を混同しすぎてはいけない。英国は死刑が廃止されているので英メディアはここでちょっと暴走するきらいがなくはないのだけど、このBBC記事はそうでもない)、イランでの「同性愛者の処刑(理由は同性愛行為を行なったから)」は、宗教と国家の名での殺人(killing in the name of the religion and the state)であると私は考えています。そしてイランでそれがあるのならば、とつい考えてしまう。

宗教指導者たちが大きな発言力と政治的指導力と社会的な圧力を有するようになったイラクで、「ソドミーを行なう者」と呼ばれる(それを「ソドミー」と呼ぶことは、空を「空」と呼ぶこととは違うのですが)人たちが、日々何を感じているか。

情報量が少ない記事ではあるけれども、このBBC記事がなければ、それを考えてみることすらしなかったかもしれません。

「殺されるべき」というのが、シスタニ師のアラビア語版のサイトには書かれているが英語版のサイトにはないということは、「アメリカやイギリスに見えないところで何をしているか」、「英語で書かれないものは“国際社会”には存在しないも同然という残念なデフォルトの事実を前提に、彼らは何をしているのか」(ファトワを出したわけではないにしても、権力者が「ゲイは処刑」と書くことは、少なくともintimidationにはなるだろう・・・どんなに少なく見積もっても)を示す事例のひとつかもしれません。英語の情報に頼るしかない自分としては、こういうことはしっかり覚えておかなければ。

それから、アムネスティ・インターナショナルも「ゲイへの迫害」どころではないということ。「バグダードはQOLが世界最低」という調査結果があり、またそれ以前に、日々のニュースや、バグダードやモスルなどから英語で伝えられるブログの記事を読んでいれば、多くの人が「朝出かけて夕方帰宅する」「帰宅したら扇風機のスイッチを入れる」「銃声に邪魔されずに熟睡する」といったことだけでいっぱいいっぱいになっている様子はわかるのだけれども、それにしても、AIでさえこの問題にほとんど目を向けることができないとは。。。

昨年10月、「憲法国民投票」の前に、Riverbendがこう書いています。(翻訳は池田真里さん。)

 女性の権利はもはや誰にとっても主要な関心事ではない。女性の権利について話し始める人がいると、人は笑いさえするのだ。私がイラン型シャリアの可能性について意見を述べると、たいてい「ともかくイラクを分裂させないことだ・・・」という返事が返ってくる。

 内戦の可能性や民族の強制退去や浄化という現実、日常化した流血や死に比べたら、権利や自由はたいしたことではなくなってしまった。

http://www.geocities.jp/riverbendblog/0510.html


単純に考えて「人口の半分」の女性の権利についてすらこの状況。(もっとも、「女性の権利」については、誰も注目していないというわけではないのだけれども。)

同性愛者は、数として女性より少ないし、女性よりももっと・・・・・・何というか、「自分がそうであること」で「人権」を、というか「普通に生きていくこと」を訴えることがしづらい。それはその社会の多くの人の信じる宗教が何であるかとは本来あまり関係のないことだと思うけれども、イラクの場合、シスタニ師のサイトが「殺されるべき」とまで書いている。

そして、実際に襲撃され、殺されている人がいる。そしてそれはおそらく、彼らを標的とする襲撃である。「無差別」とか「巻き添え」とか「コラテラル・ダメージ」ではないもの。

なお、「民主化された」イラクでは「死刑」は廃止されるはずでしたが、結局廃止されませんでした。「イラクでの死刑」についてニュースになるのはサダム・フセイン特別法廷の被告たちばかりですが(彼らは死刑になるのかどうか、など)、昨年9月には3人の「犯罪者」が絞首刑になっていますし、この3月には13人が処刑されています。(この人たちの処刑には、行為から政治的動機・意図をはぎとる「犯罪化(criminarisation)」の意図もあるかもしれません。つまり、思想・信条ゆえにその行為を行なった「テロリスト」ですらない、「犯罪者」としての処刑。)

曲がりなりにも法的手続きを経た「処刑」以外に、いわゆる「死の部隊」による「法的手続きを経ない処刑」もあります。

※なお、パキスタンの難民キャンプから陸路ロンドンを目指すアフガニスタン人2人の旅を描いた映画、『イン・ディス・ワールド (In This World)』で、2人がイランのテヘランに着くなり、たくましい男性の写真をあしらった「テレクラのピンクチラシ」が壁に貼られた部屋(白タクの事務所だったかなあ、あれは)が映像に出てきた、ということも書き添えておきます。(この映画は手持ちのデジカムでゲリラ的に撮影されているのでその場面もセットではないはずです。)

