2006年02月28日

モスクの怒りは連帯を生んでもいる

「内戦」が騒がれています。そうした中、イラクから現地の状況。

モスクの怒りは連帯を生んでもいる
ダール・ジャマイル&アルカン・ハメッド
インタープレス・サービス
2006年2月26日
Electronic Iraq 原文

バグダード発2月25日(IPS)。サマラのシーア派黄金モスクが最近爆破されたことで引き起こされた広汎にわたる分離主義的暴力と同時に、また、イラク全土で、スンニ派とシーア派の連帯デモも起きている。

バグダード北西135キロにあるサマラのアル=アスカリヤ・モスクは、イラクのシーア派にとって4聖地の一つとして崇拝されている。

2月22日午前6時55分、このモスクが男たちにより爆破された。この男たちは守衛を縛りあげて爆発物を仕掛けたのである。このところそれまでに二度シーア派に対する攻撃があったため、すぐさま広汎な怒りを引き起こし、暴力的反応も引き起こした。

暴力的な報復攻撃によりスンニ派のイマム3人と民間人数十人が命を失い、50以上のスンニ派モスクが攻撃を受けた。

けれども、この暴力を受けて、シーア派とスンニ派の指導者たちが落ち着きと自制を呼びかけ、連帯のデモも行われた。

シスタニ師のオフィスはすぐさま声明を発表した。「我々は信者に、平和的手段で・・・・・・抗議の意を表明するよう呼びかける。強い悲しみと衝撃により、イラクに分離主義的紛争をもたらそうとしている敵たちを利するような行為を起こしてはならない」。

イラクのシーア派聖職者のなかで第二の影響力を持つとも言われているムクタダ・アル=サドル師は記者団に対し、次のように述べた。「イマム・アル=ハディ神の平和がありますようの聖廟を攻撃したのはスンニ派ではなく、占領(軍)とバース主義者たちである。あいつらだ。我々はスンニ派のモスクを攻撃すべきではない。私はアル=マフディ軍に、シーア派とスンニ派の廟をいずれも守るよう命じた。

サドル師はすぐさまレバノンから帰国し、イラク議会に、イラクからの占領軍撤退を決議するよう求めた。

スンニ派の宗教関係者たちは、人々に平和を呼びかけ、分離主義戦争を引き起こそうとしている者たちに抗するよう呼びかけた。

アラブのメディアの中には、これらの攻撃を阻止するために必要な治安を確保できなかったとして、おろおろするイラク政府を非難するものも多い。けれども、デモに参加した何千人という人々は、イラクの人々を守れない米軍を批判した。

サマラでスンニ派の人々はただちにシーア派の人々に連帯するデモを行い、モスク爆撃を非難した。それから、スンニ派とシーア派の連帯デモがイラク全土で行われた。バスラ、ディワニヤー、ナシリヤー、クート、サラー・アル=ディンなどでも大規模なデモが行われた。

シーア派の怒りの多くは米軍に向けられている。バグダード南部にある、シーア派が大部分を占めるクート市では、何千人もの人々が行進し、米国旗とイスラエル国旗を燃やした。

バグダードの巨大なシーア派スラムであるサドルシティでも数千人が行進し、反米のスローガンを叫んだ。サドルシティにはバグダードの人口の半数に近い人々が住んでいる。

バグダードではサドルシティのほかでも、大規模なデモが多数行われた。

「これらの聖廟は、イラクだけでなくイスラム世界のすべてに住むムスリムみんなにとってとても大切なものです」と、40歳の商人アフメド・ハッサンはIPSに語った。2月23日バグダードのカダミヤ地区で行われたデモのときである。「イラクにいる全ムスリムが、この行為を批判し非難しています。そして誰もがこうした行為に反対しています」。

イラク治安部隊がスンニ派地区の封鎖に乗り出したにもかかわらず、バグダードで行われたシーア派のデモにも数千人のスンニ派が合流した。

「これは金をもらって米軍が一部の奴らにやらせたイスラエル風の行為に違いありません」と54歳のシーア派の男性はIPSに言った。「やったのはスンニ派ではありません。私たちは、アメリカ人たちとイスラエルが、私たちを分断させたがっているのを知っていますから。スンニ派の人がムスリムのモスクを爆破するなどということは決してあり得ません」。

デモに参加していた25歳の女性は、出会った人すべてに、この攻撃はサマラのスンニ派の人々とは何一つ関係がないと説明していた。

「私の夫は、サマラ出身のスンニ派で、あの聖廟に行っていました」とハシミア・アティミムは説明する。「このおぞましい行為を行ったのが外国人だということを、私たちはもちろん知っています」。

デモに参加した人々の気持ちと少し対応する言葉は、思いもかけず、別のところでも表明されている。英国首相トニー・ブレアは、声明の中で、サマラの黄金モスクを攻撃した者たちは「ただ一つの動機しか持っていない、スンニ派とシーア派の間に暴力的な分断を持ち込むことだ。イラクの民主主義を脱線させるためにだ」と語った。

(c)2004年、2005年、ダール・ジャマイル。さらなる記事や写真、コメントはdahrjamailiraq.comにある。すべての写真と文章は米国の著作権法および国際的な著作権法の保護のもとにある。ダールの報道をウェブで再掲したい場合、この著作権情報を掲載し、DahrJamailIraq.comウェブサイトへはっきりわかるリンクをはること。写真や文書をそれ以外の方法以下に限らないがたとえば、別のウェブでの再掲利用、コピー、印刷などで使う場合には、ダール・ジャマイルの許可を要する。

来日していたイラク人医師イブラヒーム・ナシールさんも、「スンニ派とシーア派はイラクで仲間として生きていた」と語っていました。

投稿者:益岡
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2006年02月25日

捕虜虐待を記録するイラクのNGO

元捕虜を支援するために今年設立されたNGOの活動から、捕虜虐待の記録が明るみに出てきた。

捕虜虐待を記録するイラクのNGO
IRIN
2006年2月22日
Electronic Iraq 原文

バグダード発。監獄で虐待を受けた元捕虜たちを支援するために今年設立されたイラクのNGOが、膨大な情報を得ている。このNGO「正義を求める捕虜協会」(RAJ)の報道担当カリッド・ラビアーは、「我々の組織はすでにイラクの監獄における捕虜虐待について125近い報告を受け取っている」と語った。ラビアーによると、元捕虜たちは、ケーブルで殴られたり、性器を蹴られたり、たばこの火を押しつけられたり、何日も目隠しを無理矢理され続けたり、尋問の際に告白を強制されたりしたことをたくさん報告している。IRINがインタビューしたある元捕虜は、、イラクのゲリラに参加したと非難されて逮捕されたあとに受けた扱いについて次のように語っている。「私はイラク軍に拷問を受けました。私から情報を得るためにおぞましい手段を使ったのです」。この人物ファヘド・アフメドは、さらに「けれども、3カ月たって、私がゲリラを支援している証拠を何一つ見つけられず、彼らは私を釈放しました」と続けた。アフメドは、ケーブルで殴ることは「当たり前に行われている懲罰」だと言い、さらに、拘束されているときにイラク軍兵士に二度強姦されたと述べた。

一方、イラク司法省関係者は、イラクの監獄は連合軍により運営されていることも多いため、事態を正すことが難しいと述べた。「我々はケースの検討を始めてはいるが、捕虜の虐待についてあらゆる問題を司法省が知ることは難しい」と司法省の上級職員ザカリアス・アリは言う。「けれども、イラクの監獄は、米国の統制下ではなく、我々の統制下に置かれなくてはならない」。

防衛省によると、2004年8月以来、司法省は3万人近い捕虜に対する扱いを調査しており、1万5000人以上が、監獄から解放されたという。検討されたケースその70%はゲリラ活動に協力したと非難されたものであるから、告発なしに拘束されるケースが何千件もあることがわかっている。

虐待の批判は、現在イラクの監獄システムを支配している米国・英国・イラク当局に向けられている。米軍は、悪名高いアブグレイブ監獄とバグダードの空港にある収容所を支配しており、英軍はイラク南部のウムカスル監獄を支配している。イラク軍と警察は、それ以外の収容施設すべてを統制している。

昨年11月半ば、米軍がバグダードの内務省ビルで173人の捕虜を見つけた。捕虜たちは拷問を受けたあとがあり、栄養失調・虐待を示していた。イラク首相イブラヒム・アル=ジャファリはそのときこれらの虐待について調査を命じたが、今も結果は公表されていない。

2004年4月、アブ・グレイブで米軍兵士に拷問された捕虜たちの一連の写真が世界的な非難を引き起こし、関係していた兵士たちは処罰された。けれども、先週、同じアブグレイブ監獄から新たな写真が公開された。これらの写真は、捕虜の殺害、拷問、性的侮辱が行われていたことを示している。英軍もまた、2004年イラク南部で若いイラク市民を英軍兵士が残忍に殴っていたビデオが今月公開されたことで批判を受けている。

拷問と虐待が行われているという多くの報告に加えて、イラクの監獄の多くは、酷い状況にあることが伝えられている。「逮捕されたイラク人の多くが入れられる監獄は国際基準以下の状況にあり、改善が絶対的に必要である」と人権省の上級完了ハマム・アリは言う。

一方、イラク政府関係者は、監獄施設が外国の支配下にある限り、自分たちはほとんどなにもできないと語っている。「英軍兵士たちが南部で若者を虐待したスキャンダルとアブグレイブの新たな写真が公開されたあと、我々は、米軍に、監獄をイラク当局に引き渡すよう求めた」と防衛省の上級職員ラード・シナウィは語った。

PAJは、法律扶助のほかに、トラウマを抱える犠牲者へのカウンセリングや逮捕された親族を家族が見つけだす手助けをしている。「50近い家族が愛する人たちの所在を見つける手助けをしてくれと私たちに相談に来ました」とラビアーは言う。「5カ月以上も行方がわからないケースもあるのです」。

www.IRINnews.orgに含まれる記事は国連の人道情報局IRINにより提供されているが、必ずしも国連やその組織の見解を反映しているわけではない。IRINの情報はすべて無料で参照・報道できる。利用条件については、IRIN著作権ページを参照のこと。IRINは国連人道問題調整局のプロジェクトである。この記事は必ずしも国連やその組織の見解を反映しているものではない。著作権:IRIN2005。

「我々はイラクの人々を助けているのだ」(ジョージ・W・ブッシュ)

「ワマーワの自衛隊は住民から非常に歓迎されている。・・・・・・『イラクから米軍は撤退せよ』というのは武装グループ以外にはない。イラク国民は米軍撤退を求めていない」(ジュンイチロウ・コイズミ)

イラクにおける大量破壊兵器(外務省HPより)もご覧下さい。

ミサイル「防衛」計画に相乗りし、自分たちは大量破壊兵器をどんどん広める日本の、お言葉です。

投稿者:益岡
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2006年02月19日

新たな写真について怒りが広まっている

残虐行為の写真が広まって、イラクの人々のあいだに怒りが広まっている。英軍の暴行にも関係して。

新たな写真について怒りが広まっている
ダール・ジャマイル&アルカン・ハメッド
インタープレス・サービス(IPS)
2006年2月16日
Electronic Iraq 原文
Darh Jamail's Iraq Dispatches


SBSは、水曜日(2月15日)、2003年に悪名高いアブグレイブ監獄で米軍兵士が行ったイラク人への虐待のビデオと写真を放映した。これまで公開されていなかったもの。

バスラ、2月16日(IPS)。2003年にアマラ市でイラクの若者を殴りつけている英軍兵士のビデオが新たに公開され、アブグレイブ監獄に収容されたイラク人捕虜に対する米軍兵士の残虐行為の写真がさらに公開されたことで、イラク全土に怒りが広まっている。

新しい写真が暴かれたのは、タイミング的に大きな影響を及ぼすときだった。デンマークの新聞、それから欧州の他の新聞で預言者ムマンマドについての戯画が掲載され、イラク全土そしてムスリム世界の多くに暴力が広まった後だった。

「バスラに住む私たちは、いかなる形でも英軍と協力しないことに決めました」と43歳の食料品店経営アリ・シェハブ・ナジムはIPSに語った。「バスラを占領しているものたちは侵略者であり、私たちは彼らが必要とするものを売りはしません」。

ナジムはまた「私たちの誰一人、彼らとはもう協力しません。いとこが基地の中で働いていましたが、もうやめました。彼は仕事を拒否し、私たちは、出来る限りの方法で、彼らへの軽蔑を示すことにしました」と続けた。

イラクにデンマーク軍がいることに人々はとりわけ怒りを感じているとナジムは語る。

彼は、自分も最初は占領軍の駐留を認めたが、今となっては「彼らはとても酷い振る舞いをしているので、もう彼らを尊重しないと告げるときがきたと思っています」。

英軍兵士たちが年若いイラク人を拳や棒で殴っているビデオが上映されたあと、バスラ州は英軍との関係を絶ったと発表した。共同治安パトロールもキャンセルした。

「イラクの若者たちを拷問する英米軍兵士の行為はすべて非難します」とバスラ週の元市議会議長カシム・アッタ・アル=ジュボリはIPSに語った。

「イラクの人々はこの35年間、大きな苦しみを被ってきましたが、さらに今、私たちの国を侵略した外国人に拷問されているのです」とアル=ジュボリは言う。彼は40年間、バスラの市議会議員を務めてきた。「こんなことをこれ以上我慢することはできません」。

協力するどころか、バスラの人々は、今や占領軍と戦う決意になっていると彼は言った。「こうした殴打や拷問は、占領者たちが、イラクの人々すべてを攻撃し侮辱していることを示しています」。

英軍兵士の占領下で、比較的静かな地域だった南部のバスラでは、同じような意見が各所で聞かれるようになった。

「私たちは、あのろくでなしたちが私たちの国から出ていく日を待ち望んでいます」と55歳の工場主アブドゥラ・イブラヒームはIPSに語った。「奴らは、バスラ、バグダード、アマラーの市民に拷問を加えています。これにより、占領者たちは、スンニ派だけでなく、シーア派の支持も失いました」。

イラクではほとんどの人が、軍の収容所に拘留された人を直接知っていると言った。また、拷問を示す新たなビデオと写真による証拠は「占領者に対して残っていたかも知れないわずかな信頼も破壊した」と述べる。

豪のTVネットワークSBSは、水曜日(2月15日)、2003年に悪名高いアブグレイブ監獄で米軍兵士が行ったイラク人への虐待のビデオと写真を放映した。これまで公開されていなかったものである。

写真は、中東全土に騒動を引き起こした、2004年に公開された写真と同様のものだったが、新たな写真の多くは、メディアの多くがあまりにショッキングであるとして報道しなかった残虐行為と酷い性的侮辱を明らかにしていた。

米国市民的自由連合(自由人権協会)は、情報公開法請求により米国政府から写真を入手していたが、SBSが新たなビデオと写真をどうやって入手し放送したのかはわからないと述べた。

さらに多くの写真が公開される可能性がある。「ワシントン・ポスト紙のような米国の主要紙は、アブグレイブでの拷問の証拠となる写真をさらに何十枚も持っていると思います。けれども、米国政府の圧力から、それらは公開しないかも知れません」とニューヨーク市にある憲法権利センターの弁護士はIPSに語った。