投稿者:いけだ

Technoratiタグ:



■追記:
2006年5月16日のthe Independent(UK)などが報じているように、シスタニのサイトから当該の記述が削除されたそうです。西洋で報道されたことが関係しているかもしれません。下図はthe Independentの紙面。
news in the

Cleric's site removes antigay fatwa
GAY.COM/PlanetOut.com Network
http://uk.gay.com/headlines/9938
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2006年04月18日

バグダードのモルグは日々溢れている

ファルージャ2004年4月』著者の一人、ダール・ジャマイルが伝えるバグダードのモルグの状況。

バグダードのモルグは日々溢れている
ダール・ジャマイル
2005年4月15日
ZNet 原文
DahrJamailIraq.com

バグダード発4月15日(IPS)。イラクで分離主義的な殺害が増え続けている中、バグダードの中央モルグは、日々運ばれてくる遺体の処置に追いつけない状況になっている。*

このモルグには、少ない日でも、一日60人の遺体が運び込まれ、ときには遺体の数は100を超えると、匿名を条件に、モルグの職員がIPSに語った。

「平均は、おそらく85遺体を超えるだろう」と、この職員は、4月12日の朝、述べた。この日の朝、愛する家族が遺体となっていないか確認するために、何十家族もが、モルグの前に並んでいた。

2月16日にイラク警察に連れ去られたアシャラフという名の男性の家族は、モルグの中にあるデジタル写真を心配そうに調べていた。そこで、探しているものが見つかった。

「アシャラフが連れ去られたとき、二人の息子も殺された」と50歳の叔父アジズは言う。「アシャラフは煉瓦積み工で、ただ自分の仕事をしようとしていただけだった。この新しい民主主義とやらの中で、彼に何が起きたか、今、私たちは知っている」。

アジズは、アシャラフの遺体がイラク警察により2月18日にモルグに運び込まれたことを知った。連れ去られた2日後である。遺体の写真は、頭に銃で撃たれた痕があり、顔中に棒で殴られた痕があった。腕は二本ともおられていたようで、胸には数多くの穴があけられていたため、ずたずたになっているように見えた。

2004年10月29日に英国の医学誌『ランセット』に掲載されたレポートは、「控えめな仮定のもとで、われわれは、2003年のイラク侵略以来、10万人あるいはそれ以上の、過剰な死者がいると思う」と書いている。

そのアップデートとして、この報告の第一著者であるレス・ロバーツは、今年2月8日、侵略以来のイラク人民間人死者は30万人にのぼるかも知れないと述べている。

この死者数は、IPSがバグダードのモルグで得た情報と一貫している。

モルグの職員によると、15日経っても身元のわからない遺体は、埋葬当局に送られて記録され、それから、ナジャフの墓地に埋葬のために運ばれる。彼がこの話をしているときに、イラク警察のピックアップ・トラックが3台、それぞれに10人の遺体を載せてモルグに到着した。

埋葬当局では、職員がIPSに「2月1日から3月31日までの間に、われわれは、バグダードから2576人の遺体を埋葬した」と語った。

バグダードのモルグの管理官の話を聞きたいというIPSのリクエストは、「治安上の理由」により却下された。

一連の調査が、多数の民間人死者が出ているのは、米軍主導の占領の結果であると指摘している。

内務総裁ガジ・アル=ヤウィルの政党に属する人道グループであるイラキユンは、昨年7月12日、米国のイラク侵略以来、12万8000人が暴力的に死んだと述べている。同グループは、この数値は、親類が確認した死だけを数えたもので、ただ失踪して探しようのない多くの人々については考慮していないと語っている。

ピープルズ・キファーという別のグループでは、数百人の学者とボランティアが「イラクの墓堀人たち」と協力して行われた調査に参加している。このグループは、また、「病院の情報を手にし、米軍の発砲によりイラク人が殺された事件の目撃者数千人と話をした」という。

このプロジェクトは、調査団の一人がクルド人民兵に捕まり、米軍に引き渡されたあとで、中断された。誰も、それ以来、彼の姿を見ていない。それにもかかわらず、2カ月弱の仕事を通して、同グループは、2003年10月までに暴力的な死を遂げた民間人3万7000人の情報を記録した。

バグダード中央モスクだけで、1年に約3万人の遺体を受け入れている。バスラやモスル、ラマディ、キルクーク、イリブル、ナジャフ、カルバラなどの都市にあるモスクに運び込まれるたくさんの遺体に加えてこの数である。