ワシントンでは、ペンタゴンのブライアン・ホイットマン報道官が記者たちに対し、「アブグレイブでの虐待については完全な調査を行った」と語った。彼はさらに「虐待があったときには、国防省は迅速に対応し、完全名調査を行い、必要なときには個人を処罰した」と。

ペンタゴンは、新たな写真の公開でさらなる暴力が引き起こされ、イラクの米軍兵士が危険にさらされると考えていると語った。

(c)2004年、2005年、ダール・ジャマイル。さらなる記事や写真、コメントはdahrjamailiraq.comにある。すべての写真と文章は米国の著作権法および国際的な著作権法の保護のもとにある。ダールの報道をウェブで再掲したい場合、この著作権情報を掲載し、DahrJamailIraq.comウェブサイトへはっきりわかるリンクをはること。写真や文書をそれ以外の方法以下に限らないがたとえば、別のウェブでの再掲利用、コピー、印刷などで使う場合には、ダール・ジャマイルの許可を要する。

3年前、米国の女優スーザン・サランドンは、次のように述べ、米国のイラク侵略に反対の見解を表明しました。

アメリカの若者達が遺体袋に入れられて帰ってくる前に、イラクで女性や子供たちが命を落とす前に、知っておきたいことがあります。イラクは私たちに何をしたでしょうか。

「イラクの米軍兵士が危険に晒される」??? そもそも、遠く離れたイラクに、なぜ米軍・英軍・自衛隊の兵士は、派遣されているのでしょうか。日本や英国・米国を攻撃などまったくしてこなかったイラクに。なぜ、不法侵略を行い不法占領を続けて人々を殺し、拷問し続けているのでしょうか。

投稿者:益岡
posted by いけだ at 08:49| Comment(2) | TrackBack(0) | イラク全般

2006年02月16日

「英軍の暴行ビデオ」の件。(後半)

2月12日に英タブロイドNews of the Worldで報道された「英軍の暴行ビデオ」について、1つ前の続き(後半)。
http://teanotwar.blogtribe.org/entry276a6613d6ee6674fe7ce765b83aa1e9.html

では、引き続き、私の個人ブログからの転載(ダブルポスト)です。

2月13日投稿:
http://ch.kitaguni.tv/u/917/todays_news_from_uk/0000322635.html

前半からの続き・・・・・・

■――元SAS隊員からの非難:
さて、元SASのChris Ryan氏のコメント:
http://www.newsoftheworld.co.uk/story_pages/news/news2.shtml魚拓

筆者のクリス・ライアン氏は元SAS(1984〜94)で、今は軍事ものの小説を書いたりしているベストセラー作家で、タフガイ方面のアドバイスをしたり、「SAS流フィットネス」の本も書いたりしている。SAS時代は対テロ作戦にも従事。1991年湾岸戦争時に秘密作戦のためにイラクに潜入したSAS隊員8人チームのひとりで、唯一殺されもせず拷問されもせずに無事に脱出した(本人の著書『ブラヴォー・ツー・ゼロ 孤独の脱出行』もしくはアンディ・マクナブの『ブラヴォー・ツー・ゼロ』参照)。1961年生まれ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Chris_Ryan
http://www.uktv.co.uk/?uktv=standarditem.index&aID=528007
http://www.thewatchmeman.co.uk/aboutChrisRyan.asp
http://www.randomhouse.co.uk/features/sasfitness/
http://www.fantasticfiction.co.uk/r/chrisryan/

ライアン氏が書いていることはだいたい次のような内容。

まず、「このようなことが他には起きていないことを祈るのみだ(I can only pray this is an isolated incident)」、「このような一握りの無分別な者が与えたダメージ(the damage this senseless minority has caused)の回復には、何年とは言わぬまでも、何ヶ月もかかるだろう」。「この者どもは、彼らの同僚を、彼らの受けた訓練を、そして英軍がこれまでずっと(traditionally)体現してきたすべてのもの、すなわち義務感と折り目正しさを裏切った。『兵士』と呼ぶにもためらいを覚える」。――つまり、「ごく一部のはみ出し者」論を試みている。

それから、「われわれの敵はこの機に乗じて新たな人員を増やすだろう。この事件はあらゆるところで憎悪をエスカレートさせるだろう」(その通り)。「ジュネーヴ条約で捕虜は人道的扱いをしなければならないというのにこのようなことがあっては、英国の軍人や民間人が拘束または拉致された場合にどうなることか。しかも暴行を受けていたのは子どもであって、敵性戦闘員ですらない」。

そして、「平和維持任務(peacekeeping missions)は戦闘と同様に危険でストレスが感じられるものである。兵士も人間である以上は気分にむらがある。しかし、いかなる者であれ、このように反応する権利はない(nobody has the right to react like this)。このような気分になったときにこそ、訓練と鍛錬で対処せねばならない」という、兵士たちへのメッセージのような部分にかなりの字数が割かれ、最後にビデオを撮影した者や暴行を行なった者への厳しい批判と、再度、「人心掌握のために必要なのは捕虜を適正に処遇することである」ということが書かれている。

なお、ライアン氏は「軍人としての20年、私はこのような事例を経験したことがない(It is something I have never experienced in 20 years of soldiering)」と書いているが、私には今回のビデオ映像は下記リンク先にある写真によく似ているように見える。
Youth arrested in the Lenadoon area of Belfast after rioting which immediately marked the introduction of internment.
British troops arresting a youth in Coalisland, County Tyrone, in December 1971.

ちなみに「1971年」というのは北アイルランドでInternmentという「とりあえず拘束・勾留(裁判なし)」というポリシーが導入された年。カトリック系のエリアでは住民は見境なく拘束され(男女問わず:アイルランドのリパブリカン運動には女性の武装組織もあるので)、勾留施設の劣悪な環境の中、頭から袋(感覚遮断)、ホワイトノイズ、スプレッド・イーグル、殴打など、および尋問で手厚くもてなされた。ジェリー・アダムズもそれを経験している。また、BBCの「歴史」のページには、生々しい殴打の痕の写真もある。

その当時、英国政府によって用いられていた用語は、abuseやmistreatmentではなく、brutalityもしくはphysical brutalityだ。(むろん、これを告発した側はtortureという語を用いていた。しかし最終的には「これはtortureではない」という結論を、英国政府はあれこれ根回しした末に、勝ち取った。)
http://cain.ulst.ac.uk/hmso/compton.htm


さて、1971年から75年に行なわれたことを1961年生まれのライアン氏が軍人として知っているとは思えない。それに、このInternmentは74年にアイルランド共和国政府が欧州人権法廷に持ち込んだことで英国には大きなダメージとなり、75年以後は行なわれていない。(また、Internmentは英国治安当局への憎悪をかき立て、その結果、それまで「普通の若者」とはやや距離のある存在だったIRAが一気にポピュラーになった。この「北アイルランドでの教訓」は、英国がhearts and mindsと言うときの根底にある。)

だから、ライアン氏には直接「このような事例の経験がない」というのは本当なんだろう。

だが、ライアン氏のこのコメントで主張されていることを100パーセント信じること――「英軍は(米軍と違って)決して誤ったことをしない(はずだ)」ということを信じることは、残念ながらできない。

〈略〉

ライアン氏のように「偉大な先輩」の立場にある人の発言は、「〜であるべき」論であって、若い兵士が読んだときに「本当に先輩の言うとおりだ」と素直に納得できるものとして書かれているはずだから、ライアン氏が書いているのがすなわち「実情」とは考えづらい。そこらへん、I can only pray this is an isolated incidentという文面を深く読んだ方がいいのかなと思う。

■――NOTWのスタンスとコメント:
NOTW自体のコメント(論説記事)は、「メディアとして私たちは英軍を信じ、サポートしていました。今回の事態はまったく遺憾です。しかし報じないわけにはいきません」という内容。
http://www.newsoftheworld.co.uk/NOTWcomment.shtml魚拓

このコメントは別に読んでも読まなくてもいいと思うが、2004年11月にファルージャのモスクで負傷して動けない男性を米兵が射殺する現場をカメラにおさめたジャーナリストのKevin Sitesが、彼ら海兵隊の部隊に宛てた手紙(Kevin Sitesのブログにアップされている)と読み比べてみると、何というか、戦争おっぱじめた奴がのんきにウズラ狩りなどして、ついでに一緒に回ってたお友達を誤爆、じゃなかった誤射してることとかもシンクロして、あのー、思い出したいわけではないんですが、やはり不可抗力で思い出してしまうのがパゾリーニの最後の作品Saloで、いや画としてではなくコンセプト的に。

〈以下略〉



私(いけだ)が個人ブログにこれを書いたのが13日(日本時間)。

その後、14日(英国時間&日本時間)には撮影者と思われる者の身柄が拘束されたことが伝えられ(テレグラフ記事)、その後すぐに、さらに2名の身柄拘束が伝えられた(ガーディアン記事)。(1人目の逮捕は、英国時間Feb 13, 2006 3:55 pmには関係筋には伝えられていたようだ。)

最初に身柄拘束されたのはthe 1st Battalion the Light Infantry(陸軍軽歩兵隊第一大隊)所属のCorporal Martin Webster(マーティン・ウェブスター伍長)。ただしこの人物が容疑者として逮捕されたのか、証人として身柄を拘束されたのかは国防省は明言していない。

国防省では「軍警察はビデオに写っている人物の特定を急いでいる」とコメント。(ガーディアン記事:この記事にあるウェブスター伍長のお父さんの声を読むと、アブ・グレイブ刑務所での「虐待」の実行者のひとり、チャールズ・グレイナー技術兵のご家族が言っていたことを思い出す。)

また、バスラの行政当局は英軍との関係をストップ(BBC記事)。昨年9月の不可解な事件(当ウェブログ過去記事1および過去記事2)でも関係断絶には至らなかったのに……それどころか、その後「紛争をよく知っている」元RUC(北アイルランド警察)トップに警察の調査を任せるとかいうことになったのに。

このことは、このビデオが露見したことによるaftermathは、アブ・グレイブとはちょっと違うということでもあるように私は思います。「地域との緊密な連携」をとり、それをアピールしてきた英軍が、地元との関係をストップされた。アブ・グレイブの件では、米国はそういう影響は受けていません。(ただしバグダードから西、特にアンバール州の「行政当局」が、「虐待」発覚当時に今のバスラのそれほどに機能していたとは思いませんが。)

この件、以後進展があれば、まずは私の「はてなブックマーク」にメモをつけて、それから余裕があればここのコメント欄で追記、あるいは新記事、というようにしようと思います。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/brutality/

投稿者:いけだ
posted by いけだ at 09:07| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般

「英軍の暴行ビデオ」の件。(前半)

2月12日に英タブロイドNews of the Worldで報道された「英軍の暴行ビデオ」について、私(いけだ)の個人ブログの記事から、NOTW紙についての解説の部分などを取り去り、記述を整理して、転載(ダブルポスト)します。

この「暴行ビデオ」については「英軍のアブ・グレイブ」と位置づけたナイジェル・パリーによりElectronic Iraq掲載記事を益岡さんが紹介してくださっています。パリー氏の揚げ足を取りたいわけではありませんが、「英軍のアブ・グレイブ」は昨年すでに露見しているバスラでの「虐待」(行なわれたのは2003年5月、被害者は民間人)にこそふさわしい呼び方であり、今回の「暴行ビデオ」については、アブ・グレイブではなく北アイルランド(特に1970年代前半)にたとえるのがより正確だろうと思います。

なお、昨年露見したバスラでの「虐待」については、ドイツのオスナブルックで軍事法廷が開かれ、被告の3人は2005年2月に有罪判決を受け不名誉除隊となっています。ただし被告のひとりは「命令に従っただけだ」と述べていて、弁護団は「スケープゴート(=トカゲの尻尾切り)だ」と述べています。つまり、被告個々人のレベルで為されたことではないということが主張されたのですが、その辺、どうにもなってないようです。(判決後、3月にBBCに「控訴も」の記事があったのですが続報なし。)

なお、今回の「暴行ビデオ」についての英国のメディアの記事は、下記にメモしてあります。(BBC、テレグラフ、ガーディアンしか見ている余裕がないのですが。)
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/brutality/

では、以下個人ブログからの転載(ダブルポスト)です。

2月13日投稿:
http://ch.kitaguni.tv/u/917/todays_news_from_uk/0000322635.html

あるビデオを見た。

Tシャツにジーンズといった服装の何人かが、10人足らずの迷彩服の連中に、白い色をした何か壁のような巨大な門扉のようなもののこちら側(白い椅子がある)へ力ずくで連行され、文字通り、殴る蹴るの暴行を受けている。

暴行を受けているのは、体つきから判断するにまだ子どもじゃないかと思ったら、やはりteenagerらしい。

映像の撮影者らしき人物が、明らかに興奮して、「イエ〜ス、イエ〜〜ス」とか言ってる。鼻息も入っている。(正直、非常に気色悪い。)

またもや「News Of The Worldに特ダネのタレコミがあった」ということを、イラクのブログ(下記3箇所)で知った。
http://twentyfourstepstoliberty.blogspot.com/2006/02/...
http://truthaboutiraqis.blogspot.com/2006/02/...
http://baghdadtreasure.blogspot.com/2006/02/...

その特ダネってのが、私の見たビデオだ。

※上記Iraqi blogsのコメント欄はアメウヨのいつもの連中のプレイグラウンド。ちょっと見ただけですが、詭弁について英語の実例をお探しの方には案外いい感じかもしれません。:P

誰かがNOTWにタレこんだのは、英軍兵士がイラク人の少年たちに暴行を加えている現場を収めた映像。音声つき。

News Of The World
http://www.newsoftheworld.co.uk/
→毎週日曜日にサイトが上書きされます。(→魚拓

※キャプチャ画像(クリックで原寸)
notw_12022006.png

NOTWトップページの左側のコラムにあるClick here to see the video.でビデオが見られる。念のためにURL:
http://www.newsoftheworld.co.uk/armyvideo.shtml

〈略〉

以下はこのビデオを受けての、あるいはこのビデオに関する文字情報。まずはURLだけ。

NOTWの記事、"SHAMED BY 42 BRAINLESS BLOWS" By Robert Kellaway:
http://www.newsoftheworld.co.uk/story_pages/news/news1.shtml
→毎週日曜日にサイトが上書きされます。(→魚拓

NOTWには、元SASのChris Ryan氏がコメントを寄せている。
http://www.newsoftheworld.co.uk/story_pages/news/news2.shtml
→毎週日曜日にサイトが上書きされます。(→魚拓

また、NOTW自体のコメント(論説記事)もウェブ版でも読めるようになっている。
http://www.newsoftheworld.co.uk/NOTWcomment.shtml
→毎週日曜日にサイトが上書きされます。(→魚拓

タレコミされたビデオ映像についての全体的な説明をしているのはRobert Kellawayの記事で、Chris Ryanの記事は元軍人(しかもSAS)としてのこのような行為への非難、NOTWのコメントは「英軍ともあろうものが」&「まことに遺憾である」的論説。

〈略〉

■――NOTWに持ち込まれたビデオの内容など:
次。NOTWにタレコミされたビデオについて。

ビデオ映像そのものと、NOTWのRobert Kellawayの記事を中心にまとめる。
http://www.newsoftheworld.co.uk/story_pages/news/news1.shtml(→魚拓