さらなる記事やコメント、写真等は、dahrjamailiraq.comにあります。

投稿者:益岡
posted by いけだ at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般

2006年04月15日

調査によると、バグダードの生活クォリティは世界最低である

国連人道情報局が報ずる、バグダードの生活水準。

調査によると、バグダードの生活クォリティは世界最低である
2006年4月11日
IRIN
Electronic Iraq 原文



下水が溢れたバグダードの通り(IRIN)

バグダード発。2006年4月11日(IRIN)。最近行われた調査の結果、生活クォリティの観点から見るとバグダードが世界の都市の中で最下位に位置づけられた。バグダードの住民は、この結果にあまり驚かないだろう。

「生活のクォリティという点で、この都市の状況が日々悪化していることは認めざるを得ません」と、労働社会問題省の上級官僚ファディア・イブラヒームは語る。「米軍兵士が居座る限り、この都市の状況は悪化の一途をたどるばかりです」。

ロンドンに本社を置くメルサー人材コンサルティングが行なったこの調査でトップに来たのはチューリッヒで、総合得点は108・2点であった。これに対し、バグダードは、3年連続で、かつて住んだことのある中で最も魅力のない都市とされ、総合得点は14・5点であった。得点の低い他の都市は、コンゴ共和国のブラザヴィル(30・3点)、中央アフリカ共和国のバングイ(30・6点)、スーダンのハルツーム(31・7点)だった。

バグダードの住民は、この評価にほとんど意義をとなえない。「この20年間、私たちは、何の気晴らしも幸せもなしに存在してきました」と、バグダードのモンスール地区に住むバラク・アブドゥラは語る。「太古の文明を誇るにもかかわらず、バグダードはとても酷い都市になってしまいました」。

メルサーは、生活クォリティの調査を39の要素をもとに算出している。政治的安定、教育、環境的要因から、レストラン、交通手段、医療施設まで、様々な要素が含まれる。

「バグダードをこんなに酷い町にしているのは、怖くて道に出ることができないという状況です」とファディア・イブラヒームは言う。「ほかにセクト主義暴力と貧困もあります・・・・・・政府が結成されて人々のために働いていることが理解されない限り、状況が変わることはないでしょう」。

住民は、暴力と不安の雰囲気が広まる中で、とりわけレクリエーションがないので、心理的にも苦しんでいると語る。

「子どもの頃、昼間は道でたこ揚げをして遊び、夜は音楽と踊りのあるすてきな場所に家族で出かけたことを思い出します」と、バグダードに暮らすワリード・オバイドは回想する。「今では、子どもたちが出かけられる場所は親類のところだけです。他の場所は、どこでも危険すぎますから」。

「われわれはイラクを攻撃しているのではない。解放しているのだ」(ジョージ・W・ブッシュ・アメリカ合州国大統領兼戦争犯罪者)

投稿者:益岡
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2006年04月11日

アラブ人文民の殺害が虐殺と見なされるときはいつくるのだろうか?

侵略を侵略と呼ばず、虐殺を虐殺と呼ばず、モスクをモスクと呼ばないメディア。そうした隠蔽のもとで犯される虐殺。

アラブ人文民の殺害が虐殺と見なされるときはいつくるのだろうか?
オマール・バルグーティ
2006年4月10日
ZNet 原文

イラクから伝えられる最近の報告は、米占領軍が、残虐行為のメニューの中から新たな「戦略」を開始したことを疑いなく示している。イラク人レジスタンスによる米軍兵士への攻撃に対抗するためである。イラクの人々に対する「古典的」虐殺が最近あまりに頻繁に起きているため、米国と「連合」しているイラク人さえ、無条件で虐殺を非難せざるを得なくなっている。

ところが、西洋の緒政府のあいだでは、沈黙が蔓延している。結局のところ、虐殺の犠牲者はアラブ人にすぎない。この状況に対する無気力は恐ろしい早さで広まっているばかりか、この状況を虐殺という正当な呼び名で呼ぶことを忌み嫌うという見下げ果てた状況がある。その同じときに、西側の多くの人が、アザラシや鯨、イルカやわずかな数の白人男性の「虐殺」を非難して、武装して世界中を駆け回っているのである。