映像は家庭用ビデオで撮影されたものでヘタクソ。撮影者はある下士官。撮影場所は、英軍が基地として使っている建物の上層階(3階くらい?)の窓かベランダ、あるいはその建物の屋上と思われる(NOTWでは「屋上」とある)。光の状態から、時刻は午後3時とか4時のように私には思われる。(逆に朝かもしれない。)

映像が撮影されたのは2004年の早い時期。(ガーディアンの報道によると撮影されたのは2004年1月。場所はバスラの北に位置するアマラ:Amaraで、ガーディアンはjust north of Basraと書いているが、地図で見ると100キロ離れている。)

2004年といえば、4月に中西部ファルージャに対する米軍の総攻撃(第一次)があり、「人身掌握作戦に失敗したアメリカ、成功したイギリス」みたいな論調が、「南部はこんなにうまく行っていますよ」ということを伝えたい写真(笑顔の子どもと英軍兵士、など)とともに、英国のメディアで見られた。

また、ムクタダ・サドル師の民兵集団が段々とニュースになりつつあったのも2004年。(サドルの民兵が大きな話題になり始めたのは2004年4月だが、サドルの新聞は2003年8月には既に活発に活動していた……つまり相当なアジテーションを行なっていた。)ただしこの映像とサドル師支持者が関係あるかどうかはまったくわからない。単に「同じころにそういうことがあった」というだけだ。

さて、NOTWで公開している映像には写っていないが、最初にこの英軍基地に手製グレネードが撃ち込まれたらしい。その後、riotersが英軍に対して侮辱的なシャントをし、少年たちが基地前の方にやってきた。

映像はその次の場面から始まる。

車の姿がない車道(多分バリケード封鎖済)で、30〜50人くらいの少年たち(年齢的には中学生〜高校生くらいか?)が集まっている。石を投げている子もいる。

カン、カンという鐘の音のようなものがし、パン、パンという乾いた音(威嚇射撃か?)がして、少年たちが、画面左へと一目散に逃げ出す。カメラが右にパンすると、英軍兵士が十数人(?)、少年たちの方に走っていく。

画面のほとんどが樹木の葉で埋まり、その向こうにダッシュで逃げていく人々が写る。彼らが車の通る道まで達したあたりで英軍の無線連絡の音声のようなものがかすかに聞こえ、パンという乾いた音がし、少年たちが逃げてった方向の路地で英軍兵士が動いているのが、建物の隙間から見える。

NOTW記事によると、無線では

"Black top, blue bottoms! Black top, blue bottoms! GO!"


と言っている。(「黒いシャツに青いズボン」。)その後、"Stop! Back off!"と聞こえるように思う。カメラがズーム。建物の隙間から英兵の姿。

英軍兵士が、3人の少年の首根っこをつかんで、基地に戻ってくる。少年のひとりは黒っぽい半袖Tシャツにジーンズ。映像が荒いのではっきり確認しづらいが、この子以外は靴を履いていない。おそらく、貧しいのだろう。(少し後に、さらに1人の少年が連行されてくる。合計で4人の少年が暴行を受けることになる。)

少年たちが基地の門を通った瞬間、少年のひとりが"Oh no!"と声を上げる。そこで初めて撮影者がしゃべる。まるでサッカーの試合を見ているかのような口調。

"Oh yes! Oh yes! You're gonna get it."


それぞれの少年を2人1組で引っ張ってきた兵士が、少年たちを小突き回し、地面に転がして、警棒で殴打し始める。少年たちは"No"と叫び続ける。撮影者は楽しそうに言う。

"Yes, naughty little boys! Yes! Ha, ha, ha, ha! Yes, Yes!"


笑い声は心の底から楽しそうに。そして最後の2度の"Yes"は、鼻息荒く。(うう、気色悪い。)

殴打は続き、少年が"No, please!"と泣いているような声で叫ぶ。撮影者はそれを真似て子どもっぽい口調で、

"No, pleeeeese. Don't hurt me!"


と言う。ここで撮影者に誰かが声をかける(が、私には聞き取れない)。殴打が続く。ひときわ大きくバシッという警棒の音がすると、撮影者は「ハッハッハッハッハ」と笑う。そしてますます興奮し、Fword連発で罵ったあとに、興奮の最高潮に達したような声で、

"DIE! Ha, ha!"


と言う。撮影者とは別に、甲高い笑い声も一瞬聞こえる。

少年たちは泣き叫び続けている。1人はヘルメットをかぶった英兵からヘッドバットを食らい、腎臓のある場所(背中側、ウエストのほんの少し上)を殴られている。(北アイルランドでのあれこれを読む限り、kidneyを殴るのはマニュアル通り。)

兵士が少年のひとりの股間に蹴りを入れると、撮影者は「うぉぉぉっ」と叫ぶ。

殴打が続けられるなか、少年たちを連行したのとは別の兵士が門扉から入ってくるが、一瞥をくれただけで何もせず通り過ぎてゆく。

その後も続々と兵士たちが基地に戻ってくるが、地面に転がっている少年たちを見ても何もしないか、縛り上げるのを手伝うかのどちらかである。

NOTW記事によると、暴行を行なっているのは少なくとも8名の英軍兵士。映像にはっきり写っているものだけで、殴打の回数は42回。ただしフレームに入っていないものもあるので、実際の殴打の回数はもっと多いはず。

また、このビデオには、イラク人の死体の頭部を、撮影者が罵倒しながら蹴りつけている映像や、無抵抗の男性を3人がかりで蹴りつけている映像もあるという(ここはNOTWのサイトでは公開されていない)。

このビデオがNOTWに渡ったのは、撮影者の所属部隊が拠点としている欧州の基地で、撮影者の友人たちにこれが見せられた後のこと。見た人のひとりがNOTWにタレこんだ。

「殴打されていたイラク人はほんの子どもだし、靴さえ履いていない。英軍兵士は気が昂ぶって制御が利かない状態になっていた。彼らはこれまで勇気と威厳をもってイラクで懸命に働いてきた数千人の兵士たちに対する侮辱だ。彼らはならず者の集団(a gang of thugs)にほかならない。自身にとっても、所属するレジメントにとっても、国にとっても、不名誉である」と、告発者は語っている。

このような「捕虜虐待」を根絶し、駐イラク英軍兵士の評判を守るため、映像は公開されなければならないと考えてのタレコミだったという。

「あのイラク人たちは悪いことは何もしてない普通の子どもだったわけではない。石を投げていたし、ひょっとしたら爆発物も投げていたかもしれない。だからといってあんなふうに殴ってよいわけではない。責任者は本来みなを落ち着かせるべきだが、それどころか率先してやっていた。少年の股間を蹴り上げていたのはその責任者だ。19歳の一兵卒がパニックでわけもわからず暴れるんならともかく、範を垂れるべき士官があれでは……。」

暴行を行なったユニットとレジメントの名称もわかっているが、NOTWでは安全上の理由のため、その公開は差し控える。

NOTWは土曜日の夜に英国防省に証拠書類を提出した。それを受けて軍警察の調査が開始されている。

(……にしても、この後あの男の子たちはどうなったんだろう。)


・・・・・・後半へ続く
http://teanotwar.blogtribe.org/entry198ee6dcd73fe9d03a6e1c47cfdcb370.html

投稿者:いけだ

posted by いけだ at 09:04| Comment(1) | TrackBack(2) | イラク全般

2006年02月15日

英国のアブグレイブ・スキャンダル

不法占領者たちにより繰り返される拷問や虐待。おおもとには不法な侵略と占領とがあります。

英国のアブグレイブ・スキャンダル
ナイジェル・パリー
2006年12月12日
Electronic Iraq 原文

英国の新聞「ニューズ・オブ・ジ・ワールド」紙が入手した衝撃的なビデオには、イラクで英軍が使っている敷地で、基地に向かって石を投げた子供たちを英軍兵士が残忍に殴打している光景が撮されていた。このビデオは、2004年に、英軍の伍長が撮影したもので、その伍長は、1分間にわたる撮影で、兵士たちによる殴打をたたえて叫んでいた。

2月12日の記事「42発の愚かな殴打の恥」は、「このビデオのちにヨーロッパにある伍長の友人宅でお披露されたは、ビデオに嫌悪を抱いた通告者によりニューズ・オブ・ジ・ワールドにリークされた」と述べている。

ニューズ・オブ・ジ・ワールド紙は、この伍長のビデオが以下のことを示していると報じている。

・・・・・・彼の同僚少なくとも8人が:

暴動に加わったやせ細った4人4人ともどうやら10代前半らしいを道から引きずりだし、遮断された軍の敷地の高い壁の裏に連れ込んだこと、

棒やブーツ、拳で、彼らを酷く殴りつけたこと、

彼らが許しを請うのを無視し、下士官らしき人物が忌まわしくも全力で、地面にへばりついて小さくなった子供の性器をけ飛ばすクライマックスまで続けたこと、

その間ずっと、無感覚な撮影者は、同僚たちにやれやれという胃のむかつくコメントを言い続け、笑って次のように叫んでいたこと。「そうだ! そうだ! やっちまえ。クソガキどもめ。f***erめら、クソッタレ、しんじまえ。ワッハッハ!」

このビデオは2004年にイラク南部で撮影されたと考えられ、同紙の調査によると、少なくとも42発の殴打等蹴り、棒で殴ること、パンチ、頭突きが加えられ、そのすべてについて、撮影していた伍長が気分の悪くなるようなコメントを加えている。

ニューズ・オブ・ジ・ワールド紙は、「証拠資料を国防省に提出した。軍事警察の調査が進められている」と述べる。

英国は、英国版アブグレイブ・スキャンダルの渦中に置かれることとなった。

ビデオのシーン



1.イラクの英国基地に石を投げる子供たちのデモは、英軍兵士たちが基地から出てデモ参加者をつかまえようとしたときに四散した(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)



2.英軍兵士たちが、逃げ出す人々に向かって駆け寄る。逃げ出す人々のほとんどは子供たち(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)



3.英軍兵士たちは子供たちを英軍が使う敷地に引きずり込む(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)



4.子供たち2人が英軍の敷地に引きずり込まれた(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)



5.殴打の光景(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)



6.殴打の光景(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)



7.殴打の光景(ビデオ:ニューズ・オブ・ジ・ワールド)

関連リンク:
ニューズ・オブ・ジ・ワールドの記事
ビデオ(生々しく忌まわしい)


こういう行為を導く不法占領に荷担することを「汚辱の平成史」と言うのではないかと思いますが・・・

投稿者:益岡
posted by いけだ at 20:19| Comment(2) | TrackBack(1) | イラク全般

2006年02月12日

あれから3年

イカサマな理由でごり押しされた不法な侵略と占領、戦争犯罪と拷問と体系的な略奪。米軍主導のイラク侵略から3年がたとうとしています。

3年前、3000万人の人がブッシュとブレアの戦争に反対し路上に出た
人類の大多数は正しかった
マイク・マルクーゼ
2006年2月9日
CounterPunch原文

3年前、世界はこれまでにない経験をした。同じ日に、世界東西南北40カ国の900都市で、3000万の人々が路上に姿を現し、差し迫ったイラク攻撃に反対する抗議行動を行ったのである。モスクワで、カラチで、ダッカで、マニラで、ヨハネスブルグで、カイロで、キンシャサで、テルアビブで、そして他の多くの場所でデモが行われた。参加者が最も多かったのは、攻撃に加わった国でだった。英国とスペイン、イタリア、オーストラリアでの行進は、おそらく、それぞれの国の歴史上、もっとも大きなものだっただろう。

2003年2月15日、幸運なことに私はニューヨークにいた。2001年9月11日の攻撃による苦痛が「対テロ戦争」をエスカレートさせる口実として使われたまさにその都市で、50万人の市民が、凍てつく天候と敵意をむき出しにした警察をものともせず、反対の声、怒りの声、希望の声をあげた。抗議に参加した人々は、人種も年齢も性別も職業も、ニューヨークという街そのものと同じくらい多様だった。演説から、そして群衆のコメントから、ニューヨーク市民は、この抗議行動が世界的に行われていることに勇気づけられていたようだった。自分たちも人類の大多数の一部に属していると気づいていたのである。

以前にも国際的な抗議行動はあったが、数都市で数千人が参加すれば成功と考えられていた。2月15日は、それらとはいささか違っていた。人数も、地理的な広がりも、人々の意識に訴えるインパクトも。

それにもかかわらず、3年後の今、イラクに対する戦争は続き、抗議に参加した人たちが恐れていたことは繰り返し現実のものとなってきた。米英の侵略は大量破壊兵器を一つも発見できなかったかわりに、数百万人ものイラク人をかつて経験したことがない悲惨な状態に追いやった。英国防衛省の世論調査でイラク人の82%が占領のすみやかな終結を求めている理由はここにある。イラクの人々は3年にわたる無法、電気と水供給の断絶、人権侵害(書類なしに数万人が拘留され多くが拷問を受けた)、経済の崩壊、病気の増加、致死的な暴力に苦しんでいる。

ブッシュ自身、紛争でこれまでに3万人のイラク人が殺されたと考えていることを認めた。2004年にジョンズホプキンス大学の研究員が集めたデータにもとづき米国のカウンターパンチ誌が最近公表した統計的分析によると、「侵略と占領の結果として引き起こされた死者数に関する最良の推定値は18万3000人である」。ペンタゴンが提供した事実だけを見ても、死者と負傷者の数が大規模なものであることが示唆される。議会への報告は、2005年下半期に、一日平均60人のイラク人が殺されたと述べており、これは、前年度比で50%の増加である。同じ半年のあいだに、米軍は400回以上の空襲を行い、爆撃機や戦闘機、無人機を出動させた。2003年3月以来、海兵隊第三航空団は、イラクに50万トン以上の爆弾を投下した。比較のためにあげると、ベトナム戦争全体で米軍の全部隊が投下した爆弾は200万トンである。

紛争にともない数え切れないほどの残虐行為が行われた。イラクの(人類の)古代遺産が略奪され破壊された。誘拐や暗殺が頻発し、イラクの主導的な教育者や知識人250人以上の命が奪われた。占領者やレジスタンスにより100人のジャーナリストが殺された。腐敗した政府関係者と多国籍企業によりイラク財政が略奪された。女性の権利は浸食された。

占領者たちは、次から次へと「転機」を喧伝した。けれども、住民投票と選挙、憲法と議会、反対勢力の拠点と侵略者たちが決めつけたファルージャやタルアファル、サマラ、アルカーイム、ハディタ、ラマディ、フサイバーなどへのハイテク攻撃にもかかわらず、戦闘は続き、イラクの人々の自決ははるか遠くにあるままである。中央政府の威信はほとんど無に近く、その権威は米軍主導の外国軍兵士18万人に依存している。一方で、占領者の分断統治戦略(イラクの人々の大多数が、サダム・フセインがいなくなってどれだけほっとしようと、侵略者の居座りを歓迎しないことがはっきりして以降に残された唯一の武器)により、分離主義が姿を現し、イラク社会は危機的なまでに内戦に近づいている。

2003年2月15日のデモの際の演説に共通したテーマの一つは、イラク攻撃は、攻撃者が戦うと称しているジハード型テロリズムを増加させる可能性が高いというものだった。まさにそのことは証明されたイラクで、ロンドンで、他の地域で。ギリシャ神話の中で、カサンドラの悲劇は、彼女が未来を見ていたにもかかわらず誰もその予言を信じなかったことにある。抗議に参加した人々の悲劇は、ほとんどすべての人々が予測を信じたにもかかわらず、支配者たちがそれを無視して破滅への道をごり押ししたことにある。