「現代的」虐殺、すなわち、ファルージャやカーイムといった「手に負えない」町の、イラク人民間人が暮らす地域に対する無差別爆撃昨年は爆撃に燐兵器が使われるに至ったは、これまで常に米英の標準的な戦略であった。けれども、こうした「クリーン」な遠隔操作のハイテクによる国家テロは、世界唯一の帝国とそれに卑屈に従う者たちにとって、「敵」を「精確」に標的としていると見せかけて擁護するのが容易であった。とりわけ、哀れなまでに従順なメディアに対しては。それに対して、直接の面倒な民間人殺害は、とりわけそれが犠牲者の手を縛って頭を撃つような、処刑スタイルは、それほど広まってはいなかったが、それでも、侵略以来、イラクでいくつか起きた事件の中で報道されている [1]。今や、それが以前より頻繁に報じられるようになっているが、けれども報道の言葉は、結果的に、常に意図的ではないにせよ、その行為を綺麗に見せるようなものであり、ときには、胸の悪くなるようなものではあるが「戦争」では避けがたい行為としてそれを当たり前に見せさえする。虐殺という言葉の回避が意図的なものでないとすると、そのことは、西洋のジャーナリストたちに深く根付く人種差別主義を反映したもの以外にあり得ない。こうしたジャーナリストは、同様の状況で「白人」被害者を扱うときと同じ倫理的・職業的基準を、アラブ人文民の殺害に際しては用いないのである。

例えば、今月に限っても、米軍は少なくとも2件の虐殺を犯し、イラク人民間人数十人を残忍に殺害した。その中には、4人の子どもと6カ月の乳児が含まれていた。けれども、これら2件はいずれも、虐殺としては報じられなかった。3月15日、バスラ近くで、イラク警察は次のように報じた [2]:

「米軍は、イシャキ地区のアブ・シファ村にあるファイズ・ハラト・カラフの家にヘリコプターから兵士を降下させた。米軍兵士たちは、家族を一室に集め、11人を処刑した。5人の子どもと4人の女性、2人の男性だった。それから米軍は家を破壊し、車を3台焼き払って、家族が持っていた家畜を殺した」。

地元の警察署長によると、病院の検死から、「犠牲者は全員、頭を撃たれ、また遺体はすべて手錠をはめられていたことが示されている」。ここで重要なのは、イラク警察は米軍の用心深い監視のもとで雇われ、訓練を受け、仕事に就いているという点である。

昨年11月には、ハディタで同様の虐殺が犯された。米軍海兵隊への爆弾攻撃に対する報復行為としてである。殺害現場近くの家に住んでいて、この犯罪を生き延びた7歳の子どもは、『タイム』誌に、爆発のあと、彼女の父親はコーランを読み始めたと語っている。「まず、彼らは父の部屋に侵入しました。父はコーランを読んでいたのですが、そのときわたしたちは銃声を耳にしました。彼らの顔はよく見えませんでした。銃がドア越しに突き出ていただけです。私は、彼らが祖父の胸をまず撃ち、それから頭を撃つのを見ました。それから彼らは私の祖母を殺したのです」。この出来事では、全部で15人のイラク人が惨殺された。

それにもかかわらず、『ガーディアン』紙の記者、あるいは編集者は、このいずれの「出来事」をも、虐殺とは呼ばないことにした。同紙はまた、同様の「出来事」で、とりわけ白人犠牲者が関係しているときに用いる激しい嫌悪を示す言葉も使っていない。

3月末の日曜日、26日に、米軍によるもう一つのイラク人虐殺事件が『ガーディアン』紙で報じられた [3]。イラク治安相その人が、この事件を次のように述べている:

「夕方の礼拝のとき、米軍兵士たちがイラク人兵士を伴ってムスタファ・モスクに侵入し、37人を殺した。彼ら[犠牲者たち]は武器を持っていなかった。[米軍兵士たちは]侵入し、人々を縛り、全員を撃った。負傷者も皆殺した」。

このモスク虐殺を「侵入攻撃」と呼ぶ『ガーディアン』紙は、米軍のバリー・ジョンソン中佐の次のような言葉を引用している:「その場所とそこで行われている行為を観察する限り、そこを礼拝の場と見なすことは我々には困難だった」。さらに続けて、「我々はそこをモスクとmなしていなかった・・・これは認識の問題だと思う」。かくして、米軍は、次のように結論する。「いかなるモスクにも侵入していないし、ダメージを加えてもいない」。もちろんである! 同様にして、虐殺された人間はいないらしい。というのも、虐殺されたのは、単なるイラク人だからである。結局のところ、これもまた「認識の問題」だというわけだ。

イラク報道についてはより積極的な姿勢の『インディペンデント』紙は、同じ事件を次のように報じている [4]:「米軍はバグダード東部のモスクで22人を殺し8人を負傷させた」。同紙はモスクをその名通りモスクと呼んでいるが、それでも、この「事件」を虐殺と呼んでいない。「発砲」「殺害」という言葉は使っているが、虐殺とは言っていない。