当初侵略を支持した者たちで今もその立場を保っている輩は、これらすべてを考えても、サダム・フセインの支配よりはましだと主張する。多くのイラク人は同意しないだろうが、いずれにせよ、そもそもいったい、この尺度は何というものだろう? 西側がイラクの人々に提供しようと準備していた代替策は、たったのこれだけだというのだろうか? 命を失った人々、負傷した人々、貧困に突き落とされた人々、拷問を受けた人々にとって、こんな計算が意味を持とうはずもない。

米国と英国では、これまで以上に多くの人々が、3年前に抗議行動に参加した人々の言葉に同意しているにもかかわらず、抗議行動を行う人の数は減っている。皮肉なことに、路上に出る人々の数が減った理由の一つは、2月15日の大きな成功と、それに伴うその後の失敗感にある。記録的なデモさえ、米英による戦争を止めることはできなかった。「我々は大規模な抗議を行った。かつて見たことがないほど大規模なものだった。それでも、結果は同じだった」とロンドンの人々は言う。「奴らは耳を貸さない。決して耳をかさない。だとすると、また抗議することに何の意味があるだろう?」

実際には、2003年2月15日の出来事が持つ長期的な意義を判断するにはまだ早すぎる。1920年代と30年代に非協力不服従キャンペーンに参加したインドの人々は、独立を目にするまで、長いこと待たなくてはならなかった。ベトナム戦争が終わるまでに、8年にわたる抗議行動があり200万人の死者が出た。

イラク侵略を阻止しようと期待してデモに参加した多くの人々は、もしかすると相手を過小評価していたのかも知れない。相手にしているのは、米国の無法大統領一人ではなく、極端な不公平を自分たちの利益に使うために世界秩序を決めることに慣れた唯一の超大国なのである。それを封じ込めるためには、どんなに巨大であろうとたった1日のデモでは十分でない。2月15日は、エリートたちが進めるグローバリゼーションの影に、人々のインターナショナリズムが確固として存在することを大規模に示した。2003年2月15日が将来どのように記憶されるかは、この両者の抗争がどう展開するかにかかっている。

マイク・マルクーゼは Wicked Messenger: Dylan in the 1960s Redemption Song: Muhammed Ali and the Sixties の著者。www.mikemarqusee.com からコンタクトできる。


2003年3月、イラク戦争反対の流れに少しでも貢献できればと緊急出版した拙訳『アメリカの国家犯罪全書』(ウィリアム・ブルム著)のあとがきに、サム・スミスというジャーナリストの次のような言葉に言及するブルムの演説を引用しました。

歴史のなかで、われわれは無力であると考える人々は、1830年代の奴隷廃止論者、1870年代のフェミニスト、1890年代の労働組合活動家、1910年代のゲイ・レズビアン作家のことを思い起こすとよい。我々同様、こうした人々も、自分が生まれる時を選ぶことはできなかった。けれども、なすべきことを選び取ったのだ。

ブルムは、この言葉を引用したあと、次のように続けます。

歴史が私たち一人一人の背中を少しだけ押すように、私たちが少しだけ歴史の背中を押してやれば、未来にどんな驚くべきことが起きるか、それについて、今はわからないのです。

地球温暖化やピークオイル、戦争と格差社会、むき出しの反知性的・反理性的な発言が跋扈する中、だからこそ、少しだけ歴史の背中を押すことができれば、と思います。

米国の言語学者で反戦活動家のノーム・チョムスキーは、次のように語っています。

もしあなたが、希望はないと考えてしまうならば、確実に希望はなくなる。もしあなたが、人間には自由を求める本来的な力があり、ものごとを変える機会があると考えるならば、よりよい世界を作り出すために、あなた自身が貢献する機会があるかもしれない。その選択は、自らがすることです。


あれから3年。2006年3月18日には、再び世界中で大規模な抗議行動が予定されています。日本の東京では、次のような行動があります。



WORLD PEACE NOW 3.18

日時:2006年3月18日(土)13:00開場 13:30開会
   パレード出発15:30(予定) パレードコース:銀座コース
場所:日比谷野外音楽堂(地下鉄霞ヶ関駅・日比谷駅下車徒歩3分、内幸町駅下車徒歩2分)
発言:石坂 啓(漫画家)、中島通子(弁護士)、ほか ※手話通訳あります。
ピースコンサート:ソウル・フラワー・モノノケ・サミット

《賛同者・賛同団体募集》
「3・18」の賛同者・賛同団体を募集します。賛同される場合は、賛同費(個人・団体とも1口1,000円)を下記口座にお振り込みください。
郵便振替口座 001106610773
口座名「1.18集会」※通信欄に「3.18賛同」とお書きください。
FAX、メールであらかじめ賛同の意思表示をされる場合は、下記フォームに必要事項を記入の上、お送りください。

名前(団体名):
──────────────────────────
住所:
─────────────────────────────
電話:           FAX:         
─────────────────────────────
メール:               
───────────────────

【WORLD PEACE NOW】
  http://www.worldpeacenow.jp/
電話連絡先:
  許すな!憲法改悪・市民連絡会03(3221)4668
  アジア太平洋平和フォーラム(APPF)03(3252)7651
  日本消費者連盟03(5155)4765
  ピースボート03(3363)8047
  平和をつくり出す宗教者ネット03(3461)9363
住所連絡先:東京都千代田区三崎町2216302市民連絡会気付
FAX:03(3221)2558
メール:worldpeace@givepeaceachance.jp



3月18日のピースパレードは、ワールドピースナウさんの主催です。本ブログページ運営者たちの主催ではありませんので、どうかお間違えのないようにお願いいたします。

この記事に書かれていることにご賛同いただけるならば、できるだけ多くの方に、この記事およびここに記載された情報を広めていただけますと幸いです。元URL(http://teanotwar.blogtribe.org)を記載した上で、転送・転載を歓迎いたします。

投稿者:益岡
posted by いけだ at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般

2006年02月09日

「イラク戦争を考える連続講座第15回 酒井啓子さんに聞くイラクはどこへ?」(2月28日、東京)

2月28日に東京・世田谷区(千歳烏山)で開かれる「イラク戦争を考える連続講座 第15回」の案内をメールでいただきました。全文転載します。

以下転載。(メールソフトが入れた改行を消したほかは、すべて原文のまま。)会場の地図などは世田谷区のサイトからご確認ください。(あるいはこのウェブログの過去記事を「烏山区民センター」で検索していただければ地図へのリンクは出てくると思います。)

なお、本講座についてのお問い合わせなどは、文中の問合せ先電話番号までお願い申し上げます。


■イラク戦争を考える連続講座第15回
酒井啓子さんに聞くイラクはどこへ?
話:酒井啓子さん(東京外国語大学教授)
日時:2006年2月28日(火)午後7時〜9時
会場:世田谷区烏山区民センター 集会室(3階)
 (京王線千歳烏山駅下車)
資料代:800円

2005年12月15日、イラク国民議会選の投票が行われました。これによって、イラク正統政府樹立のための政治プロセスは最終段階を迎えます。
 しかし、治安の安定、行政サービスの空白、失業の解消など問題は山積しています。
 いったい、イラクの今後はどうなるのか? イラク現代政治の研究者である酒井啓子さんに、選挙後のイラクの今とこれからについてお話を伺います。

酒井啓子(さかい・けいこ)さん プロフィール
1959年、神奈川県出身。東大教養学部卒後、ダーラム大学で修士号取得。アジア経済研究所勤務。1986年から89年まで在イラク日本大使館調査員。中東総合プロジェクトチーム研究員、アジア経済研究所参事を経て、2005年10月より東京外国語大学教授。大学院地域文化研究科・中東イスラーム研究教育を担当。専門はイラクを中心に湾岸諸国の現代政治・社会史研究。イラク戦争ではメディアの解説者としても活躍。著書「イラクとアメリカ」で、アジア・太平洋賞を受賞している。
著書に「イラクとアメリカ」(岩波新書, 2002年)、「フセイン・イラク政権の支配構造」(岩波書店, 2003年)、「イラク−戦争と占領」(岩波新書, 2004年)、「イラクはどこへ行くのか」(岩波書店, 2005年)など。

主催:今とこれからを考える一滴の会 0353131525
(留守がちですのでメッセージを残してください)
協力:世田谷市民運動いち 0337067204


投稿者:いけだ
posted by いけだ at 19:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 各種イベント・映画など

2006年02月08日

子供たちの心の健康が不安から悪影響を受けている

長引く不法占領と暴力。先行きのわからない生活。それが「日常化」する中での子供たちについて。

子供たちの心の健康が不安から悪影響を受けている
IRIN
2006年2月7日
Electronic Iraq 原文

バグダード発。イラク心理学者協会(API)は報告書を発表し、その中で、米軍が率いたイラク侵略と占領が、イラクの多くの子供たちの心理的な発達に大きな影響を与えていると述べた。

「イラクの子供たちは、あらゆる不安とりわけ誘拐と爆発に関して心理的に重大な苦しみを受けています」とAPIの報道担当マルアン・アブドゥラは語った。「強度のストレスに苦しむ子供たちもいるのです」。

この研究では、過去4カ月に、全国の1000人以上の子供たちに聞き取りを行なっている。その結果を受けた報告書が公開されたのは2月5日のことである。

アブドゥラによると、この調査は、心理カウンセリングを求める子供たちの数が目に見えて増えたことから行われた。こうした子供たちの多くが学習困難を抱えていることがわかった。

「結果がどれだけ強烈なものかは信じがたいほどです」とアブドゥラは言う。「心を占める唯一のものは、銃と縦断、死と米軍の占領に対する恐れです」。

調査を受けた子供たちの92%に学習障害があることがわかった。ほとんどの場合、現在の、恐怖と不安の状況によるものである。

「学習が不足する主な理由は誘拐へのおそれです。とりわけ、政府職員や、医者や教師といった高い階級の専門職を親に持つ子供の間でそれは顕著です」とアブドゥラは言う。

「調査した子供たちの50人ほどは、もし治療を行わなければ、精神遅滞を引き起こす可能性があるほどの危機的な恐怖状態にあります」と彼は続けた。

APIはまた、心理的な処置に対する不正確な理解が問題を難しくしていると結論している。

「イラク人の多くが、心理学者は狂った人々の治療を行うと思っています」とアブドゥラは言う。「そのため、治療を受けさせるために子供たちをつれてこないのです」。

昨年7月、イラク赤新月社(IRCS)は、戦争のトラウマに苦しむ子供たちを助けるプログラムを開発した。けれども、資金不足のため、その数カ月後に、このプロジェクトは中断された。

「子供たちに対するこれまでの研究も、そうした心理的影響を確認していた」とIRCSのフェルドス・アル=アバディ報道官は述べた。「けれども、残念ながら、資金不足のために家を追放された人々の緊急事態を優先せねばならず、この研究を続けることはできませんでした」。

APIは、児童心理を専門とするセンターとメンタルヘルスを扱うプログラムを設置するために国際社会の援助を呼びかけている。

www.IRINnews.orgに含まれる記事は国連の人道情報局IRINにより提供されているが、必ずしも国連やその組織の見解を反映しているわけではない。IRINの情報はすべて無料で参照・報道できる。利用条件については、IRIN著作権ページを参照のこと。IRINは国連人道問題調整局のプロジェクトである。この記事は必ずしも国連やその組織の見解を反映しているものではない。著作権:IRIN2005。

基本的な生活をまともに送るための資金はほとんどないままに、様々な努力を続けるイラクの人々の、あくまで人間的で理性的な振舞い。

不法占領を「再建」とか「復興支援」と称して巨額の金をつぎ込んで自衛隊を派遣している日本の政策がどのようなものかが、こうした記事に示されている現地の事情と並べて考えると、はっきりわかります。

日本国内でも、ナントカ博覧会みたいなもののために強制的に野宿者を公園から追放してその生活を破壊したりといった政策がごり押しされていますが、全体の図式によくあてはまります。

ここでもまた、追放された人々の、人間的で理性的な声明

投稿者:益岡
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2006年02月06日

イラクの女性囚人に自由を、ジル・キャロルに自由を!

イラクの女性囚人と米国人記者ジル・キャロルの自由を求める誓願・署名案内です。

【イラクの女性囚人に自由を、ジル・キャロルに自由を!】

http://new.petitiononline.com/freejill/petition.html

以下は、どすのメッキーさんによる呼びかけ文の仮訳です。

米国議会、上院、米国陸軍、米国大統領へ

イラクの女性囚人に自由を、ジル・キャロルに自由を!

2006年1月30日アル・ジャジーラ衛星放送で放映された、米国のフリーランス・ジャーナリスト、ジル・キャロルが米国およびイラク当局の拘置所からすべての女性囚人を解放するよう訴えたビデオに照らして、

レジスタンスにかかわっていると疑われる妻を、彼女らの夫の投降の「梃入れ」となるのを期待して、駐留米軍が投獄していることが、最近、米軍の文書で発覚したことに照らして、

米国のイラク占領が不法で破壊的な性質を持ち、それによって何万人もの命が殺されたことに照らして、

家庭で絶対に必要な教育、健康、社会サービスの計画が大幅に削減されている一方で、米国の納税者が納めた何十億ドルもの資金がこの戦争につぎ込まれていることに照らして

以下に署名したわたし達は、ジル・キャロルの家族と、イラクの女性囚人の家族のために、米国政府及びイラク政府当局が拘置所のすべての女性囚人を無条件で解放し、ジル・キャロルを直ちに解放する事を要求します。

敬具

仮訳以上


署名のページは
http://www.petitiononline.com/freejill/petitionsign.html?
です。

1.
Name:(名前)
Email Address:(メールアドレス)
のみ入力して、

2.
ページ末の"Preview Your Signature"ボタンを押してください。

3.
続けて、その後の確認画面で"Approve Signature"を押すと完了です。

呼びかけ人は、ジャーナリストのToufic Haddad氏。

ジル・キャロル(Jill Carrol)氏は、28歳の女性リポーターで、今年1月7日にイラクで武装組織に誘拐されました。米政府は、彼女の解放にあまり熱心ではなく、メディアの扱いも小さいようです。通訳はすでに射殺されています。米政府は、彼女を誘拐したグループの要求は囚人の解放ではない、と言っていますが、5人の女性を含む400人を越えるイラクの拘留者が先週解放されました。それでも依然として、4人の女性が米国管轄下の拘置所で拘留されていると言われます。

レジスタンスに関わっていると疑われるものの妻を投獄するという卑劣な方法は、最近暴露されましたが、これはイスラエル占領軍がパレスチナで長い間行ってきた方法でもあります。

署名の呼びかけ人Toufic Haddad氏も、フリーランスのジャーナリストで、ラマラ在住。英語月刊誌"Between The Lines"の共同設立者兼共同編集者。オスロ合意と民族隔離政策への批判的見解を展開しています。この雑誌はWEBサイトも持っており、エレクトリック・インテリファーダを自称していましたが、現在サイトは休止中です。(事情は不明)

呼びかけ文冒頭に紹介されているジル・キャロル氏のビデオ放映の記事は↓

【US journalist in fresh video appeal】
http://tinyurl.com/cujbj (Aljazeera 31st Jan.2006)

以上、どすのメッキーさんに深く感謝。

投稿者:益岡
posted by いけだ at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | イラク全般