アラブ人の多くにとって、イラクにおけるこれらの虐殺は、2002年のジェニン難民キャンプでの虐殺の記憶を思い起こさせる。ジェニンでは、イスラエルの占領軍がたくさんの家をブルドーザで破壊し、動いたパレスチナ人に無差別発砲して、数十人を殺し、数百人を負傷させた。同キャンプにおけるパレスチナの武装抵抗がとりわけ激しくそして英雄的でと付け加えてもよい、占領兵士20人以上を死に至らしめたことが、罪のない民間人に対する残忍な殺害を正当化する口実として使われた。

アムネスティ・インターナショナルの調査チームイスラエルが撤退した直後にジェニン難民キャンプを訪問したが当初発見したことについてのBBCの報道は次のように述べる [5]:

「西岸の都市ジェニンに入った英国人検死専門家によると、証拠はイスラエル軍の虐殺を示している。[・・・]ジェニン入りを認められたアムネスティ・インターナショナルのチームの一員であるデリック・パウンダー教授は、路上に横たわる遺体を目撃し、また、民間人死者の目撃証言を得たと語っている」。

当時のイスラエル外相シモン・ペレスは、最初『ハアレツ』紙に対し、ジェニンで「虐殺」が行われたと述べたが、後にその発言を撤回し、いかなる状況でもイスラエルは国連の調査団のキャンプ入りを認めないと断言した。実際、米国の支持を受け国連事務総長コフィ・アナンに宥められたイスラエルは、国連によるジェニンでのイスラエルの残虐行為調査を拒否した。ジェニンで犯された無差別殺戮が虐殺であるかどうかを公平に検討する機会は国連には決して与えられなかった。けれども、客観的な考察から、イスラエルがジェニンで次のような戦争犯罪を犯したことはきわめて明白である [7]:

「ジェニン難民キャンプの民間人全員に対して、食料や水、医薬品の供給が緊急に必要であったにもかかわらず、それを体系的に拒否したこと。紛争の際に起きた負傷のため、またそれとは無関係の医療事情のために多くの個人が緊急に医療措置を必要としていたにもかかわらず、それを体系的に禁じたこと。軍事作戦を実行するために、民間人の非戦闘員を人間の盾として意図的に用いたこと。ただ単にジェニン難民キャンプの住民であるというだけで、大量逮捕した男性と少年に拷問、虐待、剥奪、侮辱を加えたこと。略式処刑。中断なく強制された長引く外出禁止令を厳密に適用するとの口実で、あきらかに民間人の非戦闘員であることがわかる人々に対して、射殺政策を採ったこと。警告を与えても軍事作戦に影響のない状況で事前の警告を与えることなしに、民間人の非戦闘員が住んでいることがわかっている建物を意図的に破壊したこと。そして、戦闘行為が終わったあとで、作戦上の目的としてではなく懲罰として、財産を広汎にわたって破壊したこと」。

これらのこと、そして当初イスラエルがパニックに陥っていたことから、メディアにいる多くの人が虐殺が起きたのではないかと疑った。けれども、イスラエルによるかつてないまでの脅迫と非難と脅しにより、ジェニン虐殺に関する当初の西側メディアの報道はすぐに姿を消した。イスラエルの影響を受けているメディアは、その後、虐殺が起きた可能性を示唆するものでさえ攻撃した。とりわけ、イスラエル軍兵士により殺されたパレスチナ人の数が、後に「たった」56人であることがわかると。

イラクでもパレスチナでも、決定的に重要な疑問が現れる:あからさまに偽善的な西側のメディアで、虐殺が虐殺と認められるには、いったいどれだけたくさんのアラブ人が殺される必要があるのだろうか?


著者はパレスチナ人の政治アナリスト。

注:

[1] Omar Barghouti, An Open Letter to Most Americans: You’ve Lost Your Alibi, CounterPunch, September 25/26, 2004.

[2] Julian Borger, Iraqi police claim US troops executed family, The Guardian, March 21, 2006.

[3] Jonathan Steele and Qais alBashir, Rival Shia groups unite against US after mosque raid, The Guardian, March 28, 2006.

[4] Patrick Cockburn, US soldiers kill 22 in attack on Baghdad mosque, the Independent, March 27, 2006.

[5] BBC News Online, Jenin ‘Massacre Evidence Growing,’ April 18, 2002.

[6] Omar Barghouti, Israeli Best Interest, CounterPunch, May 9, 2002.

[7] Mouin Rabbani, Did Israel Perpetrate a ‘Massacre’ in the Jenin Refugee Camp?, ZNet, April 25, 2002.

投稿者:益岡
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